第百三十一話 隠す
「……っ」
傷ついても傷ついても、諦めずに挑んでくる。倒れないと誓っているように。
血に濡れた刀を握る自分の前には、幾人もの倒れている人間がいて、ぴくりとも動かない。
重なって視えた光景に、永之進は歯ぎしりをして目の前の四人を睨んだ。
(…何だ…何だという)
これが昔の記憶と言うやつか。だとすれば余計なものだ。鬱陶しいだけ。
だから永之進は頭を振り払い、視えかけたものを忘れる。そして、刀を持つ手と刀身に妖力を集中させた。
「!」
ドンッと空気が重くのしかかり、咲光達は奥歯を噛んだ。
永之進の刀の刀身が、まるで大振りの剣のように妖気をまとう。その妖力に触れただけで、同じように斬られるだろうと直感した。
「…全て斬り伏せる…」
静かだが、充分な威圧感を感じる。それでも咲光達とて引く事はない。
足を滑らせ、両者同時に地を蹴った。激しい攻防が始まる。
ただの刀の一振りとは間合いも違う。照真も八彦も目を逸らさず見極める事に集中し、目測をとる。
強大な妖力はそれ自体が強い武器になる。虚木の拳に妖力を纏わせるのと同様に、この刀もまた強力だ。
(妖力を打ち砕くには、強い神威…!)
刀の神威を強め、挑む。刀と妖力がぶつかり合い激しい衝撃が生じる。髪も着物も激しく煽られる。
(っ…前よりは強くなってる。けど、神来社さんや日野さんには及ばないっ…!)
感覚で分かる。自分はまだそこまで行けない。照真はグッと悔し気な顔を見せた。
少し神威を強める為にも鍛錬が必要だ。そして、少し強まっただけで、体力も気力もその分削られていく。ただの人の身では耐えられないから。
今強めていただいている神威は、自分が扱える強さ。それは神の采配で決まる。
少し前よりも強まっている。それを感じるだけで少し身体が竦む。
(大丈夫。落ち着け。これは俺が、神威が強まった事に圧倒されてるだけ)
大丈夫。神は決して無理をさせようとはしていない。ちゃんと自分の力を見てくれている。そう思いフッと息を吐く。よし大丈夫。
照真は咲光と共に挑む。一斉に四人が動き出した。
八彦が飛び出す。振るわれた一撃は当たらず、逆に妖力が額を少し裂いた。その傷など気にもせず、八彦は体勢を低く滑り込むと、その切っ先を永之進の足の甲に刺した。
「!」
固定する刃に目を瞠り、永之進の視線がすぐに動く。
(…まずはこちらの男…)
ブンッと振るわれた刃が総十郎の刀とぶつかり衝撃を生む。
その中で永之進は目を瞠った。妖力の刀身がピキリと音を立てたのだ。その亀裂は少しずつ広がっていく。
(…こ奴、わざと何合も打ち合ったな…。こちらが気付かないよう少しずつ…)
総十郎の刀から感じる力が強くなっている事に、今になって気づく。恐らくそれを隠し続けたのは、本当に少しずつ強めた事と、総十郎自身の腕前と気迫。
隠すのが上手いと、永之進は総十郎の刃を受けたまま近くにあるその顔を睨んだ。
妖力は削られても、それが限界ではない。また上塗りすれば厚くなる。永之進がグッと刀を握る。それを見逃す事無く、総十郎が素早く動いた。
瞬時に最大限の力を放つ。一気に神威を強め、妖力の刀身を打ち砕いた。
バキリッと音をたて、刃の破片が舞い散った。
目を瞠る永之進のその向こうには、すでに間合いに入った二人の姿。
(…あぁ……)
その刃を避ける暇なく、斬られた。
八彦もすぐに刀を抜いた。ゆらりと永之進の体が傾き、倒れる。
「…み……ごと…」
止まらない血を流しながら、永之進が賞賛の言葉を紡ぐ。その手に持っていた刀は、刀身が真っ二つに折れてしまっていた。
倒れた永之進からは、もう敵意も殺気も感じられない。総十郎はそれを感じながらも、刀を手にしたまま永之進の傍に膝を折った。
永之進の青い瞳が総十郎を見る。
「虚木がお前に何故こんな事をさせたのか、理由は分かるか?」
「…分からぬ…。……だが…川に……血を流せ…と……多く…」
「川に?」
咲光達も総十郎の傍に膝を折り、成り行きを見守る。総十郎は口元に手を当て考えた。
今回の仕事もそう。全て川辺で起こっている。これは虚木からそう命じられたから。ではなぜ川に?
総十郎の視線が川へ向く。変わらず心地良いせせらぎと共に水が流れている。見つめていると不意に、川辺に着いてすぐの事が浮かんだ。清めを乞うた後に重たくなった体。
(あれは、地の神と水の神に……)
そう考えて、頭を殴られたような衝撃を受けた。ぐらりと頭が揺れる。
(川…血……。溶けていくものだとしても、それが段々増えていけば……。いつからこれをやってる…?)
様子の変わった総十郎を、咲光達は何事かと心配そうに見つめる。総十郎は口元を覆ったまま項垂れた。
(全て目くらまし…? もし一か所で一人か二人の被害者で止まっている所が、万所が気付いていないだけで多くあるとしたら…)
ゾッとした。一体どれほどの血が流れているのか、想像すら追いつかない。
被害者の数が増えれば、それは怪しいおかしいと思われ、神社や寺から万所に相談される。しかし、一人二人の被害者だけで、しかも妖気を感じ取れる者がいなければ、相談されない事もある。
例え、総元や祓衆“頭”が全国に式を放ち不審事案を探っても、その全てを把握することは出来ない。
理由は簡単。妖が起こすより人が起こす事案の方が圧倒的に多いから。不審がっていても、それが実は人の仕業ですというのは少なくないのである。
(奴らがやけに自信満々だったのはこれか……。絶妙な所を突いて来る…)
ギッと音が鳴りそうな程強く、奥歯を噛んだ。




