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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十一章 大蛇編

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第百三十六話 迎える場所

 万所よろずどころの面々は仕事の前に軽めの夕食を頂いた。そんな中でも穂華ほのかはせっせと動き回っていて、咲光さくや照真しょうまも優しく見つめていた。


 そして、刻限が夕暮れを示す。すぐに空は暗くなる。



「それじゃあ、行こうか」



 刀を腰に、総十郎そうじゅうろうが一同を見回し先頭を行く。


 夜の町を駆ける。それぞれの班が配置につき、油断なく周囲を見やる。

 その中で咲光達は森の中へと足を踏み入れた。

 町から森はさして離れてもいない。生き物の声が聞こえない静かな森は、静かすぎて不気味だ。



「うーん…。空気が悪い…」


「えぇ」



 赤羽の訝しむ声に咲光も同意する。

 夜の森にしてはまとわりつくような空気。その中心地である、祠があるという場所に向かって歩く。ザクザクと葉を踏み進む道は、町の人が時折通る道でもあるので、比較的進みやすい。


 慎重に周囲に意識を向けながら歩き、その場所に着いた。

 何かを祀っていたのか、小さな祠がある。しかし今目の前にあるその祠は随分前に廃れてしまったようなものに見えた。



(この妖気…)



 咲光も照真も感じた。これまで何度も感じた妖気。間違えるはずがない。



(やっぱり今回も奴らが…)



 ぎゅっと拳をつくる。ここにも暗躍の影がある。すぐに見つけ出さなければ。

 周囲の妖気に敏感に反応したのは、咲光と照真だけではなかった。



「…照真、咲光。危ない…。あの時の…森の奴…みたいな感じがする…」


「…この妖気。俺らも知ってるあの時の……」



 八彦やひこも山本達も同じだった。

 危機察知に優れている八彦の表情は硬く、常に周囲へ向けている視線がよく動いている。

 かつてその戦いを見て感じた八彦、戦った赤羽と山本。全員が緊張感を持っていた。


 しかし、ここにあるのは残滓だけ。本体がいない。

 近くからは感じないので、総十郎はすぐに祠を調べる事にした。壊れた扉から中を覗いてい視る。



(こじ開けたな…。これには守りの術が施されていたそうだし、弱まっていたな…。中には何もないとなると、中にあったのを奪ったのは間違いない。やはり封じを解くのが狙いか…)



 封じと守りに覆われた祠は妖気を拒む。それは祠が清らかな空気を纏う事にも繋がるのだが、今の祠にその気は一切感じられない。


 封じや守りの術はいずれは必ず弱まる。だからその前に術者が手を打つ。が、その術を扱える者は決して多くはない。

 一度術を施せば人にとっては長い時間保たれる。が、それは逆に、きちんと年代と場所を管理しておかなければ混乱が生じるという事。



総元そうもとはここの術を強化する予定だった。そこを俺が緊急報告書を送った事で遅れてしまった。至急雨宮(あまみや)さんに頼むって言ってたが、その前に狙われたな……)



 にしても…と総十郎は口元に手を当てる。



(町外では知られてもいない祠を、奴らはよく知ってたな…。これも長命故か…)



 強力かつ有名な妖を封じた祠などは、神社などが神域で管理している事も多い。こうした森にあるというのは逆に珍しい事でもある。

 総十郎も総元から話に聞くまで知らなかった。



(そこは考えても仕方がない。問題は……)



 今、封じの玉がどこにあるのか。

 町では行方不明者が出ている。つまり、町外に持ち出されている可能性は低い。



(そもそも、封じの玉にはまだ術が欠片残っているはずだ。それを持って移動していれば総元が見つける)



 まだ、近くにある。


 思案する総十郎の耳に「神来社からいとさん」とそっと呼びかける声が届いた。視線を向けた先では咲光が自分を見上げていて、総十郎は「ん?」と続きを促した。



「封じられていたという大蛇おろちが姿を見せていないという事は、まだ封じはかろうじて保っているという事ですよね?」


「あぁ」


「それを破る為には何か必要な事はありますか? そこから相手の動きを読めないでしょうか?」



 周囲では照真達も探索している姿が見える。

 咲光の言葉に総十郎は身体ごと向き直った。



「今の状態では難しいな」


「?」


「神主の話で、ここで亡くなった人もいれば、川で見つかった人もいると言っていただろう?」


「はい」



 どちらも祠での儀式に参加した人達だという。それがなぜ別々の場所で見つかったのかは気になっていた。この近くに川の音は聞こえない。



「川で見つかった人は恐らく、玉の封じを解くための場作りにされたんだと思う」


「場作り?」



 首を傾げる咲光に総十郎は頷いた。


 例えば、封じを解こうと思っても、そこが神社や人々の活気に満ちている場所だと封じは解きづらい。それはあやかしがそうした空気を心地良く思わないから。神が好むものを妖は好まない。

 逆に、封じを解こうとした時、その場所が負や死の空気に満ちていると、それを好む妖は引き寄せられ、封じも解けやすい。加えてそこから力も得やすい。

 だから禍餓鬼かがき虚木うつぎはわざと亡骸を持ち去り、死の空気に玉を触れさせた。



「……では、町で行方不明になっている人達も…」


「恐らく、封じを解く為、だろう」



 玉を奪われてから時間が経ってしまった。同時に場作りまでされてしまうと、逆算して行動では追いつかない。今、封じが解けてもおかしくないのだ。


 咲光はキュッと眉を寄せて視線を下げる。そんな表情を見て総十郎はトンッと肩に手を置いた。


 このまま犠牲者の数が増え続ければ、封じは完全に解け、大蛇が復活する。

 そうなってしまうと、大蛇を倒すか、再度封じ直すしかない。


 咲光と総十郎の元に、探索を終えた照真達が戻って来た。



「妖気は残ってますが、本体は視えません。周囲にも他の妖はいないようです」


「そうか。今から……」



 報告に頷き次の指示を出そうとした時、背筋を氷塊が滑り落ちるような嫌な感じがした。考えるより先に身体が動き、刀の柄に手を添えた。

 同時に、地面が揺れた。






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