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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十章 鬼編

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第百二十八話 母は強し

「お前と咲光さくやは似てるけど、ご両親もお前達と似た性格の方だったのか?」


「? 俺と姉さんは似てないですよ?」



 総十郎そうじゅうろうの問いに照真しょうまがコテンと首を傾げた。が、「いや似てる」と総十郎に言われ八彦やひこにも頷かれ、余計に「そうかな…」と首を傾げた。



「…照真も咲光も…優しいし…お互い大事だし……一生懸命だし…」


「臆さないし、前向きだし。大事な事に精一杯に対処できる」


「そうかなぁ? 俺は、姉さんみたいに棒切れ一本で家の周りウロウロしてる動物追い払ったり、神来社からいとさんに平手打ちなんて出来ないし」


「ちょっと待て。咲光そんな事もしたのか?」


「はい。二人暮らししてた頃に」



 けろりと照真が頷いた。総十郎も八彦も唖然とする。人を傷つけるモノに容赦ないが、想ってくれる人に強くは出られない咲光の一面を知ってしまった。


 照真も少し困ったように眉を下げた。



「流石に俺も、危ないって止めようとしたんですけど、姉さん「いざって時は樹に登るから」って。追いかけられる事はなかったので、そこだけは本当に安心しました。本当に」


「……それは、苦労したな」


「そうなんですよ。でもそれ、母さんも同じだったらしくて。姉さんそれを真似してたんです」


「母譲りか…」


「母さんは木の実食べたがった子供の為に木登りしたり、雨漏りしてる他人様の家の屋根を修理したり。なんか……色々やってたみたいです。父さんは穏やかで、村の皆と笑って話をしたり、家で出来た野菜をあげたり、庭の桃の木の下で皆誘って花見しようって言ったり…」



 成程と総十郎は自然と口端が上がった。

 咲光と照真は親の姿を見て育ってきたのだ。まっすぐその純粋な目でじっと見てきたのだろう。それが今、今の二人を形作っている。


 桃の木に視た姿が思い出される。優しくて明るい笑顔を浮かべていた人達。



(相手を。誰かを。皆を。想い合える家族だったんだな)



 同時に平手打ちの衝撃を思い出して苦笑した。そんな総十郎を挟んで照真と八彦が顔を見合わせる。



「…照真の母さん…凄い…」


「そう? 八彦君のお母さんはどんな方?」


「あ、んまり…覚えてない…。でも…いつも笑ってる…優しい人…」


「そっか。じゃあ八彦君のお母さんが、八彦君に優しくてとても愛情深かったから、八彦君も優しいんだな」



 自分の事のように嬉しそうな照真の前で、八彦は恥ずかしそうに俯いた。照真の笑みはそのまま総十郎にも向けられる。



「神来社さんのお母さんはどんな方ですか?」


「母さんか? 怖がりな人」


「怖がり…?」



 そうなの? と首を傾げる八彦と、会った事があるが結びつかないのか僅か首を傾げる照真。そんな二人にクスリと笑みをこぼす。



「とても落ち着いている穏やかな方に思いました…」


「それも合ってると思う。俺も母さんが怒ってる記憶はない。ただ、元々(あやかし)が視える人でな。それが怖くて怖くて、今も怖がってるから、俺にはその印象が強い」


「視えて……そうなんですか」



 訪れる度優しくしてくれた総十郎の母親を思い出す。

 神社は神域であり妖は入れない。だからそんな印象は抱かなかったし、視える事も知らなかった。若々しい人だなとは思ったけれど。


 優しくて懐かしい家族の話に、照真は終始笑顔を浮かべていた。






 ♦♦




 仕事の為に訪れた町は大きくて洒落ている町だったが、曇天空の所為か妙に活気がないように感じられた。人々の表情もどこか暗く、何か起こっているのだという事がすぐに解る。



「なんだか…暗い町。大きい町だから、もっと賑やかなのかと思った」


「うん…」



 穂華ほのかの言葉に照真と八彦も頷く。人通りも少ない。ちらりと周りを見ているが雑鬼ざっきはいる。特に身を隠そうとしている様子もない。


 今、この町では殺人事件が多発しているらしい。そして、それを妖の仕業と見た総元そうもとから、咲光達に仕事が入ったのだ。



(雑鬼が隠れてないって事は、人にだけ起こってる事態で妖が被害には遭ってないってこと)



 咲光は今回の仕事を雑鬼の様子から考える。


 一行はそのまま仕事をくれた神社へと向かった。すれ違う人々にやはり活気は見えない。

 見えてきた神社、一礼してその鳥居をくぐった。途端、咲光と総十郎の足が止まり、照真も胡乱うろん気に眉を歪めた。



「どうしたの?」



 気付いた穂華が振り返り、八彦も首を傾げる。照真がキョロキョロと周りを見て、感じる違和感の正体を探ろうとした。



「何だろう…。なんだか妙な…。姉さんは?」


「うん…。空気が…」



 妖気は感じられない。神域に妖は立ち入れない。だけれどなんだか空気が妙だ。

 神社はいつも、足を踏み入れると背筋が伸びるような緊張をくれるのに。


 咲光と照真だけでなく、全員の視線が総十郎に向けられた。総十郎もまた鋭い視線で周囲を見て空を仰ぎ、そして咲光達を見た。



「神威が弱まってる。だからこうも空気が重く感じるんだ」


「! じゃあ神に何か……」


「急いで話を聞きに行くぞ」



 神へ挨拶をし、神主の元へ急ぐ。穂華は先に部屋を貰い、咲光達は神主から話を聞く事にした。


 神主は見た目に分かる程疲弊していた。体を震わせ、それでも自分の口で話してくれた。



「妖による被害が…多発しているようですっ。犠牲者も増え、うちの神社でも一人…仕えてくれていた者が…っ…。町の人々も怯えているのです…」



 言葉に詰まる神主に、照真がそっとその背に手を添えた。そんなぬくもりに神主は何度も頭を下げる。

 総十郎は、この神域の威が弱まっている事にすぐに納得した。



(神主もかなり参ってる…。これじゃ神の威が弱まってしまう一方だ。良くないな)



 神社全体に死の負がまとわりついている。神に仕える者がそれに当てられていては、祀られる神もそれに当てられてしまう。そうなると他の神々にも影響が出る。



(神威を戻すには、まずは神主達の空気を換えないと)



 神主の背に手を添えていた照真が、そっと言葉を紡ぐ。



「神主さん。どうか、共に神に仕えたその方を忘れないでください。そして、これからも一緒なのだと想い続けてください。記憶は、決して消えない想いですから」


「っ…はいっ……ありがとう…」


「いいえ。妖の事は俺達にお任せください」



 強い決意に、神主は何度も何度も頭を下げた。






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