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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十一章 大蛇編

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第百三十三話 穢れが向かう先

♦♦




 大きな町を一歩外に出れば、緑に囲まれた光景が広がっている。普段は静かで穏やかな森。

 しかし今、夜の闇に覆われた森の中は不気味で恐ろしい。人は誰も寄り付かない。


 生き物の声もしないその森の中には、小さな祠があった。何かを祀っていたのか鎮めていたのか、しかしその祠はもう扉が壊れている。挙句、その屋根の上に重さを一切感じさせず、一体のあやかしが腰を掛けていた。



禍餓鬼かがき、面白いもの知ってたのね」


「あぁ。以前この辺りに来た。その時に使えるかもしれぬとは思ったが…」



 禍餓鬼は面白そうに笑みを含ませる虚木うつぎとは逆に、いつも通りに淡々としていた。


 人の寄り付かぬ森の中。二体の妖気が周囲に立ち込め、自然と人々は避けようとする。だからこの場に気付かない。


 両者の足元には、幾人もの人々が転がっていた。全員が血を流し絶命しているのが分かる。

 それをつまらなさそうに見る禍餓鬼と、楽しそうに見下ろす虚木。


 虚木はトンッと着地すると、祠の中に手を入れた。そして目的の物を見つけて取り出した。

 スッと引いた手の上に、不穏な気配を漂わせる玉が乗っていた。そんな物騒な気も虚木は一切気にしない。指で軽くもてあそぶ。



「ふーん。確かに術がかかってる。でも綻びがあるし、後数十年で解けちゃうかしら」



 今自分達がこれを使おうとも使わずとも、後少しの違いだけ。


 クスクスと笑うと、虚木はその玉を地面に広がる血だまりの中に転がした。

 指一本でコロコロと動かす。最初は撥水されていた表面も、だんだんと赤く染まる。透明だった玉はみるみるうちに真っ赤に染まった。

 そしてピキリッ小さな音を立てた。



「……脆いな」


所詮しょせんは古い術だもの。祠の封じ自体、私達の妖力に押し負けたわけだし」



 虚木が腰掛けていた祠にも、元々は守りの術と封じの術が施されていた。しかし、何百年と時の経った術は、今の二人の妖力に敵う事はなく打ち破られた。

 これがもし、最近数十年のうちにかけられた術だったならば、破るのも難しく二体も手を出さなかったかもしれない。


 祠の中に納められていた玉にもまた、封じの術がかけられていた。そして今、その術に亀裂が入った。



「後は、術が完全に壊れるのを待つだけ。まだかなー」


「待てぬ。さっさとやるぞ」


「はいはい」



 禍餓鬼は両手で近くにあった人の亡骸を掴むと歩き出す。虚木もまた片手に同じように持ち、歩き出した。


 森の奥。川の流れに沿って上流へと向かう。その最中に禍餓鬼は一人、川へと亡骸を投げ落とした。


 さらに進むと、少し長い滝が見えてきた。その上へとタンタンッと身軽に上る。

 滝の上には、少し深い池のような場所があった。上流から流れて来た水が滞留し、それが滝へと流れていくのだ。


 その池の中に、禍餓鬼と虚木は亡骸を投げ入れた。身に付いた血が水に溶け、流れ落ちていく。



「楽しい楽しい余興の始まり。ふふっ」


「向こうの準備は?」


「問題ないわ。そっちが学舎まなびやで時間を稼いでくれてた間に、鬼には時間稼ぎと仕事を与えて来たし。なかなかに出来る奴だから成果もあるんじゃないかしら? あれもただの時間稼ぎだけど」


「そうか」



 全てはこれからの為にある。長い長い時間をかけてやっとここまで来た。

 あと、少し。


 ザァザァと流れる水。池の中に落とされた亡骸が滝へと落ちていく。無情にそれを見やり、虚木は持っていた玉を池の中に落とした。

 ちゃぽんっと音を立て、玉がそこへ沈んでいく。カタンッと底へ着いた音が耳に届いた。



「この川は森を抜けると、鬼がけがした川と合流する。それ以外にも、細々とした所からも昔からやってる所とも繋がっている。で…」


「それらの行く先は、万所よろずどころ本部を流れる川」



 うんうんっと虚木が楽しそうに頷く。


 そう。全ては穢れの水を流す為。妖が立ち入れない神域に、沢山の負と死の陰気をもたらすため。


 神域に妖である自分達は手を出せない。でも、神域は決して穢れと無縁というわけではない。人の心には常に暗い部分が存在する。そして死は大きな影響を与える。

 神が浄化できない穢れを、水に隠して持ち込めばいい。知らぬ間に、水から吸い込んでしまえばいい。



「後は生贄だ」


「待ってても玉の封じは解けるでしょうけど、てっとり早く解くにはそれね。穢れを与えれば自分から出て来るわ」



 生贄なんてそこら中にいる。どこからでも取って来ればいい。


 禍餓鬼と虚木が池の底を見る。まるで自ら光っているような玉。少しずつ嫌な気が漏れ始めている。



「あんたにも精々頑張ってもらわないと」



 その玉から流れる他にはない負は、何よりも自分達の力になるのだから。

 玉に笑みを贈り、虚木が禍餓鬼を見た。



「にしても禍餓鬼。こんな方法よく思いついたわね」


「……いつだったか、主が仰っていた」



 遠い遠い昔。まだ主が地上にいて、この国ではない別の国に居た頃。




『地を流れる水、空より降り注ぐ水は、神の司るものだという』


『……それは、妙な話でございましょう。降り注ぐ水全てが神の意にあらず』


『ふふっ。そうよなぁ。雷雲より注ぐそれは、我が意のもの。我に引き寄せられているものだのに、笑ってしまう』




 そう言って可笑しそうに笑っていた主の表情を、今も覚えている。

 懐かしむ禍餓鬼の傍では、虚木が顔を歪めていた。



「何それ私知らない。主の言葉は全部覚えてるのに…」



 自分の知らない所で、と虚木が拗ねた。しまったと思ってももう遅いので、禍餓鬼は何も言わない。ここで謝罪もしくは言い訳をすれば、余計にへそを曲げてしまうのは目に見えている。

 なので、変わらず続ける。



「ならば、水を司る神の力をまず削いでしまえばいいと考えた」


「へー、そうなの」


「……………………」



 不満そうな声。言い返す言葉もない。

 数秒考え、禍餓鬼はクルリと背を向けた。



「……行くぞ」


「ちょっと!」



 機嫌を直してもらおうと考えるより、主の為行動する方が有意義だ。

 躊躇なく去ろうとする禍餓鬼を、虚木は憤然としながらも追いかけた。






♦♦






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