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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十章 鬼編

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第百三十一話 隠す

「……っ」



 傷ついても傷ついても、諦めずに挑んでくる。倒れないと誓っているように。

 血に濡れた刀を握る自分の前には、幾人もの倒れている人間がいて、ぴくりとも動かない。


 重なって視えた光景に、永之進えいのしんは歯ぎしりをして目の前の四人を睨んだ。



(…何だ…何だという)



 これが昔の記憶と言うやつか。だとすれば余計なものだ。鬱陶しいだけ。

 だから永之進は頭を振り払い、視えかけたものを忘れる。そして、刀を持つ手と刀身に妖力を集中させた。



「!」



 ドンッと空気が重くのしかかり、咲光さくや達は奥歯を噛んだ。


 永之進の刀の刀身が、まるで大振りの剣のように妖気をまとう。その妖力に触れただけで、同じように斬られるだろうと直感した。



「…全て斬り伏せる…」



 静かだが、充分な威圧感を感じる。それでも咲光達とて引く事はない。


 足を滑らせ、両者同時に地を蹴った。激しい攻防が始まる。

 ただの刀の一振りとは間合いも違う。照真しょうま八彦やひこも目を逸らさず見極める事に集中し、目測をとる。


 強大な妖力はそれ自体が強い武器になる。虚木うつぎの拳に妖力を纏わせるのと同様に、この刀もまた強力だ。



(妖力を打ち砕くには、強い神威…!)



 刀の神威を強め、挑む。刀と妖力がぶつかり合い激しい衝撃が生じる。髪も着物も激しく煽られる。



(っ…前よりは強くなってる。けど、神来社からいとさんや日野ひのさんには及ばないっ…!)



 感覚で分かる。自分はまだそこまで行けない。照真はグッと悔し気な顔を見せた。

 少し神威を強める為にも鍛錬が必要だ。そして、少し強まっただけで、体力も気力もその分削られていく。ただの人の身では耐えられないから。


 今強めていただいている神威は、自分が扱える強さ。それは神の采配で決まる。

 少し前よりも強まっている。それを感じるだけで少し身体が竦む。



(大丈夫。落ち着け。これは俺が、神威が強まった事に圧倒されてるだけ)



 大丈夫。神は決して無理をさせようとはしていない。ちゃんと自分の力を見てくれている。そう思いフッと息を吐く。よし大丈夫。


 照真は咲光と共に挑む。一斉に四人が動き出した。

 八彦が飛び出す。振るわれた一撃は当たらず、逆に妖力が額を少し裂いた。その傷など気にもせず、八彦は体勢を低く滑り込むと、その切っ先を永之進の足の甲に刺した。



「!」



 固定する刃に目を瞠り、永之進の視線がすぐに動く。



(…まずはこちらの男…)



 ブンッと振るわれた刃が総十郎そうじゅうろうの刀とぶつかり衝撃を生む。

 その中で永之進は目を瞠った。妖力の刀身がピキリと音を立てたのだ。その亀裂は少しずつ広がっていく。



(…こ奴、わざと何合も打ち合ったな…。こちらが気付かないよう少しずつ…)



 総十郎の刀から感じる力が強くなっている事に、今になって気づく。恐らくそれを隠し続けたのは、本当に少しずつ強めた事と、総十郎自身の腕前と気迫。


 隠すのが上手いと、永之進は総十郎の刃を受けたまま近くにあるその顔を睨んだ。


 妖力は削られても、それが限界ではない。また上塗りすれば厚くなる。永之進がグッと刀を握る。それを見逃す事無く、総十郎が素早く動いた。

 瞬時に最大限の力を放つ。一気に神威を強め、妖力の刀身を打ち砕いた。


 バキリッと音をたて、刃の破片が舞い散った。

 目を瞠る永之進のその向こうには、すでに間合いに入った二人の姿。



(…あぁ……)



 その刃を避ける暇なく、斬られた。

 八彦もすぐに刀を抜いた。ゆらりと永之進の体が傾き、倒れる。



「…み……ごと…」



 止まらない血を流しながら、永之進が賞賛の言葉を紡ぐ。その手に持っていた刀は、刀身が真っ二つに折れてしまっていた。


 倒れた永之進からは、もう敵意も殺気も感じられない。総十郎はそれを感じながらも、刀を手にしたまま永之進の傍に膝を折った。

 永之進の青い瞳が総十郎を見る。



「虚木がお前に何故こんな事をさせたのか、理由は分かるか?」


「…分からぬ…。……だが…川に……血を流せ…と……多く…」


「川に?」



 咲光達も総十郎の傍に膝を折り、成り行きを見守る。総十郎は口元に手を当て考えた。


 今回の仕事もそう。全て川辺で起こっている。これは虚木からそう命じられたから。ではなぜ川に?


 総十郎の視線が川へ向く。変わらず心地良いせせらぎと共に水が流れている。見つめていると不意に、川辺に着いてすぐの事が浮かんだ。清めを乞うた後に重たくなった体。



(あれは、地の神と水の神に……)



 そう考えて、頭を殴られたような衝撃を受けた。ぐらりと頭が揺れる。



(川…血……。溶けていくものだとしても、それが段々増えていけば……。いつからこれをやってる…?)



 様子の変わった総十郎を、咲光達は何事かと心配そうに見つめる。総十郎は口元を覆ったまま項垂れた。



(全て目くらまし…? もし一か所で一人か二人の被害者で止まっている所が、万所こちらが気付いていないだけで多くあるとしたら…)



 ゾッとした。一体どれほどの血が流れているのか、想像すら追いつかない。


 被害者の数が増えれば、それは怪しいおかしいと思われ、神社や寺から万所よろずどころに相談される。しかし、一人二人の被害者だけで、しかも妖気を感じ取れる者がいなければ、相談されない事もある。


 例え、総元そうもと祓衆はらいしゅうとう”が全国にしきを放ち不審事案を探っても、その全てを把握することは出来ない。

 理由は簡単。あやかしが起こすより人が起こす事案の方が圧倒的に多いから。不審がっていても、それが実は人の仕業ですというのは少なくないのである。



(奴らがやけに自信満々だったのはこれか……。絶妙な所を突いて来る…)



 ギッと音が鳴りそうな程強く、奥歯を噛んだ。






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