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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第九章 学舎編

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第百二十二話 知らない弟子、知ってる師匠

「無様に死んだお前の弟子の話でもしてやれば、もう少し本気になれるか?」



 学舎まなびや内の餓鬼がきを一掃し、咲光さくや達は広場へ着いた。

 そこでは、禍餓鬼かがき総十郎そうじゅうろうが入り込めないような圧迫感を持って戦っている。両者の距離が開き、咲光達は駆け寄ろうとした。



神来社からいとさっ…」


「下がってろ!」



 聞いた事のない怒声に遮られ、三人の肩がビクリと跳ねる。総十郎は気付いてもいないようで振り返る事もない。


 咲光達から見える後ろ姿は、今までに見た事がないくらい殺気立っている。その空気を敏感に感じ取った八彦やひこがごくりと唾を呑む。咲光と照真しょうまも足が動かなかった。

 知らない。見た事ない。いつも優しく笑っているのに。厳しく自分達を指導してくれるのに。


 後方で立ち尽くす三人と総十郎を交互に見やり、禍餓鬼は総十郎を見た。



「そうか…。あれもお前の弟子か。愚かだな神来社。また同じ事を繰り返すのか」



 静かな広場で、禍餓鬼の声は咲光達の耳にも届いた。

 また…と音に出ず口が動く咲光は総十郎の背を見つめる。刀を握る手が強すぎる力に震えているのが見えた。



「“とう”としてその役目を果たしているようだが、実に滑稽こっけいだ」


「…………………」


「お前の弟子が死んだのは、実力をわきまえなかっただけの事。俺のどこに恨みを抱く?」



 呆れているような声音でため息すら吐く禍餓鬼に、総十郎が距離を詰めた。ただ強く刀を振り下ろす。



「それ以上アイツを侮辱するな」



 怒りを滲ませる低い声にも禍餓鬼は面白そうに笑った。


 禍餓鬼から稲妻が飛ぶ。近距離の攻撃に皮膚が裂けるが、総十郎は流れる血など気にしない。

 そんな凄まじく立ち入れない戦いをじっと見つめ、咲光は総十郎を見つめたまま照真と八彦に静かに告げた。



「照真。八彦君。行くよ」


「えっ…」



 二人は思わず咲光を見る。咲光の目はまっすぐ強く、けれど少し悲しそうに戦いを見つめていた。


 迷うような八彦と、咲光を見て覚悟を決める照真。よしっと戦いを見つめる二人に、八彦も迷いを断ち切った。



「まずは、禍餓鬼を倒すより、神来社さんを止める」


「…止める?」


「駄目なの。あれは。神威の刀をあんな風に使っちゃいけない。……神来社さんは特に」


「!」



 咲光の言わんとする所を照真も理解した。目の前では変わらず両者が戦っている。



(そうだよ。神来社さんは衆員と別に、大きな役目を担う家の人で、時には扱える以上の神威を授かる人。俺達とは神威も違う)



 それに…と戦う総十郎を見る。



(見たくないよ。あんな戦い)



 咲光と照真の胸に同じ想いが込み上げる。

 禍餓鬼は先程「お前の弟子が死んだのは…」と言っていた。それはつまり、自分達ではない別の弟子が居たという事。そして、その弟子は恐らく禍餓鬼に敗れている。


 総十郎は今、弟子の仇を前に怒りと殺気に満ちている。



「…照真。前に神来社さんの傍で言った言葉、覚えてる?」


「勿論。忘れるわけない」



 だから…と咲光と照真は顔を見合わせて頷いた。



「行こう」


「うん」



 照真と八彦も頷き、三人は地を蹴った。大切な人の為に――


 総十郎の剣戟は傷を与えても致命傷には至らない。しかし確実に、互いの体力と妖力を削っていく。


 出て来た二体の餓鬼を斬り捨て、流れのまま狙いを定める。眼前に現れた餓鬼を斬り捨てると、脇腹を灼熱の痛みが貫いた。餓鬼ごと稲妻で貫かれたのだと理解すると同時に、呻きを漏らす事はなくとも僅か動きが鈍る。

 そこを見逃さず追撃を加えようとした禍餓鬼だったが、急にその視線が動いた。



「!」



 目を瞠る総十郎の前で、三方からの攻撃が総十郎と禍餓鬼を引き離した。

 総十郎との攻防で傷を作り、所によっては深そうな傷も見受けられるのに平然と立つ禍餓鬼。その目がじっと睨んでくる。


 総十郎の両隣で刀を構える照真と八彦、すぐ傍に立つ咲光。三人の姿に総十郎は言葉を失ったが、すぐにグッと唇を噛んだ。



「神来社さん。そんな風に戦うのはやめて下さい」



 そっと、刀を持つ手に添えられた咲光の手。静かだけれどどこか悲し気な声を、耳に入れたくなかった。

 だから総十郎は、その手を振り払った。視線も向けず一歩前に出る。



「アイツは俺が倒す。だから……邪魔しないでくれ。…放っておいてくれ」



 涙はないのに、まるで泣いているような、辛そうな、寂しそうな声だった。そんな総十郎に照真も八彦も視線を向けるが、視線が返される事は無く、俯いている総十郎の表情も分からない。


 振り払われた手が少し寒い。咲光は総十郎の背をじっと見つめると、払われた手をグッと握った。

 ずんっと総十郎へ足を進めると、思いっ切りその腕を掴んで引いた。いきなりの事に総十郎が驚いて振り返る。


 パンッと澄んだ音が広場に響いた。



「え………」


「…ね…姉さん…?」



 総十郎もまた呆然とした。左の頬を走る痛みはじんじんと痺れ、現実だと突き付けてくる。どんな事態でも冷静に考えすぐ理解するのに、今は理解が追いつかない。


 眼前には、痛そうな、怒っているような、辛そうな、そんな顔をして唇を噛んでいる咲光がいる。



「……さく…」


「いい加減にしなさい。何の為に戦ってるの。どんな力を借り受けてると思ってるの」


「…………………」


「怒り任せで冷静さもない。相手は強力。自分一人でどう戦うつもり。貴方には貴方にしか分からない想いがあるんだと思う。だけど、このままやるつもりなら、その刀奪ってでも止める」



 声が震えないように最大限気丈に振る舞って言い放つ。手の痛みも震えも、すぐに消し去るように左手で包んだ。



(痛いなんて思うな。神来社さんの方が、何倍も痛いんだから)



 瞳を揺らすな。視界を滲ませるな。声も手も震える事を許すな。気丈に、毅然きぜんと言い放て。






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