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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十一章 大蛇編

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第百三十八話 激突

 ――来る

 そう直感した時には体が動いていた。


 瞬時に距離を詰めて来た虚木うつぎとの間に、衝撃波が生まれる。それでも押し負け吹っ飛ばされる事はない照真しょうまに、虚木は目を細める。



「まぁまぁ出来るようになったみたいね」



 すかさず、咲光さくや八彦やひこが斬りかかる。冷静にそれを見ていた虚木はトンッと片足を地面から離すと、牽制するように振り抜いた。

 そのまま、勢いを殺す事無く蹴り技を繰り出す。妖力の纏わされた蹴りは直撃すればひとたまりもない。


 踊るような動きを見誤らず、神威を纏う刀で時に防ぎ、時に躱す。瞬きする間もない攻撃に怯んでいる暇はない。


 虚木の拳を躱し、動きを封じようと足を狙う。が、妖力を纏った体にはなかなか刃は入らない。ガキィッと弾かれ打ち破れない。



日野ひのさんでもかなり打ち合ってやっとだった。俺達じゃまだまだだっ……!)


(短時間でなら神来社からいとさんのように神威を使うしかない。でもあれは私達には出来ないから、出来る最大限で挑む……!)



 何度でも挑む。挑み続ける。

 今、力不足を嘆いている暇などない。


 ビュンッと空気を裂く虚木の拳が走る。それが間近に迫る。



「っ…!」



 当たる、と直感した。



「禁!」



 しかしそれは、気迫と共に放たされた言葉と、視えない障壁によって弾き返された。

 すぐに距離を開けた照真は一瞬だけ混乱したが、背後を一瞥した。



(今のは……)



 視線の先から、力強い頷きが返って来た。

 頼もしい術者もいる。照真は感謝を胸に、更に前へ大きく一歩踏み出した。


 咲光達の攻撃の合間を縫って、赤羽と山本の声が響き渡る。



「光を纏い、射ち止めよ!」


砕波さいは!」



 岩をも砕かんとする霊力の波が虚木に襲い掛かる。



祓人はらいにん……。忘れてたわ」



 一瞥すると、虚木は妖力をまとわせた拳で術ごと打ち砕いた。

 舌打ちする虚木に、続けて霊力の矢が幾つも降って来る。



(全部へし折るのは面倒ね…)



 妖力で砕くことなく、落下地点を見極め避けた。



「!」



 その先で、三本の刃が振ろ下ろされる。



「悪くないわ。でも……」



 足に妖力を集中させ地面に振り下ろす。ドゴォッと地面が割れた。

 突然の暴挙に意表を突かれたが、八彦はタンッと地を蹴ると虚木の前へ躍り出る。



「へぇ」



 感心したような声が発された。振り下ろされた刃はわざとらしくすれすれで避けられる。

 同時にゆらりと足が動く。考えるより先に、直感で八彦は身を守った。「禁っ…!」と少し焦りを含ませた声が障壁を作る。

 が、バキィッと砕ける音と共に、虚木の蹴りが横腹に入った。八彦の体が蹴り飛ばされる。



「八彦君!」



 叫ぶ咲光と照真は、続けて襲って来る虚木に距離を取る。ちらりと見れば八彦の元に山本が駆け寄っている。

 八彦はすぐに痛みに顔を歪めながらも身を起こす。その様子を見てひとまず安心する。


 間を置かぬ虚木の攻撃を何とか避け、こちらからも攻撃をする。かつての日野の言葉が脳裏をよぎる。

 強い神威が扱えるわけではないから、どうしても時間がかかる。



(大丈夫だ。神来社さんは、確実に神威は強くなってるって言ってくれた)


(今は、八彦君も赤羽さんも山本さんもいる。戦える)



 妖力に弾き飛ばされるだけだった以前とは違う。

 日野のように強い神威でなくても、総十郎そうじゅうろうのように扱える以上の神威を借り受けられなくても。今ここに五人いる。補い合える仲間がいる。

 それに、少しずつ虚木の妖力も削れているはず。


 離れた場所で大蛇おろちがたてる音がいやに耳に衝いた。まだ総十郎も戦っている。

 咲光と照真もグッと刀を握った。一切引かないという咲光達の姿勢に、虚木は可笑しそうにクスクスと笑った。



「あんた達だけで戦えるなんて、本気で思ってるのかしら」


「…………………」


「言っておくけど、あんた達の相手は私だけじゃないのよ」



 恐ろしく艶やかに、妖しい声と笑みが告げる。

 それに呼応するように、川の水が宙を舞った。


 この森の川は深く、所によっては谷のようでもある。水量も決して少なくない。その水が空から降り注がれる。

 まるで、空から滝が落ちるよう。一瞬の後、その滝を作り上げた正体が視えた。



「っ…!」


「なっ!?」



 二体目の大蛇が姿を見せた。

 咆哮を上げ、眼光が咲光達を睨む。虚木との戦闘の気配を感じ取ったのだろうか、今にも襲い掛かって来んばかりの様相だ。



「すぐに応援を!」


「! 分かった!」



 咲光がすぐに飛ばした言葉に山本が応じる。紙を一枚取り出すと瞬時にそれを式と為す。

 作られた式はすぐさま森の中を飛んで行った。虚木も大蛇も小さな式など気に留めず、すぐさま戦闘を続けて来た。


 大きく口を開いた大蛇が襲い来るのを避ける。



(二体目の大蛇をそのままには出来ない。だけど虚木は私達五人でやっとの相手…)



 どうする。


 木々をなぎ倒し、地面に大きな溝を作りながら大蛇が迫って来る。死角からは虚木に注意しなければならない。



「っ……!」



 が、虚木はともかく、大蛇に対して刀で与えられる傷はあまりにも浅い。骨には到底辿り着きそうにない太い身体。

 照真も悔し気に奥歯を噛んだ。同じ様子の退治人三人に対し、背後から頼もしい声が告げる。



「大蛇は俺らが何とかする! ちょっとだけ踏ん張ってくれ!」


「! はいっ!」



 心強い言葉に、振り返る必要などなかった。






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