第百四十三話 一瞬一瞬に
打ち合いが続く。以前よりも妖力と衝突した衝撃が強いが、吹き飛ばされるというような事もなくなった。
解る。少しだが神威が強くなっている。神が自分達に貸して下さる力が強まっている。
(認めてくれた事を、無にするな…!)
この力は何の為にあるのか。誤ってはいけない。無にしてはいけない。
己の胸に誓い、咲光と照真は戦う。
虚木の拳を躱し、八彦と交互に攻撃を繰り出す中、咲光は窪みの傍まで距離を取った。
「……?」
無意識に、窪みの中にちらりと横目を向けた。
森中に広がる大蛇の妖気。重苦しい空気。周囲の振動に揺れる水面。その奥底に――
「!」
小さく光る玉が視えた。まるでそれ自体が発光しているかのようにすら視える。
視界に入り、直感的に感じた。
(あれだ)
封じに用いられた玉。今なお、負の念を流し大蛇へ力を与える念の塊。
だが、咲光は見つけた事を告げず、悟られないようすぐに虚木へ視線を戻した。幸い、その一瞬の間は八彦と戦っていて見られていない。
(見つけた事が知られれば、必ず二体は阻止しに来る。照真達も私達も一人も戦いから抜けられない。でもあれを何とかしないと…)
今も大蛇を相手に雨宮達が戦っている。少しでも倒す糸口を見つけなければいけないのに。
どうする…と咲光は刀をぎゅっと握った。
すぐさま八彦と共に虚木へ攻撃を開始する。戦いの中に戦い以外の思考を持ち込めば動きが鈍る。それでも咲光は一瞬一瞬に考えを巡らせた。
(大蛇は倒さなければいけない。でも、同時に場を清めないと、本部にも悪影響が出る)
漏れ出る負は、別の負を引き寄せる。澱んだ負は空気も澱ませる。
そこを清め、浄化し、負を祓う事で妖は力を得られなくなる。そして神の威が再び場に降り、光が戻る。
それが、勝利への一筋。
今回の事態は、大蛇だけでなく本部への影響も考えなければならない。
水を司る神の威も取り戻さなければ。負を帯びる水を止めなければ。
(どうする…。どうすればっ……!)
虚木の妖力と刀の神威がぶつかり合い、衝撃が生まれた。その合間で八彦が虚木を斬りつける。
すぐさま飛び退いた虚木を見て、咲光はフッと呼吸を整えた。
(やってみるしかない…)
隣に立つ八彦に、咲光は小声で告げた。
「合わせて」
八彦は「何を」なんて問う事はせず、咲光を一瞥すると頷いた。
虚木は間を置かず距離を詰めて来る。それに対し、咲光は飛び退き、八彦も続いた。
虚木の拳も蹴りも、受け流しながら一歩一歩と後退する。八彦はその動きを見て、一気に斬り込むような事はせず、無理に押し返す事もせず時折咲光を助けるように動いた。
隙は見逃さないながらも、八彦と攻撃しながら動く。
咲光の足が窪みへ落ちそうになった時、虚木が妖力を震わせ拳を繰り出した。その拳を睨み、刀で受けようと見せていた咲光は、刀の側面でひらりとその拳を流した。
「!」
まとっていた妖力と神威の強さが、ドオォンっと轟音を響かせ上がった水柱から察する事が出来た。
弾け飛んだ水が、辺りに一瞬の豪雨となって降り注ぐ。体を強く打つ水に、虚木の視界も一瞬狭まる。
その刹那に咲光は、神威と妖力の衝撃で弾け飛んで嵩の減った窪みへ降りた。底が分かる程減った水量。
そこから玉を奪い返すと、すぐさま八彦の元へ戻る。雨は降り終わっていた。
「玉は回収出来た。戦いに集中出来る」
「! 分かった」
わざと受け流された拳。窪みへ降りた咲光の行動。それを見た虚木の顔が不愉快そうに歪む。
「あんた……本当に大嫌い。それ、返してもらうわよ」
「返さない」
強く告げた咲光と照真を睨み、虚木は地を蹴った。
一瞬降った豪雨には、照真と総十郎も驚いた。が、意識を禍餓鬼から逸らしてしまう事はなく、狭まった視界の中でその動きは注視する。
禍餓鬼は動く事は無く、どころか虚木の方へ視線を向けていた。
「全く…」
怒っているのか呆れているのか。どちらとも取れる声音で呟く。
豪雨が収まった時には一同濡れていたが、動きづらいずぶ濡れにはならず、総十郎はちらりと咲光と八彦に視線を向けた。
窪みに下りていたのか、咲光が上がってきた。その手に見慣れない玉が握られ、すぐに懐に仕舞われる。
(やってくれたな)
虚木と禍餓鬼がここにいた時点で、ここか近い場所だと踏んでいたが、咲光はそれを見逃さなかった。
感謝と嬉しさを胸に、総十郎は刀を握る。
「照真。俺達は集中するだけだ。清めは気にするな」
「!? 分かりましたっ」
一瞬驚きながらも、照真は総十郎の表情を見てそれを信じた。
苛立ち交じりの禍餓鬼の表情を見て、照真と総十郎は地を蹴った。




