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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第九章 学舎編

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第百二十六話 異変

 総十郎そうじゅうろうが書き物を終えた直後、穂華ほのか照真しょうまが戻って来た。



「早かったね」


「うん。住職さんの奥さんがもう作ってくれてて、いつでも食べれるようにしてくれてたんだ」


「そうなの? 後でお礼に行かないと」


神来社からいとさん何してるの? 安静なのに」



 料理の乗った大きな盆を置くと、穂華が総十郎を見てムッと怒ったように眉を寄せた。そんな表情に言い返せない総十郎が「…すまん」と謝る。


 それでも、総十郎がすぐに紙を折ってしきにして飛ばすと、「それ! 飛んで来るやつ!」と目を輝かせた。意図せず矛先を逸らせた総十郎は苦笑い。

 式の説明に穂華はふんふんと頷き、「鳴神なるかみさんみたいなの?」「うんそう」と初めて知る事に興味津々な様子。

 その説明の傍で、照真は飛んで行って見えなくなった式の行先を予想した。



(本部かな? 虚木うつぎが言ってた事もある…)



 かつて総元そうもとから聞いた封じの話。それに昨夜虚木が言っていた事。無意識に眉が寄る。


 すぐに皆で朝餉を頂く。明るく楽しい食事の後、咲光さくやは総十郎を見た。



「神来社さんはゆっくり休んでくださいね」


「そうだな。あんまり起きてると、また怒られそうだ」


「!」



 クスクスと笑う総十郎に、咲光はまぁっと少しだけ拗ねたような顔をした。そんな二人に照真は吹き出し、じたりと咲光に睨まれてしまった。「怒ったの?」「…すごく」と穂華と八彦やひこにまで話題にされ、咲光は全員の背を押して部屋から出す。



「はいもうっ! 皆出るよ」


「はーい」



 大人しく押されるままに出ていく三人に、総十郎は笑うのを堪えた。








 日中は稽古をしたり、総十郎の包帯を替えたりして過ごす。

 そして夜が訪れると、咲光と照真、八彦は刀をいた。仕事の準備をして総十郎の傍に片膝をつく。



「念の為今夜も行ってきます。まだ怪談の調べも途中ですし」


「あぁ。充分気をつけろ」


「はい。穂華ちゃん、神来社さんを頼むな」


「もしも私達の所に来ようとしたら、布団に縛りつけてでも止めてね」


「分かった。任せて!」


「……え…」


「…………………」



 咲光と穂華の会話に八彦は驚きを漏らす。やる気に満ちている穂華を見て、止めようか否かオロオロと手を彷徨さまよわせた。そんな八彦に、優しいなぁと照真はほんわかとなったが、総十郎は何も言えない。



(……咲光、俺に見張りを付けなくても行かないから大丈夫だぞ。……いや、うん。急にアイツらの妖気とか感じなきゃ…)



 胸の内で首を傾げ始める総十郎に、咲光は笑みを向けるだけ。



「それじゃあ、行ってきます」


「あ、あぁ…。いってらっしゃい」



 三人が夜回りに出ていく。それを穂華も見送り、その姿が見えなくなると総十郎の傍に座った。堂々と胸を張って大役を務める様子に、総十郎も困ったような笑みが浮かんだ。






♦♦




 夜の学舎まなびやに人はいなかった。昨夜の件から警備隊も慎重になったのかもしれないと、見回りながら考える。

 咲光達は慎重に調べる。妖気は感じられない。餓鬼がきの気配も、虚木や禍餓鬼かがきの気配もない。


 三人で怪談の続きを調べていく。異常なし。



(禍餓鬼も虚木もここを去るつもりだったみたいだし、もう去った…?)



 時間はかかるが調べていく。作り話であると分かっても、一つひとつを調べていく。全てを調べ終えた時には明け方も近くなっていた。

 空を仰いでふぅっと息を吐く。



「うーん! 妖気も感じられなかったし」


「…怪談も……全部…本当の話は…なかった…」


「終わったね。帰ろう」



 伸びをする照真にクスリと笑い、三人は寺へ戻る事にした。








「お疲れ。おかえり」


「ただいま」



 明け方に戻った三人を総十郎が出迎えた。その傍ではコクコクと船を漕いでいる穂華。眠くても役目を果たそうとする姿を微笑ましく嬉しく思い、照真はそっと穂華に声をかける。



「穂華ちゃん。もう寝ていいよ」


「う…ん……。おかえり…」


「ただいま」



 言うとすぐ穂華はパタンと布団に倒れ込んだ。これでは朝と同じだと総十郎は苦笑する。

 嬉しく微笑ましく穂華を見つめていた咲光が別に敷いた布団に穂華を寝かせ、総十郎の傍に戻った。



「学舎で異常はありませんでした」


「妖気もなくて、餓鬼も現れませんでした」


「そうか…。お前達も休め。疲れただろう」



 総十郎に労ってもらい、三人は少しの間眠る事にした。






♦♦




 万所よろずどころ本部にて、総十郎から送られた文を読む総元の表情は険しかった。

 虚木と禍餓鬼の言葉。裏で何か行っているだろう事。至急調べを進めなくてはと警戒感が強まる。


 そんな総元の様子を、南二郎なんじろうは正面で見つめていた。呼ばれた時にはすでに総元はずっとこの表情で思案している。



「南二郎」


「はい」



 長い沈黙の後、重々しく総元が自分を呼ぶ。背筋を正して答えた南二郎を、総元は視線を上げまっすぐ見つめた。



「総十郎にも、他の子達にも頼めない。私を手伝ってくれ」


「はい」



 迷いのない返事は嬉しくもあり、少しだけ胸を痛ませた。




♦♦






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