第百三十八話 激突
――来る
そう直感した時には体が動いていた。
瞬時に距離を詰めて来た虚木との間に、衝撃波が生まれる。それでも押し負け吹っ飛ばされる事はない照真に、虚木は目を細める。
「まぁまぁ出来るようになったみたいね」
すかさず、咲光と八彦が斬りかかる。冷静にそれを見ていた虚木はトンッと片足を地面から離すと、牽制するように振り抜いた。
そのまま、勢いを殺す事無く蹴り技を繰り出す。妖力の纏わされた蹴りは直撃すればひとたまりもない。
踊るような動きを見誤らず、神威を纏う刀で時に防ぎ、時に躱す。瞬きする間もない攻撃に怯んでいる暇はない。
虚木の拳を躱し、動きを封じようと足を狙う。が、妖力を纏った体にはなかなか刃は入らない。ガキィッと弾かれ打ち破れない。
(日野さんでもかなり打ち合ってやっとだった。俺達じゃまだまだだっ……!)
(短時間でなら神来社さんのように神威を使うしかない。でもあれは私達には出来ないから、出来る最大限で挑む……!)
何度でも挑む。挑み続ける。
今、力不足を嘆いている暇などない。
ビュンッと空気を裂く虚木の拳が走る。それが間近に迫る。
「っ…!」
当たる、と直感した。
「禁!」
しかしそれは、気迫と共に放たされた言葉と、視えない障壁によって弾き返された。
すぐに距離を開けた照真は一瞬だけ混乱したが、背後を一瞥した。
(今のは……)
視線の先から、力強い頷きが返って来た。
頼もしい術者もいる。照真は感謝を胸に、更に前へ大きく一歩踏み出した。
咲光達の攻撃の合間を縫って、赤羽と山本の声が響き渡る。
「光を纏い、射ち止めよ!」
「砕波!」
岩をも砕かんとする霊力の波が虚木に襲い掛かる。
「祓人……。忘れてたわ」
一瞥すると、虚木は妖力をまとわせた拳で術ごと打ち砕いた。
舌打ちする虚木に、続けて霊力の矢が幾つも降って来る。
(全部へし折るのは面倒ね…)
妖力で砕くことなく、落下地点を見極め避けた。
「!」
その先で、三本の刃が振ろ下ろされる。
「悪くないわ。でも……」
足に妖力を集中させ地面に振り下ろす。ドゴォッと地面が割れた。
突然の暴挙に意表を突かれたが、八彦はタンッと地を蹴ると虚木の前へ躍り出る。
「へぇ」
感心したような声が発された。振り下ろされた刃はわざとらしくすれすれで避けられる。
同時にゆらりと足が動く。考えるより先に、直感で八彦は身を守った。「禁っ…!」と少し焦りを含ませた声が障壁を作る。
が、バキィッと砕ける音と共に、虚木の蹴りが横腹に入った。八彦の体が蹴り飛ばされる。
「八彦君!」
叫ぶ咲光と照真は、続けて襲って来る虚木に距離を取る。ちらりと見れば八彦の元に山本が駆け寄っている。
八彦はすぐに痛みに顔を歪めながらも身を起こす。その様子を見てひとまず安心する。
間を置かぬ虚木の攻撃を何とか避け、こちらからも攻撃をする。かつての日野の言葉が脳裏をよぎる。
強い神威が扱えるわけではないから、どうしても時間がかかる。
(大丈夫だ。神来社さんは、確実に神威は強くなってるって言ってくれた)
(今は、八彦君も赤羽さんも山本さんもいる。戦える)
妖力に弾き飛ばされるだけだった以前とは違う。
日野のように強い神威でなくても、総十郎のように扱える以上の神威を借り受けられなくても。今ここに五人いる。補い合える仲間がいる。
それに、少しずつ虚木の妖力も削れているはず。
離れた場所で大蛇がたてる音がいやに耳に衝いた。まだ総十郎も戦っている。
咲光と照真もグッと刀を握った。一切引かないという咲光達の姿勢に、虚木は可笑しそうにクスクスと笑った。
「あんた達だけで戦えるなんて、本気で思ってるのかしら」
「…………………」
「言っておくけど、あんた達の相手は私だけじゃないのよ」
恐ろしく艶やかに、妖しい声と笑みが告げる。
それに呼応するように、川の水が宙を舞った。
この森の川は深く、所によっては谷のようでもある。水量も決して少なくない。その水が空から降り注がれる。
まるで、空から滝が落ちるよう。一瞬の後、その滝を作り上げた正体が視えた。
「っ…!」
「なっ!?」
二体目の大蛇が姿を見せた。
咆哮を上げ、眼光が咲光達を睨む。虚木との戦闘の気配を感じ取ったのだろうか、今にも襲い掛かって来んばかりの様相だ。
「すぐに応援を!」
「! 分かった!」
咲光がすぐに飛ばした言葉に山本が応じる。紙を一枚取り出すと瞬時にそれを式と為す。
作られた式はすぐさま森の中を飛んで行った。虚木も大蛇も小さな式など気に留めず、すぐさま戦闘を続けて来た。
大きく口を開いた大蛇が襲い来るのを避ける。
(二体目の大蛇をそのままには出来ない。だけど虚木は私達五人でやっとの相手…)
どうする。
木々をなぎ倒し、地面に大きな溝を作りながら大蛇が迫って来る。死角からは虚木に注意しなければならない。
「っ……!」
が、虚木はともかく、大蛇に対して刀で与えられる傷はあまりにも浅い。骨には到底辿り着きそうにない太い身体。
照真も悔し気に奥歯を噛んだ。同じ様子の退治人三人に対し、背後から頼もしい声が告げる。
「大蛇は俺らが何とかする! ちょっとだけ踏ん張ってくれ!」
「! はいっ!」
心強い言葉に、振り返る必要などなかった。




