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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十章 鬼編

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第百二十七話 一息

 総十郎そうじゅうろうの回復力が凄いのか薬の効果なのか、傷はみるみるうちに回復していった。


 完全に回復し旅に戻るまでの間、照真しょうま八彦やひこと手合わせをする。森で暮らしていた八彦は身軽で俊敏で、跳躍力も速さも目を瞠るものがある。照真も慌てる事無く冷静に対処する。

 そんな手合わせを咲光さくやも見つめていた。


 それからまた日も経ち、総十郎が回復した頃に式が飛んで来た。



「次の仕事だ。行くか」


「はい」



 一行は寺を後にし、次の目的へ向かう事にした。






♦♦




 空は厚い雲に覆われている。夜の空でもそれははっきりと分かる。ここ数日は生憎の曇天続きで太陽を拝んでいない。

 そろそろ太陽の光を浴びたいな…と咲光は空を見上げた。今見えるのは夜の空だが月も見えない。


 今、一行は次の目的地までの道中。今日は旅館で一泊。


 咲光は今、穂華ほのかと露天風呂でまったり寛いでいた。岩の風呂に周囲は木々がある。自然の中に入っているようで心まで落ち着く。

 ふぅっと息を吐き、咲光は隣で同じようにまったりとする穂華を見た。



「今日もかなり歩いたけど疲れてない?」


「大丈夫。でも、やっぱり皆すごい体力だから、私も負けられない」



 長く旅をしている総十郎に、ずっと森暮らしだった八彦も体力がある。町で穏やかに暮らしていたのだから当然だとも思うが、頑張ろうと心にする穂華の姿は元気をくれるし、とても嬉しい気持ちにしてくれる。


 穂華はそう言うが、少しずつ体力はついてきていると咲光達は感じている。穂華は自分達と比較してしまうから、もしかすると気付いていないかもしれないが。



(でも、本当に穂華ちゃんは頑張ってる。いつも一生懸命で、私達も頑張ろうって思わせてくれる)



 自分の足で頑張ると、一緒に旅をするようになった穂華。少しずつその成果は出ていると思っている。



「穂華ちゃんのおかげで野宿でもてきぱき準備は進むし、とても助かってるよ。ありがとう」


「ううんっ! 皆だってやってくれるもん。それにね、八彦君が食べ物採ってきてくれたりするし。木の実とか魚とか。兎獲ってきた時は吃驚びっくりしたけど」


「私も吃驚した」



 思い出して揃って笑った。


 野営地を決めて火を起こして、ご飯の準備をしようとすると八彦がいなくなっていた。周囲に視線を向けてから探しに行こうかとすると、どこからか八彦が戻ってくる。その両手に木の実や獲った動物を持って。

 当初は咲光達も目を点にした。そんな反応に八彦がオロオロとした。

 狩猟の成功率は決して高くない。咲光も照真も挑んでみたことはあるが、成功はあまりにも少なかった。が、八彦は上手かった。体づくりの為にも肉が食べられるのはありがたかった。


