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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第九章 学舎編

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第百十八話 学舎

 式から通達を受け、咲光さくや達がやって来たのは大きな町。大勢の人が行き交い迷子になってしまいそうだ。国の片隅に見る景色とはかけ離れ、華やかなのが分かる。

 華やかな町に穂華ほのかも目を輝かせ周りを見る。逆に、八彦やひこは人の多さに少しビクついているようである。



「穂華。あんまり先行しすぎるなよ」


「うん。でもほら、あんなお店見た事ない! あ、あっちは何売ってるの?」


「楽しそうね。穂華ちゃん」


「うんっ。こんな都会初めて!」



 穂華が生まれ育ったのは風情ある町で、商家が多く露店もあった。この町は硝子張りの窓や扉を持ち異国の品も扱うような雰囲気の異なる町。穂華がはしゃぐのも無理はないので、咲光達も微笑ましく見つめる。


 はしゃぐ穂華を見て、総十郎そうじゅうろうも優しい目をしていた。



「仕事までの間、店を回るか?」


「いいの!?」


「あぁ」


「やった! あ、でも稽古とかは? お寺に行くんでしょう?」


「町の様子も知っておきたいから大丈夫だ」



 人々の様子、雑鬼ざっきの様子、あやかしが出ると式で伝えられた場所。見ておきたい事は色々ある。


 総十郎の許しも出て、穂華はビクついている八彦の腕を掴むと「行こう!」と引っ張って歩き出した。驚きと焦燥を混ぜた珍しい八彦の表情を見ながら、照真しょうまは困ったように笑い穂華を追いかける。

 そんな三人を、咲光も総十郎も笑って見つめた。


 穂華は楽しそうに町を回った。火ノ国とは全く違う国の衣装や、見た事もない食べ物、香り水と呼ばれる物や化粧道具、髪飾りなどいくら見ても飽きない物を沢山見て回った。


 そして一通り回った一行は料理店で食事をする事にした。楽しんだ穂華は今度は仕事の話を口にする。



「今度の仕事って、この町の学舎まなびや?」


「うん。夜の学舎に子供が忍び込む事があって、そこで妖に襲われてるみたいなんだ」


「……子供…何で…そんな危ない事……」


「八彦は自然から恐怖や危機察知を学習してるが、こういう町の子供は、好奇心が先行して危険は考えない事があるからな」


「子供の好奇心は純粋で、それが良い方に働けばいいけど、危ない事も多いから」



 総十郎も咲光も困ったように眉を下げて肩を竦める。

 好奇心から口にした事を兄や姉に止められた経験を持つ穂華や、育った村で子供と遊ぶ事もあった照真も納得の顔をする。


 飲み物から口を離した穂華が、全員を見回して首を傾げた。



「学舎って、どんな場所なの?」


「さぁ?」



 見事に全員から同じ言葉が返って来た。八彦からは何それと言いたげな視線さえ向けられる。

 あ、皆行った事ないんだ。とすぐに解った。


 学舎は学ぶ所。読み書きや計算、歴史は勿論もっと難しい事も学べるという。通う義務はなく、試験を突破し授業料を払う事さえ出来れば誰でも通う事が出来る。が、通っているのは大きな家の子供か貴族の子が多く、一般家庭の子供は高い授業料や試験に諦めて働く子が多い。


 小さな村で生まれ育った咲光と照真も、山育ちの八彦も、総十郎も穂華も通った事は無い。



神来社からいとさんもご存知ないんですね」


「俺は元々この道に進むって決めてたからな。学舎に行きたいと思った事は無い。読み書き計算も両親に教わった」


「私もお兄ちゃんとお姉ちゃんに教えてもらった。計算なんて家の仕事から身に付けろって」


「あ、それ分かる。俺も計算がちゃんと身に付いたのは買い物とかでお金を計算した時かも。八彦君はどうしたの?」


「…俺は……読み書きは…母さんが教えてくれた。けど……子供の…頃だから…まだちょっと…分からない事も…ある…。計算は…全然…分からない…」


「そっか。じゃあ今度やってみる?」


「うん…」



 照真の提案に、八彦は少し嬉しそうな表情を見せた。


 学舎が全く分からない一同なので、総十郎は次の動きをすぐに決めた。



「学舎、外から見てみるか」


「はい」



 一体どんな所なのか、少しワクワクした気持ちを持ちながら立ち上がった。


 店を後にした一行は、学者があるという場所まで歩く。穂華も照真も少し足取りが軽い。知らない物を知れるのは嬉しいのだろう。

 人通りの多い石畳の道を歩きながら、町の人に道を尋ねて進む。


 そして一行は塀に囲まれた大きな建物の前までやって来た。正面の入り口には門があり、その奥には煉瓦造りの建物がいくつもあり、広大な敷地が広がる。

 建物を見ながら総十郎はスッと目を細める。



(広いな…。どの建物に妖が出るのか…。ここからは妖気は感じないが)



 子供が入り込むという事は、子供が使い慣れている建物のはず。どういう年齢の子がどの建物を使っているのか分からない。

 それに関しては寺で住職に聞いてみるかと考える総十郎の前で、穂華がほぉと感嘆の息を吐いた。



「大きい…。こんなに大きな建物初めて見た…」



 照真も同意して頷いた。


 今の時間に門を通る人はいない。が、流石に自分達が入るのは学徒でもないのではばかられる。侵入は夜になってからだ。



「学舎の確認も出来た。寺に行くか」



 総十郎の言葉で、一行はお世話になる寺に向かう。空は少しずつ日が傾き始めていた。






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