第百四十一話 元気の源
夜が明ける。白みだす空と昇る太陽に一日の活力をもらう。
帰って来た万所の面々に軽い食事を渡し、洗濯をしてせっせと動き回っていた穂華は、その合間に部屋へ顔を出した。
「……あら」
布団にバサリと倒れ込んで動かない咲光、照真、八彦を見て言葉を失くした。
よほど疲れているのだろう。
昨夜の騒動は穂華も知っている。手伝いも終わり、部屋にいても落ち着かずソワソワと待っていた。突然地鳴りが響き、森の方に大きな影が視えた。
勾玉を持っているおかげなのか、暗闇の中でも少しだけよく物は見える。
戻って来た照真達に聞けば、昨夜視た影は大蛇だろうと言う。あれが今回の仕事の相手なのだ。
(あんな相手にどうやって戦うんだろう…)
少しだけ不安にも思うし、心配もする。
穂華が三人にそっと掛布を掛けていると、空いている布団の主がやって来た。
穂華を見て、そして寝ている三人を見ると苦笑した。
「神威も結構強めてたからな。よほど疲れたな」
「神来社さんも休める時に休んでね。まだ寝てないんでしょう?」
戻って来てすぐ軽く食事をして、それからは何か雨宮と話し込んでいる様子を穂華は見ていた。
仕事柄、睡眠時間が短いのには慣れているかもしれないが、休息は大事な事だ。
「あぁ。少し休む。お前見てちょっと元気出た」
「なら良かった。私は昨夜ちゃんと寝たからね」
フフンッと少しだけ胸を張ると、総十郎もクスリと笑う。
本当は、気になって少し遅くまで起きていた。横になっても眠れる自信がなかった。
だがそこに、雨宮がやって来た。
『皆朝まで戻りません。貴女はゆっくり休んでください。貴女が元気でいてくれるから、神来社さん達も元気であり続けられるのでしょう?』
静かで優しく、労わりに満ちた声音に穂華は自然と頷けた。そして思い出した。出会った頃の咲光と照真も似た事を言ってくれた事を。
(私は、私なりに皆の支えになる)
笑顔でいる事で皆も笑っていられるなら。自分の元気が皆の力になるなら。
皆と一緒に、皆の隣で笑っていられる人になりたいから。
総十郎も「疲れた」と布団に入るのを見やり、穂華はそっと部屋を出た。
さてさて、自分もやれる事をやろう。
僅かな休息の後、集まった万所の面々の前で雨宮と総十郎が今後の方針を立てた。
雨宮は元々、総元から封じの強化を任されていたらしい。が、それよりも相手の動きが早く、急ぎこの場にやって来たそうだ。
“頭”の参戦は心強い。昨日より緊張の増した面々の前でも、雨宮は一切その雰囲気を崩さない。
「例の大蛇だが、すでに二体復活している。残る一体もこのままじゃ分からない」
大蛇が復活しているという事は、それだけ状況が深刻かつ悪化しているという事。
空気の澱み、死の連鎖。町への被害を止めるだけではもう防ぎきれない。
「そして、大蛇の封じを解いた妖が確認できた。恐らく二体いるはずだ。かなりの妖力を持つ相手だ、充分警戒してくれ」
咲光と照真は拳をつくる。
虚木と禍餓鬼はずっと封じを解くために行動している。そして今回のこれもまたその為の手段だろう。
『主は近く復活する』
自信に満ちて断言した言葉。大妖が復活すればその影響は計り知れない。
握った拳に力がこもる。
「雨宮さんも来てくれた事だ。改めて会議をしよう」
総十郎の真剣な声音に、誰もが無言で頷いた。
まだ何も出来ていない。これからだ。
♦♦
最近は、太陽も月も雲に隠れてあまり姿を見せてくれない。少しその灯りが恋しい。
月は夜の闇を照らしてくれる。闇夜に目は慣れているし、勾玉のおかげで物ははっきり視えるとはいえ、やはりその灯りがあるとないとでは全く違う。
夜空を見上げて少し物寂しく思いながら、咲光は森の中にいた。
雨宮が参戦した事で、総十郎は大胆に役割を分けた。大蛇は退治衆よりも祓衆が適任だと判断し、雨宮を筆頭に祓衆と数名の退治衆を向かわせる。
そして、総十郎、咲光、照真、八彦で封じの解かれた場所探しと虚木と禍餓鬼の捜索をする。捜索を少数にしたのは、相手の妖力に怯まない事と、本命は大蛇である事を見失わない為。
「大蛇の方、大丈夫かな?」
「今は結界で動きを封じてるけど、私達も急いで探さないとね」
山本も教えてくれたように、封じに使われていた玉には封じられていた間の念が籠りやすい。それが復活した大蛇の力にならないよう、出来るだけ早く清めなければいけない。
「場の空気も少しでも清めれば、今よりも少しは状況も変わる。が、復活した以上、大蛇は倒さないとな」
「…封じられて…たもの……倒すのは…難しい?」
倒せなかったから封じた、とも考えられる八彦は、少しだけ難しそうな表情を見せた。
倒せるか、それとも再封印が必要なのか。
「難しいな。だが倒すぞ。再封印は手段の一つではあるが、封じは弱っていくから倒す事を目指す」
「…分かった…」
人が施す術はいずれ弱まる。それに、今回のような事を引き起こさない為には、封印は一つでも減らしていきたい。
苦戦と困難が待ち受けている。けれど、これからの為に。
森の中は空気も澱んでいて、どこからでも妖気が感じられる。その大半は復活した大蛇のもの。だが、そうではない妖気も確かに感じられる。
この広い森の中のどこに封じを解いた場所があるのか…。
思案して眉を顰める照真達に、総十郎は真剣な眼差しで告げる。
「水だ。水に関係する場所、恐らく川辺がその場所だ」
「川辺ですか?」
咲光達は総十郎を怪訝に見つめた。




