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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十章 鬼編

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第百三十話 成れの果て

 どんな相手でもやるべき事は変わらない。


 刀を抜いた一同を見て、あやかしもゆらりと構えた。ゆっくりとした動きに気を取られると、その動きからは想像出来ないような速さで瞬時に距離を詰めて来る。


 ドンッと急に目の前から消えた相手にも、総十郎そうじゅうろうは冷静に動いた。繰り出される刀を見極め、振り抜く。

 それを避けた妖の左右から鋭い突きが飛び出した。横目にそれを見ると、妖はぐるりと瞬時の判断から体を動かす。

 咲光さくやの突きを刀身でいなし、八彦やひこへ蹴りを繰り出す。



「っ…!」



 後退した八彦に視線を向ける暇なく、照真しょうまが八彦への追撃を阻むように立つ。打ち合っていると、今度は背後から総十郎の刀が振り下ろされる。

 それを認めてからの動きがあまりにも早かった。


 照真と距離を詰めると、片足を軸に回転。総十郎と共に向かって来ていた咲光に向けて照真を蹴り飛ばす。両者の身体がぶつかり合い川の中に落ちる。

 それを見届ける事などせず、すぐさま総十郎の刀を受けとめた。その対応に総十郎も奥歯を噛む。刀は押してもびくともしない。



「やるな…。それだけの腕の奴はそういないだろうに」


「…お前もなかなか。…名は…?」


「総十郎」


「…総十郎…。…俺は永之進えいのしん


「……妖の名持ちは少ないんだがな。それは自分で名乗ってるのか?」


「…………………」



 ピクリと永之進の眉が動いた。それを総十郎は見逃さない。

 刀を払われ、総十郎は距離を開け着地した。


 雑鬼ざっきのように群れている妖の中では、区別や声かけのために仲間内での呼び方がある事は珍しくない。が、単独行動をする妖には呼び名もない事がほとんど。自分で名乗るのも珍しい。



「…知らぬ。…そのような些事…」



 不愉快そうな声音が放たれた。


 地を蹴る総十郎に咲光達も続く。休むことなく攻撃を続ける。

 絶え間なく永之進の青い瞳が動く。四人の動きを冷静に見極めているのだ。そこに体術や足払いも加えて攻撃してくるので、容易な相手ではない。

 永之進の刀が容赦なく着物を裂き、皮膚を斬る。流れる血など気にしない。


 咲光の刀を躱すと斬り込んでくる照真。その刀身に己の刀身を滑らせ、拳を打ち込む。直撃の寸前に続いて視線が動く。


 体勢を低くさせ斬り込んできた八彦へ、すぐに刀を動かす。数度打ち合っていれば、流れるように総十郎の刃が飛んで来る。永之進が総十郎に向く。

 八彦はすぐさま、刀を永之進の顔すれすれに振り上げた。髪の毛が数本宙を舞う。


 永之進の視線が僅か八彦に逸れた隙を逃さず、総十郎が刀を振り下ろした。



「っ……!」



 肩口から斬られ血が流れ、永之進が数歩後退した。

 が、ぽたりと落ちた血の雫を合図にするように、両者が再び地を蹴った。


 体勢を低く滑り込んだ照真の刀を足で押さえつけ、永之進が照真へ刀を振るう。それを阻むのは咲光の刃。すかさず総十郎と八彦が襲い掛かる。

 その隙に、照真が足を振り上げた。それを紙一重で避けると、永之進はダンッと地を蹴って跳び上がった。助走も無しの行動に八彦は目を瞠る。


 刀を振り上げた咲光と照真の一撃を受け、くるりと回転すると鮮やかに着地する。

 痛みなど、まるで感じていないように視えた。



(凄い…。剣術だけじゃなく、全方位に意識が向いてて抜けがない)


(こんな妖もいるなんて…)



 これまでの妖とはまた違う。

 咲光と照真は、改めて気を引き締めて永之進を睨む。その視線の先で、永之進はゆたりと刀を構え直す。



「…退治人という者が…これほどに出来る者とは…知らなかった…」


「人に危害を加えなければ出会う事もないからな。なぜ、こんな事をした」


「…言ったはず。…虚木うつぎという妖の言った事を成したまで…」


「なぜ従った。お前は…鬼だろう…」


「………………」



 総十郎と永之進の会話に、咲光達は怪訝けげんそうに両者を見る。

 長いような短い沈黙の後、永之進は口を開いた。



「…なぜ。…俺が今こうしているのは虚木のおかげ…。従わぬ理由もない…」


「…そうか。お前を鬼にしたのは…」



 一瞬、総十郎の手に力がこもった。


 鬼と呼ばれる妖が存在する。それは妖である事は間違いない。ただ稀に、産まれの異なる鬼が存在する。



(成れの果て…。堕ちて、堕ちて、戻れなくなった姿…)



 永之進を堕としたのは、虚木か、それとも何か別の要因だったのか…。虚木が関わっているのは間違いないが、総十郎はキュッと眉を寄せた。



(俺もこうして対するのは片手の数もない。…が、お前が妖となり、人を殺めた以上、俺達が成すことは変わらない)



 睨み合う両者は、もう何も言葉を交わさない。


 ジリリッと肌を刺す空気。ジャリ…と石を踏む音。勢いよく両者が飛び出した。

 ガキィ、ガキィッと何度も刃が交わる。一部の隙も逃がさぬと、咲光達も続けて攻撃する。


 四方からの刃は永之進に傷を与える。が、致命傷に至らないよう見極められ避けられる。襲い来る刃には、咲光達も交互に戦い深手を避ける。



(永之進はかなりの剣術の腕前だ。並の退治人じゃ敵わないかもしれない)



 長い間刀を持っているのか、全く扱いにも不得手を感じさせない。それこそ、退治衆と変わらない程。



(虚木はコイツを使って何を…? 封じを解く為だとしてもどう使ってる…?)



 まさか、ただ人を殺させているのかと総十郎は考える。


 人の死や負を蔓延させるためにこれほどの妖を使っているとしても、そのやり方はこれまでと変わらない。

 虚木と禍餓鬼かがきはあれほどに自信に溢れていた。これまでと同じやり方で功を奏していると思えない。

 これまでとは何か別の方法を取っている可能性がある。



(その為の目くらましで、他の妖を動かしてる可能性もある)



 曇天の空の下での打ち合いは続く。

 打ち合いを続ける総十郎の足が川の中に浸かった。水の冷たさが沁みる。


 照真と八彦の刃が続けて襲う。総十郎もすぐに攻撃に転じた。斬り込み、躱され、その隙を咲光が突く。



「……っ」



 永之進の妖力が爆発する。咲光達も後退させられ、川の水が煽られ川辺に撒かれる。


 永之進はギッと奥歯を噛み、とても不快だというような表情を見せていた。







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