第百三十九話 雷撃と結界
赤羽と山本がすぐに動く。
強力な相手には、それに応じた術を使わなければ、跳ね返されてこちらが負傷する。だから退治の為には複数の術は会得していなければならない。
高度な術ほど消費する霊力は多い。消費しすぎれば動けなくなるのは、気力と体力と同じ。
フッと意識を集中させ、赤羽が唱え始めた。
「勧請奉る……」
霊力が高まるのは空気を通して伝わって来た。妖気とはまた違う、肌をピリピリと刺すような圧迫感。けれど不思議と、恐怖や苦しさは感じない。
詠唱を唱える赤羽を、山本が大蛇の攻撃から守る。虚木と大蛇との前線には咲光達もいる。
大蛇が相手になった事で非常に戦況は悪い。が、それでも食らいついて戦う。妖力が皮膚を裂いても、大蛇の体が鞭のように身を打ってきても。倒れても立ち上がる。
「雷神招来!」
ピカッと空から一陣の雷が大蛇へと落ちた。音にならない咆哮が轟く。
雷神の一撃を喰らい、大蛇の体が地面へと倒れるが、その身が消える事は無く赤羽が舌打ちを打った。
「俺の雷神の一撃じゃ焼き切れないかっ……!」
悔し気な表情に、山本も同じものを見せる。
術者の力量によって、与えられる一撃や招来できる一撃の威力は異なる。
妖の強さよりも弱い一撃では倒す事は出来ない。術者が学ぶ基本の術ならば大概の妖は退治出来るが、そうではないものもいる。妖の強さに応じた術の強さも必要になってくる。
(俺よりも赤羽さんの雷神招来は威力がある。この空気の中で大蛇以上の一撃を与えないと……)
(大蛇も一体じゃない。霊力出し切ったらぶっ倒れて足手纏いだ)
山本も赤羽も考えを巡らせる。
今、一の大蛇と総十郎が戦っている。その退治も加え、玉の浄化も必要になる。
「悪い! 次の手考える!」
「はい!」
赤羽の言葉に照真はすぐ頷いた。
少なくとも、今の雷神の一撃で二の大蛇はすぐには参戦できない状態になった。今なら虚木を倒す事に集中できる。
この好機を逃す事無く、咲光達はすぐに斬り込む。
少しでも気を抜けばやられかねない戦いの中、ゴゴゴッと地鳴りが響いた。
「!」
音が迫って来る。ハッと視線を向けた先で、森の中から空へと向かって大蛇が姿を見せた。
「神来社さん!」
大蛇が姿を見せたと同時に、咲光達の前に青い羽織りがバサリと着地した。一同の姿を一瞥し、その視線は再び大蛇へと向けられる。
総十郎は見た目に大きな怪我はない。が、少々疲労の色が見える。逆に、大蛇の体にはいくつもの切り傷がある。中には血を流す深い傷もあるようだ。
総十郎は虚木と倒れている大蛇を見ると、すぐに指示を飛ばす。
「赤羽、山本。倒れている大蛇を一時的に結界で閉じ込めてくれ」
「はい。……ですが、あまり持たないと…」
「構わない」
総十郎の言葉に、二人はすぐに動く。最後まで見る事無く、総十郎は刀をシュッと振った。
後ろに続くのは咲光達。眼前には、苛立ちをそのまま妖気として向けて来る大蛇と、不愉快そうに顔をしかめる虚木。
睨み合う両者が地を蹴った。総十郎は再び大蛇に、咲光達は虚木に向かって。
咲光達よりも遥かに強い神威を纏う総十郎の刀は、淡く白銀に光る。その刃が大蛇の身に傷をつけていく。
休む間を与えぬよう、咲光達は交互に斬りかかる。刀の切っ先が虚木の妖力の衝撃を弾く度、その表情は不快に彩られていく。
強力な妖と戦って来た中で、少しずつだが確実に力はついているし、冷静に刀を振るう事も出来るようになってきた咲光達は果敢に挑む。
それでもやはり、虚木は強い。焦らないよう律しながら戦う。
その中で、身体に細かな傷を作られた大蛇が腹立たし気に総十郎を睨んで吼える。迫りくる大蛇の動きを見ながら反撃しようとしていた時、
「!」
大蛇が不自然に、何かに弾かれ仰け反った。
ガキィッと不可視の壁があるようで、一瞬だけ驚いた総十郎だが、すぐにダッと地を蹴った。
すぐさま大蛇へ一閃を放つ。神威をまとう一撃に、大蛇は悲鳴を上げると仰け反った。
倒れはしなかったが、出来たその隙を逃さず、静かだが凛とした声が響く。
「この地へ留め置き給え。不動の檻、断絶の壁、地の脈動にて一切を拒まん!」
大蛇の頭から地面までが不可視の壁に覆われる。視える者にはその結界がしっかりと視えていた。
動きを封じられた大蛇は、己を閉じ込めた本人を睨む。
援護の班を率い、黒い髪をなびかせ大蛇を睨む、祓衆“頭”雨宮がいた。毅然と立つその姿には堂々たる風格を滲ませる。
援護班はすぐさま赤羽達と咲光達の援護に入った。
「雨宮さんっ……!」
「そちらの結界も補強します。二人はすぐ神来社さんの援護へ」
「はい!」
援護に来た誰もが凄まじい妖気に緊張し、身を竦ませる。だというのに、雨宮は一切それに当てられていないように涼やかなまま。
総十郎と雨宮は頷き合うと、すぐにそれぞれの相手に向かう。
大蛇を封じた雨宮、自分に向かって来る総十郎と増えた相手。虚木はその光景にあからさまに舌打ちをした。
「あーもうっ! 面倒臭いわね!」
苛立ちは隠されない。虚木にとって、雨宮の参戦も、大蛇の動きを封じられた事も想定外だったのか、それとも単に数が増えて面倒なのか、先程までの面白がっていた表情はもうない。
総十郎が加わった事で、明らかに虚木が追い詰められ始める。祓衆が虚木の視野を攪乱し、刀が届きやすいよう術を繰り出す。その合間を止まることなく退治衆が狙って来る。
総十郎の神威は強い。それが虚木の妖力の壁を砕き始める。
「チッ……!」
幾度と刃と妖力が交わる。木々も着物もバサバサと激しい音を立てて暴れる。
確実に虚木を追い詰める中、総十郎と雨宮の視線が動いた。
(何か来る――!)
直感だ。その警鐘と同時に、森からザザッと音が近づいて来る。三体目の大蛇かと身構えたが、すぐに違う事が分かった。
波のように、真っ黒な影が周囲を覆い尽くすように押し寄せて来たのだ。




