第百二十五話 知る事、記憶に留める事
差し込む光で目が覚める。
目を覚ました総十郎は少しの間そのままぼんやりとする。今いる場所。昨夜の事。それを思い出してフゥっと息を吐くと傷が痛んだ。
声は出さず痛みをやり過ごし、くるりと頭だけ動かす。
「……!」
なぜか布団に突っ伏すように眠る咲光がいた。その隣には穂華もいる。完全に意表を突かれて声も出ない。
そっと逆隣へ視線を向けると、そこには同じように照真と八彦が眠っていた。完全に四人に囲まれている。そんな状況に、吹き出すように息がこぼれた。
「…幸せ者だな、俺は」
意識せずそんな言葉がこぼれた。
かつては二人で旅をして。独りになって。そして三人になって、四人になって、五人になった。増えていく仲間は嬉しくて、同時に寂しかった。
ここにかつての弟子がいてくれたら。そう思った事も一度や二度ではない。二人旅の記憶が薄れそうになって悲しくて。その度に忘れないと胸に誓って、ちゃんと前を見て歩こうと思った。
(咲光、照真。お前達は俺を凄い人だと言ってくれるけど、俺はただの臆病者で、過去を忘れられず無様に引きづっているだけの、情けのない男なんだよ…)
そっと、起こさないようにそっと両隣の二人の頭に、添えるだけの手を置いた。
(家族の死を受け入れ、胸の中で想い続け、それでも笑って生きている。お前達の方が、ずっと凄い奴だ)
自分も、そうなりたいと思う。
そっと手を離すと、ピクリと咲光の瞼が震えた。ゆっくりと開かれる。
ゆっくりと身を起こした咲光は総十郎が起きている事に気付き、あっと目を瞠って身を乗り出した。
「神来社さんっ…。大丈夫ですか? 傷は…」
「大丈夫。今は随分らぐっ!?」
「からっ!? 穂華ちゃん!?」
急に呻いて何事!? と思って見れば、穂華が寝返りを打つと同時に伸ばした腕が腹に当たったらしい。その振動が傷に響いて痛んだようだ。
あわわっと咲光は慌てだが、そっと穂華の腕を下ろした。穂華はまだ起きる気配はない。
(昨日も眠気と戦ってくれてたし。手当てが終わるまで起きてくれてたものね)
まだ寝ててねと、そっと頭を撫でる。慈しむように穂華を見つめる視線を見て、総十郎も優しい視線を向けた。そして照真達を起こさないようそっと声をかける。
「咲光」
「はい?」
「昨日はありがとう。駄目だと解ってはいても抑えきれなかった。俺の力不足だ」
「いいえ」
優しくもはっきりと告げられた否定に、総十郎は咲光を見る。
その目は逸らさず総十郎を見つめ、それでもふわりと優しく細められた。
「大事な…お弟子さんなんでしょう? 神来社さんの激怒した様子を見れば分かります。何とも思わぬ相手に、あんなに怒りはしませんから」
「………………」
「まぁ確かに、禍餓鬼の挑発に乗せられた事も、神威を良くないように使ったのも事実なので、次はしないでくださいね?」
「……肝に銘じる」
ふふっと笑う咲光に、総十郎も参ったと降参の手を上げた。そんな総十郎に咲光はそっとお願いをする。
「神来社さん。いつか…いつか、教えてください。私達の兄弟子か姉弟子にあたる人の事を」
「…そうだな」
「お嫌なら、無理にとは言いませんので」
「嫌じゃない。ただ……時々、記憶が薄れていて…。もしかしたら俺は、アイツの事を何も知らなかったんじゃないかとすら…思う」
天井へ視線を向けながらも、何かを見つめる総十郎を咲光は見つめた。
悲しそうな声。寂しそうな声。時が経ってとめどなく溢れて来る想い。総十郎の声音に、咲光はいたっていつも通りに答えた。
「それじゃあ、私達も知って覚えていれば、いつでも記憶は思い出せますね」
「!」
「その人が何を想っていたかは分かりませんが、想いを馳せる事はできます。私も、照真と家族の話をする時はそんな事をしています」
「……そう、か…。そうだな」
天井に向けていた視線を腕で遮った。そんな姿も、咲光は何も言わず見つめていた。
今も、咲光と照真は家族の話をする。照真は母の記憶がだんだん薄れているようで、咲光との会話で胸に刻もうとしているようである。咲光はまだ母の事も父の事も覚えている。ただ、弟の事は照真が率先して面倒を見ていたから、照真から話を聞く事も少なくない。
二人の傍で、照真と八彦の瞼が震えた。その目がそっと開かれる。
「おはよう二人とも」
「お、はよ…姉さん…」
「……おはよう」
むくっと身を起こし眠気を残す目許を擦る。そんな動きを気配で感じた総十郎が、腕をどけて見つめた。
「おはよう」
「おは…神来社さん!」
「目…覚めた…?」
ハッと自分を見て照真と八彦の眠気が飛んだ様子。そんな様子に総十郎も笑った。そして二人が口を開くより先に告げる。
「大丈夫。心配かけたな」
「…はい。良かったです、ご無事で」
ホッと安心したように表情を緩ませる。
周囲の音に穂華もごそりと動くと目を覚ました。同じように総十郎を見てハッと眠気が飛んでいく様子に、咲光も総十郎も笑う。
室内の空気が明るく軽くなる。それを感じる総十郎は、優しく柔らかな目をする。
(お前達が居てくれて、本当に良かった…)
ありがとう。ありがとう。出会えた事を嬉しく思う。これから何度もきっと想う。
全員が起きたので、穂華が「朝ご飯の準備させてもらって来る」と部屋を出る。それに照真も続いた。二人が部屋を出るのを見送っていると、「ふっ…」と堪えるような呼吸が聞こえ視線を戻した。
「神来社さん…! まだ安静に」
布団に手をついて総十郎が身を起こそうとしていた。解いている髪が布団の上に揺蕩う。
両隣を咲光と八彦に支えられ、総十郎はゆっくりと身を起こした。ふぅっと息を吐く総十郎は、何も言わず眉間に皺を刻んでいたが、そっと口を開いた。
「咲光、八彦。あの文机と紙と筆、取ってもらえるか?」
「はい」
意味なく身を起こしたわけではないだろうと、咲光と八彦はすぐに動いた。
総十郎の前に文机を、その上に紙と筆を置く。「ありがとう」と礼を言うと、総十郎はその紙に何かを書き出した。そして書きながら八彦に向けゆっくり告げる。
「八彦。虚木と禍餓鬼という妖は、今は封じられている主を復活させようとしてる」
「主…」
「それを阻止するため俺達も動く。ただ、かなり厄介な事になるぞ」
「…うん。咲光も照真も…神来社さんも…日野さんも戦うなら…俺も、皆と頑張る」
かつてはオドオドとして自信もなかった八彦が今、自分の意思を持ってまっすぐ見つめてくる。その成長に総十郎も嬉しさと頼もしさを抱く。
虚木や禍餓鬼、それに主である大妖については総元の許可がなければ広める事はしてはならない決まり。
(出て来る前に許可を貰って正解だった)
禍餓鬼や虚木にまた遭遇した場合の事を考えて、事前に総元に相談していたのが幸いだった。
片手で「頼むぞ」と八彦の頭を撫でれば、ピクリと肩を跳ねさせ強張った。その違いにフッと笑ってしまった。




