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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十章 鬼編

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第百三十二話 隣にある手

 総十郎そうじゅうろうの表情をじっと見つめていた永之進えいのしんは、ふぅっと大きく息を吐いた。



「…どう…やら……何か分かった…ようだ…な…」


「……あぁ」


「…総十郎……。最期に…よい…試合が出来た…」


「そうか…」



 永之進の表情はとても穏やかだった。総十郎も静かに答える。

 悲しむ事は出来ない。人々が犠牲になっている無念を思うから。



「…さら…ば……だ……」



 その身が黒いもやとなり、消えていく。その様をじっと咲光さくや達も見つめた。

 永之進の最期の言葉は、とてもすっきりとしていて笑みすら含んでいるようで。


 総十郎は立ち上がると納刀する。その傍で同じように納刀した照真しょうまは、永之進が居た場所を見つめた。



「強かった…。これまで戦ったあやかしもだけど…強かった」


「……うん…」


「鬼と戦うのはまれだな。俺もここまでの相手は初めてだ」



 ムッと悔しさや険しさを表情に見せる照真に、八彦やひこも同じような表情をする。

 そんな二人に、総十郎も同じ想いだった。



「稀、なんですか?」


「鬼は、怒りや絶望、憎悪を抱え、這い上がれなくなり人の道を外れたモノの成れの果て。若しくは、そういう負の感情の溜まり場から生まれて来ると言われている」


「……人が…」


「あぁ。永之進というのは人だった頃の名だろう。忘れずに名乗っていたのか……。奴を鬼に堕とした決定打を打ったのは恐らく、虚木うつぎだ」



 咲光達は言葉を失った。

 全く別のモノだと思っていた人と妖。その境界の狭間に踏み入ってしまう人がいるのだ。そうなってしまうと戻る事は出来ない。


 言葉の出ない三人に、総十郎は変わらず続けた。



「人はそう簡単には堕ちない」


「……!」


「誰かが引き留めてくれる。どうしようもないと思っても、光や強さを求めてまた進める。誰かの手を握って、誰かに手を握ってもらう。それもまた、人だから出来る事だ」


「……はいっ!」



 自然とぎゅっと手を握り合う咲光と照真を、総十郎は優しく見つめた。



(俺もそうだ。俺も、お前達に救われた)



 だから今、またこうして少しずつ進んでいける。仲間が増えて、本当に良かったと思う。


 そんな頼もしくて何ものにも代えがたい仲間の背を押し、総十郎は待っていてくれる仲間の元へ帰る事にした。








「まっ…! もっ、皆傷だらけ! 早く手当て!」



 起きて待っていた穂華ほのかに出迎えられ、四人は静かにだが忙しく手当てを受けた。と思うと、「はい寝る!」と敷いていた布団に投げ込まれた。

 布団の上で照真と総十郎は思わず吹き出し、「早く寝なさい」と穂華から母親のように注意された。


 全員が静かに眠ったのは明け方近く。そっと起きた総十郎は、音をたてぬようこっそり文を書き、それをしきとして飛ばした。






 ♦♦




 翌朝。咲光達は神主に事の解決を伝えた。町は新たな犠牲に混乱し騒めいていた。


 療養しながらそれを思い、照真も複雑な思いを抱く。



「はい。照真さん。薬」


「ありがとう」



 穂華に薬を貰い傷口に塗る。今回は切り傷と少々深い目の傷がいくつも出来てしまった。

 見える箇所に薬を塗りながら、その視線は総十郎に向く。

 先程、空から式が飛んで来た。それをずっと、総十郎は険しい顔で読んでいる。


 穂華も総十郎をちらりと見ながら、八彦と咲光にお茶を渡した。



「二人ともどうぞ」


「あ…ありがとう……」


「ありがとう」


神来社からいとさん…さっきから動かないね」


「うん…」



 咲光と八彦の視線もどこか心配や不安を見せる。

 総十郎は眉間に皺を寄せたまま動かない。じっと文を睨んでいるまま。


 仕事の事は知らない穂華も、流石に今回は何事かと不安になってくる。



(もしかして、凄く大変な仕事が寄越されたのかな…?)



 今回も大変だったから、総十郎は立て続けの仕事にあんなにも険しい顔をしているのかもしれない。


 そう思いながら、穂華は総十郎用のお茶を淹れる。その間にどうやら文は読み終えたようだが、それでも険しい視線は変わらず、腕を組んで何やら考えている。



「神来社さん。お茶どうぞ」


「あ、あぁ…。ありがとう」



 総十郎は貰ったお茶を一口飲み、薬を塗る照真の傍に腰を下ろした穂華へ視線を向けた。



「穂華」


「何?」


「しばらく、川辺には近づかないように」


「川? うん? 分かった」



 何で? と表情に出てしまいながらも、穂華はその言葉に頷いた。総十郎がそう言うからには何か理由があるのだろう。

 咲光達も昨日の総十郎の様子から、川に何か思う所があるのだろうと察した。



「神来社さん、あの……」


「分かってる」



 そっと話しかけた咲光に総十郎は頷いた。その表情は依然として険しい。



「奴らのやり方も見えてきた。総元そうもとにすでに伝えてあるから、俺の勘と総元の勘を合わせて、お前達にも伝える。もう少し待ってくれ」


「はい」



 ぎゅっと咲光は膝の上で拳をつくる。心はまだ少し騒めいていた。






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