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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第九章 学舎編

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第百二十四話 宣言

 土煙の中にある妖気。それもまた知っているもの。

 ぶわりと不自然に揺らめき土煙が晴れると、その中にその姿が見えた。



「…遅いぞ虚木うつぎ


「しっかり丹念にやって来たの…ってやだ禍餓鬼かがき、傷だらけ。おっもしろーい!」


「………………」



 自分を見てケラケラと笑う虚木に、禍餓鬼は僅か眉を動かしながらも何も言わなかった。


 あーあ、とひとしきり笑った虚木が咲光さくや達を振り返る。面白そうだった表情は一点、ひどく不快そうに歪められた。



「またあんた達…。前回の借り、きっちり返してあげるわよ」



 浮かべられる笑みがひどく恐い。容赦のない妖気と殺気が肌を刺す。


 一体でも手強い相手が一度に二体。今この国で恐らく最も強力で厄介な相手。手が震える。疲労の所為かそれとも恐れか…。それでも咲光達はグッと刀を握った。

 バキバキと指を鳴らした虚木が今にも襲い掛かってこようとした時、



「やめろ虚木」



 禍餓鬼が制止した。

 虚木は体勢は保ちながらも、不満を表情に出しながら禍餓鬼を睨む。



「黙ってて。私アイツら嫌いなの」


「知っている。だが今回の成すべき事はすでに終わっている。我々がここに居る理由もすでにない」


「だとしても、アイツら殺すのはついでって事にしておけばいいじゃない。悪い事じゃないし」


「後少しだぞ。ついで遊びで我らが主をお待たせするつもりか」


「……………」



 不満を表情に出していた虚木だったが、禍餓鬼の言葉に戦闘態勢を解いた。


 二体の会話に総十郎そうじゅうろうが視線を鋭くさせる。それを認めた虚木は嘲笑あざわらうように口端を上げた。



「良い事教えてあげる。遠くないわ。遠くなく、主は再びこの地に戻られる。せいぜい頑張って」


「何をした」


「さぁね。今だって弱ってる封じだもの、すぐに破れる」



 低い声音の総十郎をおかしそうに笑って、虚木は待ち遠しそうに笑みを浮かべる。

 それとは逆に、総十郎も咲光達も表情を険しくさせていた。



「あの御方を封じる忌々しい神の力、削いでやる為に色々考えたわ。一番良かったのは人間共が勝手にやってくれた戦よね。あれは良い空気を沢山くれたわ。でもあれ、逆に主が復活された時の食料を不足させると同じだから、ちょっと困ったのよね」



 照真しょうまが音をたてて刀を握った。咲光や八彦やひこの表情も空気も一切気にもせず、虚木は子供のように無邪気に笑みを浮かべる。



「でもね、おかげで良い方法を思いついたの。だから宣言するわ。主は近く復活する」


「させない。俺達で、万所よろずどころで、必ず阻止する」


「精々やってみなさいよ。じゃ、私達は次に移るから、さようなら」



 挑発的な笑みを浮かべ、虚木と禍餓鬼が姿を消した。

 途端に空気が軽くなったような気がして、八彦は無意識に張りつめていた緊張を解いた。ふぅと大きく息を吐くが、まだ手が震えていた。



神来社からいとさん…!」



 咲光が総十郎に駆け寄る。照真と八彦も同じように、地面に片膝をついた総十郎に駆け寄った。心配そうな顔をする咲光達に、総十郎は安心させようと何とか笑みを浮かべる。



「大丈夫…。大丈…」


「照真、八彦君。神来社さんを支えて。私は一足先に戻って住職さんにお医者を頼んでくる」


「分かった。姉さんも気を付…」



 けて、と続けるより先に咲光が風と共に消えた。速い…と声も出ず消えて行った先を見つめるしかない。


 照真はひとまず総十郎の怪我に応急的にさらしを巻き、八彦と共に総十郎を支えて寺へと戻る事にした。

 雷撃に貫かれた傷の出血は止まっているが、生々しく痛々しい。しかし、総十郎はそんな自分より照真と八彦を心配そうに見つめた。



「お前ら、怪我は…?」


「…大丈夫。少し…切れただけ…」


「はい。神来社さんが一番重症です」


「……そうか」



 その声音はひどく安堵したように聞こえた。そんな声に、総十郎を見ず照真はキュッと表情を歪めた。



(何で…。何でそんなに俺達の心配するんだ…。神来社さんが一番傷酷いのに…。悔しい。悔しいよ俺…)



 キュッと唇を噛んだ。無力感を気取られたくなかった。


 どれだけ願って決意しても、そこへはなかなかたどり着けない。一体いつになったらこんな心配させる事無く一緒に戦えるのか。隣で戦えるようになるのか。簡単でないとは分かっているけれど…。

 けれど照真は、そんな悶々とした思いを振り払うように笑うように声を出した。重たい空気は良くない。



「あんまり自分の事二の次にしてると、姉さんに「自分の心配しなさい」って怒られますよ!」



 面食らった総十郎が瞬いた。が、すぐにフッと笑う息がこぼれ、表情が柔らかくなる。



「…そうだな。また怒られそうだ」


「うん…。咲光が怒ったなんて…初めて見た…」



 よどんでいた空気も軽くなる。照真も総十郎も、八彦も笑みを浮かべた。そんな総十郎をちらりと見る。



(いつか。いつか、弟子の話してくれるかな…)



 今はその時ではない。

 今はただ、いつものように笑っていて欲しいと思うから。








 寺へと戻ってすぐ、総十郎は咲光と穂華ほのかによって医者の待つ部屋へと放り込まれた。そして一同はひとまずホッと息を吐く。

 少し前まで起きていようと必死に眠気と戦っていた穂華は、それに勝つことが出来なかった。しかし咲光が大急ぎで帰って来て事の次第を聞いたそうだ。



「眠気って本当に吹き飛ぶのね!」


「……良い飛ばし方じゃないけどね」



 驚きの発見と少しの感動に高揚していた穂華に、照真はあはは…と乾いた笑みがこぼれた。


 医者の手当てが終わり眠る総十郎を見て、咲光達も安心すると眠気に襲われた。






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