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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十章 鬼編

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第百二十九話 違和感

「気を付けてね」


「うん」



 夕暮れも、空は雲に覆われ太陽が沈む姿は見られなかった。今は星が時折雲の隙間に見える程度。


 仕事に出る咲光さくや達を穂華ほのかは見送る。ぎゅっと両手を握り合わせ、少しだけ不安そうな目をしている。そんな様子に、総十郎そうじゅうろうはぽんっと穂華の肩に手を置いた。



「穂華。ここは今少し空気がよどんでる。だから、考えまで良くない方へ引きづられがちになる。それは本当に良くないものを引き寄せる」


「うん。信じる方がいいんでしょう?」


「あぁ」


「大丈夫。ちゃんと皆を待ってるから」



 パチンっと穂華は気を引き締めるように自分の頬を叩いた。「…い、痛い?」「大丈夫!」と驚く八彦やひこにも笑って返す。天真爛漫な穂華とその逆である八彦だが、最近は穂華のおかげか口数も増えて表情も少しずつ増えている。

 微笑ましい二人に咲光も照真しょうまも笑みがこぼれる。



「穂華ちゃん。無理に起きてなくていいから、先に休んでてね」


「……うん。でも、前みたいに神来社からいとさんが大怪我したりしたら、すぐに起こしてね」


「俺か…」



 もしかするとこの面子で一番心配されてる? と何とも言えない表情を浮かべる総十郎の前では、咲光と照真が総十郎の強さを必死に説明していた。

 そんな様子にやれやれと肩を竦める。



「行くぞ」


「はい! じゃあ、行ってくるね」


「いってらっしゃい!」



 元気な声に送られ、四人は仕事へ向かった。








 夜の町はまるで何かに怯えているように静まり返っている。所によっては雑鬼ざっき達が元気に走り回っている。その様子に、総十郎は怪訝けげんさと険しさの混ざる表情を浮かべた。


 闇の中を四人は走る。神主から教えてもらった一連の事件は、全て夜間に起こっている。そして朝に発見されるのだ。


 町全体の空気が澱んでいる。妖気を探りながら走るが、不快さが顔に出てしまう。あやかし退治をするうちに、こういう空気の違いには敏感になっている。



「八彦君。何か感じる?」


「……すごく嫌な感じ。でも…はっきりとは分からない…」



 神社を出てから八彦はずっと顔を顰めている。危機的本能が強い八彦は空気の変化に敏感で、今もしきりに周囲を見回している。


 このままでは町の人達もこの陰鬱な空気に引きづられていく。何とかしなければならない。

 そう思う照真の傍で、総十郎が飛び出した。慌てる事無く咲光達も続く。

 どこかへ走って行く総十郎。その足が進むほど咲光達の表情も険しくなった。



(妖気が近い…!)



 総十郎が道から逸れ、バッと川辺に飛び出した。


 町の水の源だろう少し広い川。その一部が街灯の灯りに照らされていた。



「! 神来社さん、あれは…」


「あぁ…」



 その声音が深刻で事の重大さを語る。

 本来は透明であろう水。しかし、灯りの下を流れる水の中に赤色が混じっているのだ。



「こ…れ……血…?」


「…うん」



 怪我をして洗い流している、というような量ではない。細々だがずっと流れている。

 見ているだけでも気分が悪くなる。照真がそっと咲光の手を取ると、咲光の視線が向いた。



「気分悪くない? 姉さん。こういうの敏感だから」


「照真…。うん、大丈夫」



 ぎゅっと、握ってくれた手に力を籠める。それに照真もホッとしたように表情を緩めた。

 二人の前で、総十郎は川辺に膝をつくとパンっと拍手かしわでを打った。



「地に宿る神よ。水を司る神よ。けがれを洗い流し、清めたまえ」



 神へ乞い、祈る。この流れる血が悪しきモノを呼び寄せないように。人々が引きづられないように。


 祈った総十郎は、不意にズンっと体が重たくなったような感覚を覚え、思わず小石の敷き詰められた地面に手をついた。



「神来社さん?」


「どうしたんですか?」



 咲光達が心配して隣に膝をつく。その視線を感じながらも総十郎自身が驚いていた。



(何だ…? 霊力は使ってないし、神威も強めてない)



 川を見る。依然血は流れているが、先までの空気の悪さは軽くなっている。後はこれを止めるだけなのに。

 神は御力を貸して下さった。それは目の前を見れば分かるのに、胸の内にしこりが残される。



「神来社さん……?」


「いや…悪い。大丈夫だ」


「…本当に?」


「あぁ。一瞬体が重くなった気がしたんだが、もういつも通りだ」



 立ち上がる総十郎に、咲光達もホッと安心したような顔を見せる。それに頷き返し、一同はすぐに上流に向けて走り出した。

 さして進まず、見つけた。


 町の静かな一角を流れる川。その川辺に立つ者と、その足元に転がり上半身が川の中で沈み、ピクリとも動かない人。血を流していたのはその人物のようで、流れていた血はもう止まりつつあった。


 鯉口を斬り、柄に手をかける。そんな退治人にやっと気づいたように、その妖は視線をゆっくり向けた。

 見た目は人間で二十代の男性。額には二本の角が生え、人とは色彩が逆転した黒目と青い瞳。射貫くような鋭い眼光とは裏腹に、その表情は無である。



「…お前達が…退治人か。…奴から話には聞いていた…」


「…それが誰かを聞いても?」


「…明かせぬような相手ではない。…虚木うつぎという妖だ…」



 その名に咲光達に緊張が走る。


 咲光達を見つめていても妖は表情を動かさず、ゆらりと体ごと向き直る。その手には血に濡れた刀を握り、切っ先からはポタリと血の雫が落ちた。


 総十郎は妖を睨んだまま言葉を続けた。



「奴と関わりが?」


「…関わり、か。…ならば最初から。…俺が今人を殺めるも、こうして妖モノになり果てたのも…」


「…………………」



 裏に虚木の暗躍がある。つまり何かを企んでいる可能性が高いという事。

 咲光達は視線を逸らさず、刀を抜いた。






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