第百二十話 忍び込んでます
夜が更けた学舎は、どこか人を寄せ付けぬ不気味な雰囲気を持っている。そんな学舎の中に咲光達は忍び込んだ。
学舎はそれぞれの建物の入り口に「初等」「中等」などと示されていたので、どの建物が事件の建物なのかはすぐに解った。入り口は閉まっていたが、開いていた窓から忍び込んだ。
万所の仕事は隠密行動が基本。今回は子供達やそれを止める大人がいる可能性があるので、いつも以上に慎重に行動する。
近くの部屋からも人の気配はない。それを確認し行動を決める。
「それじゃあ、怪談を確認していくか」
「そ…外の石像は……動いてなかった…。妖気もなかった…」
「後は六つだな」
怪談の一つは「動く石像」だった。建物に入る前に確認したが、妖気もないただの石像だった。照真が試しに押してみたが、ビクともしなかった。異常なし。
妖が絡んでいると思われる怪談は「廊下を追いかけて来る男」だが、念のため他も確認しておくことにする。
「厠や階段それに廊下も、どこかは分かりませんね」
「しらみ潰しに行くか」
「分かれますか?」
「……いや。このまま行こう」
てっきり二手にでも分かれると思っていた咲光は、効率重視でない言葉に少し驚く。が、総十郎はどこか険しい表情をしていた。
それを見て咲光もスッと頭が冷える。
「……何か思う所が?」
「何だろうな……。こういう勘は好きじゃないんだが、なんとなくその方が良いかと思ってな。根拠はない」
「分かりました」
即答で頷いた咲光に、総十郎は少し面食らう。しかし、フッと息を漏らすと真剣な眼差しで咲光達を見た。
「時間がかかるが、一つひとつ調べよう」
「はい」
総十郎の様子には照真も少しの緊張を抱いた。しかし不安はない。いつも以上に冷静に物事を見ようと思えるような、不思議な心地だった。
そんな照真達の側で、八彦が不意に視線を動かす。
「誰か来る……」
「え?」
八彦がぼそりと告げると同時に、どこからか足音が聞こえた。すぐにそれとは逆の方向へ足が動く。
音を立てぬよう、けれど急いで身を隠すと、廊下の先から灯りがやって来た。物陰から覗き見ると、それが灯りを持った人だという事が分かった。
人は男性が二人。その服装は町の警備隊に似ている。
「見回りだな。怪我人も出てるから町の警備隊が動いたか……」
「み…見つかったら…?」
「追い出されるな」
どうしましょうと言いたげな困った顔をしながらも、四人はこっそり二階へ移った。廊下を歩く時も足音は消すように歩き、常に聞き耳を立てておく。
「多分、警備は一階からだ。やり過ごしつつ行くぞ」
「警備隊がいるなら、子供が居ても見つけてくれそうですね」
「すんなり見つかればいいね…」
「…でも……人がいるなら……戦闘…危ない…」
少しだけ難しそうな顔をする八彦の言葉に照真も頷いた。
人に見つからず。人に害と不安を与えない。それは妖と戦う者達が心がけねばならない事だ。
「見つかるより先に倒す」
「私達の誰かが引き付けるって方法もあるしね」
深刻な二人にも、総十郎と咲光は心配ないと言うように言い切った。咲光はスッと真剣な眼差しを見せる。
「ただ、守りながら戦うのは避けた方が良い。相手の力が分からない以上、動きが制限されるのは危ないから」
刀の間合いの内なら護れるが、その分振りや距離には制限がかかる。咲光はそれを経験し重傷を負った。思い出した照真も、決意を胸に強く頷いた。
見つからないよう隠密行動が基本。それを全員が胸に歩き出す。
二階の厠を確認、異常なし。色んな場所の鏡を確認、異常なし。二階の廊下、異常なし。笑い声や楽器の音、異常なし。
三階へ向かう。同じく厠、異常なし。笑い声……
「……?」
常に何も逃さぬようにと立てていた耳に、何かが引っかかる。総十郎と八彦から半瞬遅れて、咲光と照真は廊下へ出る前の階段の陰に身を隠す。四人は息を潜めてそっと覗いた。
感覚の鋭い八彦や、感覚と実力の両方で優る総十郎はすぐにこの気配に気づいた。半瞬の差に照真は少しだけ悔しそうな顔をしていたが、すぐに何かに気付いたように廊下の先を見た。
三階の廊下。そこに子供がいた。妖でも幽霊でもない人間の子供だ。
「忍び込んでましたね…」
「全く……」
総十郎がやれやれとため息を吐く。
怪我人が出ていても経験していない自分にとっては他人事。好奇心が優る子供の行動に頭を抱える。そんな総十郎の表情には咲光達も同意だった。
が、ここで出ていくわけにはいかないので、仕方なく子供達が去るのを待つ。
「やっぱりただの噂だって。ほら何もいねーじゃん」
「本当だって! 真っ黒な化け物がいて、怪我した子がいるんだって!」
「お化けとか化け物とか、いるわけないじゃん」
子供は五人いた。信じていないらしい子に、本当だと主張する子、平気そうな子や面白がっている子、少し怖がっている子もいて様々だ。
一応声量は抑えられているようだが、静かな舎内なので離れていても感覚を常に研ぎ澄ませている咲光達には聞こえる。特に、本当だと主張する子の声はだんだんと大きくなってしまっているようだ。
ズカズカと歩いていた子供達だったが、
「君達何してる!」
「げっ」
警備隊に見つかって、冒険は終わりを告げた。
警備隊の持つ灯りが子供達を照らす。子供達も反射的に逃げようと回れ右をした。が……
「!」
その先に、黒い影が生まれた。波打つ黒い床から這い出て来る、同じように黒い人影。
知っている。視た事がある。忘れた事など一度もない。
咲光達は、生じた妖気とまとわりつくような感覚にすぐに飛び出した。