 旅の話に花を咲かせる中、咲光はまた別の笑みを穂華に向けた。



「先日、手紙の返事が来たんでしょう?」


「うん!」



 穂華も笑みの花を咲かせて頷いた。


 家族に心配されながらも背を押してもらい家を出た穂華は、月に一度ほど手紙を書いている。どの場所を旅した、どんな物を見たなどと旅の事をつづっている。

 勿論、手紙に関しては出してもいいかと総十郎に確認を取り、「あやかしの事と仕事の事は書かない事」を条件にしている。人々、特に家族の不安を煽るような事はしない為に。


 咲光はその手紙を出す穂華をこれまでに何度も見た。胸がほわほわとあたたかくなった。

 定住していないので返書はいらないと伝えてあったが、先日、式を使った返書が届いた。



「式だったから、最初は神来社からいとさんも何事だって顔してたね」


「うん。私宛だって分かって笑ってくれた」


智世さよさんも思い切った事したね。鳴神なるかみさんに返書が送れないか相談するなんて」


「鳴神さん、管轄回りで町に来てくれてるみたい。それで時々顔見せに来てくれて、その時に相談したら、任せろって言ってくれたって」


「ふふっ。鳴神さんらしい」


「うんっ。でも毎月は申し訳ないから、何通かに一回だけにするって」



 それでも、穂華は嬉しさを隠し切れず笑みをこぼした。咲光もその嬉しさを感じて同じ気持ちになる。


 家族を大事にして欲しい。離れ離れでも、こうして時々には言葉や文字を交わしていてほしい。いつまでも、いつでも、続くとは限らない些細な幸せ。



「…ねぇ咲光さん」


「ん?」



 無意識に伏せがちになっていた目を開き、自分を見る穂華の視線に首を傾げた。

 穂華は少しだけ落ち着かなさそうに前髪をいじって、視線を動かして、そして咲光を見た。



「その…咲光さんのご家族はどんな人だったの…?」



 穂華には旅を始めた頃に、「どうして妖退治をしてるの?」と聞かれて照真と共に答えていた。だから、家族がすでにいない事は知っている。

 躊躇ためらうような声音に、咲光はふわりと笑みを浮かべた。



「大丈夫よ穂華ちゃん。私も照真とはよく話すし」


「うん。時々聞こえる。咲光さんと照真さんには弟さんがいるの?」


「うん。特に照真は可愛がっててね、お兄ちゃんだって昔は張り切ってたよ」



 家の前の広い庭。かつてそこで二人で遊んでいたのを思い出す。足取りも覚束おぼつかない弟と照真は風に吹かれて楽しそうだった。

 そんな光景を見つめていた父。そこには居なかったけれど、記憶にある母もいつも笑っている人だった。


 咲光は穏やかで優しく、幸せな日々の事を、穂華に一つずつ話していった。









 その頃の男湯では、照真達が露天風呂で足を伸ばしていた。


 三人並ぶと、明らかな体のたくましさも体つきも違うのが分かる。長く戦ってきた総十郎の身体には傷痕も多く、先日の傷も脇腹に痕を残していた。そんな総十郎を見つめ、八彦は少しだけ表情を曇らせる。



「…神来社さん…痛くない…?」


「え? …あぁ、この傷痕か? 平気だ、痛くない。もう痕だしな」



 八彦の表情に総十郎は笑って答える。それなら良かったと、八彦の表情もホッとしたものに変わる。

 八彦はいつも仲間の心配をしてくれる。些細な事も、辛そうな表情や痛そうな表情も、八彦はすぐに見つける。それが八彦の優しさの表れであり、照真は胸があたたかくなった。


 総十郎は思わず自分の身体を見回した。脇腹の傷痕、肩や背にある傷痕、腕にある傷痕。濃いものも薄まったものも色々だ。



「うーん…まぁ確かに見ていて気持ちの良いものではないな…。こんなにあったかな? かなり昔のもあると思うけど…」


「そうなんですか? でも、それ全部神来社さんが戦ってきた証で、色んなものを背負ってきたんだなって感じるから、気持ちが良いとか悪いとか、そんな事ないですよ」


「……うん。神来社さん…ずっと…戦ってきてくれた…から…」



 両隣の少年達もまた、身体や心に傷痕をつくり、今を戦っている。

 総十郎はふわりと柔らかな視線を刹那浮かべると、いつものように「ありがとう」と笑った。



「ところで照真。前にふと思った事を聞いてもいいか?」


「何ですか?」


「お前と咲光は似てるけど、ご両親もお前達と似た性格の方だったのか?」


「? 俺と姉さんは似てないですよ?」



 総十郎の問いに照真がコテンと首を傾げた。が、「いや似てる」と総十郎に言われ八彦にも頷かれ、余計に「そうかな…」と首を傾げた。






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