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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十一章 大蛇編

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第百四十一話 元気の源

 夜が明ける。白みだす空と昇る太陽に一日の活力をもらう。


 帰って来た万所よろずどころの面々に軽い食事を渡し、洗濯をしてせっせと動き回っていた穂華ほのかは、その合間に部屋へ顔を出した。



「……あら」



 布団にバサリと倒れ込んで動かない咲光さくや照真しょうま八彦やひこを見て言葉を失くした。

 よほど疲れているのだろう。


 昨夜の騒動は穂華も知っている。手伝いも終わり、部屋にいても落ち着かずソワソワと待っていた。突然地鳴りが響き、森の方に大きな影が視えた。

 勾玉を持っているおかげなのか、暗闇の中でも少しだけよく物は見える。

 戻って来た照真達に聞けば、昨夜視た影は大蛇おろちだろうと言う。あれが今回の仕事の相手なのだ。



(あんな相手にどうやって戦うんだろう…)



 少しだけ不安にも思うし、心配もする。

 穂華が三人にそっと掛布を掛けていると、空いている布団の主がやって来た。

 穂華を見て、そして寝ている三人を見ると苦笑した。



「神威も結構強めてたからな。よほど疲れたな」


神来社からいとさんも休める時に休んでね。まだ寝てないんでしょう?」



 戻って来てすぐ軽く食事をして、それからは何か雨宮あまみやと話し込んでいる様子を穂華は見ていた。

 仕事柄、睡眠時間が短いのには慣れているかもしれないが、休息は大事な事だ。



「あぁ。少し休む。お前見てちょっと元気出た」


「なら良かった。私は昨夜ちゃんと寝たからね」



 フフンッと少しだけ胸を張ると、総十郎そうじゅうろうもクスリと笑う。


 本当は、気になって少し遅くまで起きていた。横になっても眠れる自信がなかった。

 だがそこに、雨宮がやって来た。



『皆朝まで戻りません。貴女はゆっくり休んでください。貴女が元気でいてくれるから、神来社さん達も元気であり続けられるのでしょう?』



 静かで優しく、労わりに満ちた声音に穂華は自然と頷けた。そして思い出した。出会った頃の咲光と照真も似た事を言ってくれた事を。



(私は、私なりに皆の支えになる)



 笑顔でいる事で皆も笑っていられるなら。自分の元気が皆の力になるなら。

 皆と一緒に、皆の隣で笑っていられる人になりたいから。


 総十郎も「疲れた」と布団に入るのを見やり、穂華はそっと部屋を出た。

 さてさて、自分もやれる事をやろう。








 僅かな休息の後、集まった万所の面々の前で雨宮と総十郎が今後の方針を立てた。

 雨宮は元々、総元そうもとから封じの強化を任されていたらしい。が、それよりも相手の動きが早く、急ぎこの場にやって来たそうだ。


 “とう”の参戦は心強い。昨日より緊張の増した面々の前でも、雨宮は一切その雰囲気を崩さない。



「例の大蛇だが、すでに二体復活している。残る一体もこのままじゃ分からない」



 大蛇が復活しているという事は、それだけ状況が深刻かつ悪化しているという事。

 空気の澱み、死の連鎖。町への被害を止めるだけではもう防ぎきれない。



「そして、大蛇の封じを解いたあやかしが確認できた。恐らく二体いるはずだ。かなりの妖力を持つ相手だ、充分警戒してくれ」



 咲光と照真は拳をつくる。

 虚木うつぎ禍餓鬼かがきはずっと封じを解くために行動している。そして今回のこれもまたその為の手段だろう。



『主は近く復活する』



 自信に満ちて断言した言葉。大妖が復活すればその影響は計り知れない。

 握った拳に力がこもる。



「雨宮さんも来てくれた事だ。改めて会議をしよう」



 総十郎の真剣な声音に、誰もが無言で頷いた。

 まだ何も出来ていない。これからだ。






♦♦




 最近は、太陽も月も雲に隠れてあまり姿を見せてくれない。少しその灯りが恋しい。

 月は夜の闇を照らしてくれる。闇夜に目は慣れているし、勾玉のおかげで物ははっきり視えるとはいえ、やはりその灯りがあるとないとでは全く違う。


 夜空を見上げて少し物寂しく思いながら、咲光は森の中にいた。


 雨宮が参戦した事で、総十郎は大胆に役割を分けた。大蛇は退治衆よりも祓衆が適任だと判断し、雨宮を筆頭に祓衆と数名の退治衆を向かわせる。

 そして、総十郎、咲光、照真、八彦で封じの解かれた場所探しと虚木と禍餓鬼の捜索をする。捜索を少数にしたのは、相手の妖力に怯まない事と、本命は大蛇である事を見失わない為。



「大蛇の方、大丈夫かな?」


「今は結界で動きを封じてるけど、私達も急いで探さないとね」



 山本も教えてくれたように、封じに使われていた玉には封じられていた間の念が籠りやすい。それが復活した大蛇の力にならないよう、出来るだけ早く清めなければいけない。



「場の空気も少しでも清めれば、今よりも少しは状況も変わる。が、復活した以上、大蛇は倒さないとな」


「…封じられて…たもの……倒すのは…難しい?」



 倒せなかったから封じた、とも考えられる八彦は、少しだけ難しそうな表情を見せた。

 倒せるか、それとも再封印が必要なのか。



「難しいな。だが倒すぞ。再封印は手段の一つではあるが、封じは弱っていくから倒す事を目指す」


「…分かった…」



 人が施す術はいずれ弱まる。それに、今回のような事を引き起こさない為には、封印は一つでも減らしていきたい。

 苦戦と困難が待ち受けている。けれど、これからの為に。


 森の中は空気も澱んでいて、どこからでも妖気が感じられる。その大半は復活した大蛇のもの。だが、そうではない妖気も確かに感じられる。

 この広い森の中のどこに封じを解いた場所があるのか…。

 思案して眉を顰める照真達に、総十郎は真剣な眼差しで告げる。



「水だ。水に関係する場所、恐らく川辺がその場所だ」


「川辺ですか?」



 咲光達は総十郎を怪訝に見つめた。






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