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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第九章 学舎編

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第百二十三話 この想いは薄れはしない

「貴方は強くて優しい人。仲間や家族を大切に想う人。私も照真しょうまも、貴方と共に戦うと決めた」


「……っ!」


「その言葉は、何一つ変わってない」



 虚木うつぎを前に言ってくれたその言葉は、心に沁みて、嬉しくて苦しくて仕方がなかった言葉だ。


 苦しかった理由は解っている。嬉しいと同時に、その場を目指した弟子が、今はもういないから。


 もう弟子は取らないと決めていた。もう、あんな風に失いたくなかったから。周囲の期待で潰してしまいたくなかったから。


 でもあの日、出会ってしまった。

 二人で手を取り合って、まっすぐに前を見て支え合って笑い合っている。互いを自分以上に大事に想っている二人に。


 握り合う手を見て、二人なら大丈夫だろうかと考えた。まっすぐな目を見て、忘れられない弟子との日々を思い出した。信じる親の笑みを見て、信じたいと思った。どんな鍛錬も挫けず諦めない二人を、見守りたいと思った。


 これがもし、二人のどちらかだけだったなら、きっと弟子にはしなかっただろうし、この道に入る事も止めたかもしれない。


 じんじんと頬が痛む。その痛みがまるで、全身に伝わっていくように熱を持つ。



(痛い…。でも、咲光さくやの方が何倍も痛いよな…)



 脇腹の痛みよりもずっと、ずっと痛い。自分を引き戻してくれた手を、少しだけ冷たくなった手を、そっと総十郎そうじゅうろうは包んだ。



「…ありがとう。もう…大丈夫だ」


「…はい」



 ホッとしたような泣きそうな表情に、総十郎は申し訳なさそうに眉を下げた。そして、次には表情を引き締め禍餓鬼かがきを睨む。


 禍餓鬼はただじっと、興味深そうに見つめているだけで、攻撃をしてくるような様子を見せない。


 照真は、自分と総十郎の間に立ち、刀を手にした咲光を横目に一瞥いちべつした。



(姉さんが手を上げるなんて、初めて見た…)



 怒声を上げる事すら数える程しかないのに。

 怒るよりも叱る、諭すという風にする咲光は、しっかりしていて優しい。



(でも、囮策したみたいに思い切った事もするし、負傷しても倒れなかったり、武器がないから土投げたりもするし…)



 大事な人の為に行動する。そんな姉が誇らしい。


 その隣で刀を構える照真が禍餓鬼を睨む。四人の視線を受けても、禍餓鬼の目ははじっと咲光を見据えたまま細められた。



「以前の余興でもそうだった」


「……………」


「弟がちる寸前でお前が止めた。そして今も」



 咲光と照真の表情が険しくなる。かつての事件であった事は、ずっと胸の内にある。それを引き起こした禍餓鬼は許せない。



神来社からいとを堕とすのは一興と思っていた。だが、お前を堕とすのも面白い」



 冷や汗が流れる。妖力が増して肌を刺し、心臓が早まる。あからさまに狙われるのは初めてだ。

 キュッと刀を強く握り緊張を見せる咲光の傍に、スッと総十郎が立った。



「それは出来ない。俺達がさせるわけがない」


「弟子を死なせた師がほざけ」


「俺は、守り守られる、そうしていいと言ってくれる、受け入れてくれる弟子を持って幸せだ。アイツもコイツらも…。今度は共に行く。お前の思う通りには絶対にさせない」


「理解出来んな。なぜ同じ事を繰り返すのか」



 はぁとため息を吐き、その目がスッと細められたのを合図に、戦いが始まった。


 禍餓鬼を中心に餓鬼がきの群れがぶわりと生まれる。襲い来るそれらに対し、照真と八彦やひこが先陣を切った。

 斬り倒される餓鬼。その合間をくぐり抜け、飛び出す咲光と総十郎。早く鋭い切っ先が立て続けに襲って来ても、禍餓鬼は僅かに眉間に皺を寄せるだけ。


 雷撃に弾かれ、隙をついて拳や蹴りが飛んで来る。それを咲光は精一杯避け、戦い続けた。全てについていくのがギリギリで必死だった。


 稲妻の鳴る手は、それに直接触れなくても、散る雷撃が皮膚を裂く。痺れるような感覚が生まれ、刀を離さないよう必死に握りしめた。その隙をついて咲光に伸ばされる手と睨んでくる冷たい目。



「っ…!」



 それを阻むのは頼もしい上官。総十郎の、いつにも増して輝く神威が禍餓鬼の肉を斬る。

 僅か呻いた禍餓鬼が距離を開けようとしたが、総十郎は止まることなく攻め続ける。



「チッ…」



 忌々し気に睨んでくる。それでも咲光と総十郎は交互に刃を振り続けた。禍餓鬼はすぐに次の餓鬼を作り二人に差し向ける。

 が、それは照真と八彦が斬り捨てた。餓鬼は全て消失している。それを横目に確認し、禍餓鬼はまたも舌打ちをした。



(あぁ成程…。虚木が苛立つのもよく解った)



 消えない。衰えない。諦めない。光を疑わない目が気に入らない。

 以前は少しだけ面白そうで遊んだのに、なぜあの時殺さなかったのかと己にも苛立つ。



(以前よりは力をつけたようだ。餓鬼を俺の妖力のみで作れば、もう少しは手強いものになるが…)



 そういう餓鬼はあまり作らない。それだけの相手にも会わないから。


 咲光達の相手をしながら、禍餓鬼は内心で苛立ちと呆れ交じりのため息を吐く。



(虚木の奴は何をしている。わざわざこうして時間稼ぎと目くらましをしているというのに…。どれだけ日数をかけるつもりだ)



 何の為に何日も前からこうして騒ぎを起こしていると思っているのか…。

 思わずそう思ってしまうが、これを本人に言ってしまうと眉を吊り上げ怒るのは目に見えている。なので言うつもりはないが、禍餓鬼も少々不満には思う。呼びかけにも応じないので余計に。

 これが逆の立場なら、虚木からは容赦ない文句が飛んでくるが。


 四人を相手にするのは問題ないが、一人を始末しようにも他の援護が入って来て仕留めきれない。それも腹立たしい。


 だんだんと押され始める。傷が増え、禍餓鬼がピキリと額に青筋を浮かべた。



「鬱陶しいはえが!」



 その蹴りが容赦なく総十郎の脇腹に打ち付けられる。傷口を打つそれに、堪える口から空気が漏れる。痛みに歪む表情の前で、咲光と照真の刀が合わさり追撃を防ぐ。

 そこへ鋭く八彦が斬り込んだ。距離を取った禍餓鬼へ、体勢を立て直した総十郎と咲光達が地を蹴った。



「!」



 が、すぐに急停止し、後方へ飛び退いた。

 途端、両者の間に空から何かが降って来た。ドゴォッと音を立てて地を砕き、煙を巻き起こす。



「……………」



 咲光達は呼吸を整え煙の中を睨んだ。土煙の中にある妖気。それもまた知っているもの。


 ぶわりと不自然に揺らめき土煙が晴れると、その中にその姿が見えた。

 高く結った黒い髪を風に遊ばせ、金色の瞳を輝かせ、強大な妖力を持つ虚木が悠々と立っていた。






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