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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第八章 占い騒動編

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第百十七話 幸せの道

 狐はしかと誓いをたて、総十郎そうじゅうろうの許しによって解放された。それを見届け照真しょうまもふぅと息を吐く。



「でも、占い師が急にいなくなったって、町で騒ぎになりませんか?」


「それとなく、占い師は町を出たと話は流しておく。残念がる人もいるだろうが、こういうものは一時のものだ」



 あやかしが起こした数々の事件のように、人々の不安や恐怖が消えるのに時間を要する程ではないだろう。そう思い咲光さくやも安心の息を吐く。


 事が解決し、咲光は一同を見た。



「戻りましょうか」


「そうだな」


「…うん」


「そういえば穂華ほのかちゃん。占いで何言ってたの?」


「インチキだもん。適当な事言っておいたよ」



 話をしながら宿に戻る。出て行った時と同じようにこっそり窓から室に戻り、布団に入った。

 そんな中、咲光は一人、小さな蝋燭を灯して一枚の紙と筆を出す。



(朝一番に宿を出るにしても、何も言わずは申し訳ない)



 だからせめて、文を残して行こう。

 そう思って咲光は筆を走らせる。きちんと断りの言葉と、感謝と。



「寝ないのか?」



 そっとかけられた声に、咲光は隣を見る。そこに総十郎がいた。

 動く音には気付いていたので驚かない。


 覗き見て来る総十郎の長い髪が、肩からはらりと零れた。



「はい。せめて文でも残して行かないと、猪山いのやまさんに申し訳なくて…」


「そうか…」



 それ以上を言わず、総十郎は腰を下ろした。眠ると思っていた咲光は少しだけ驚いて、再び文を書き始める。


 そんな姿を総十郎は見つめる。

 元々猪山に対し怒っていなかった咲光。朝一番に宿を出るとした時点で、こういう事はするのだろうと思っていたが、やはりそうだった。

 だから思わずクスリと笑みがこぼれてしまう。

 コテンと首を傾げて見られたが、何でもないと総十郎は首を横に振った。



「なぁ咲光」


「はい?」


「お前は、誰かと幸せになる道は考えないのか……?」



 思わぬ問いに咲光は目を丸くする。そんな反応に、言った総十郎も困ったような表情を浮かべた。


 今進む妖退治の道は危険だけれど、だからといって選んでいけないものなどない。



「悪い。忘れて……」


「前に、照真と話した事があるんですけど…」


「…?」



 静かに遮った声に、総十郎は咲光を見た。

 その時の事を思い出したのか、咲光はクスリと笑みを浮かべた。



「私が婿を取って、照真がお嫁さんを貰えば、また家で賑やかに過ごせるねって」


「……成程な」


「私がお嫁に行っても、あの家で暮らしてくれるっていうのは難しいかとも思って」


「……相手によるなそれは」



 そうなんですよ、と咲光は笑った。そして、幸せそうに笑う。



「あの家でまた過ごす事が今の夢でもあるので、それが幸せの道でしょうか」



 あの家で。桃の木が立つあの家で。また賑やかに。その幸せを想像して、総十郎も頬を緩めた。


 やがて文を書き終えた咲光と、それぞれ自分の布団に入る。目を閉じて眠る四人を見て、総十郎はそっと目を閉じた。



(俺はこれだけの仲間に恵まれて、幸せだよ…)



 仲間をすぐ傍に感じながら総十郎は眠りについた。


 そして夜が明けてすぐ、一同は宿を出て町を後にした。








 それから時間が過ぎ、宿を訪れた猪山は咲光達が旅立った事を知った。

 咲光から預かったという文を女将から貰い、それを読む。中には結婚は出来ない事、散策は楽しかった事。感謝と、そして占いにすがる必要はない事、占い師はもういない事。一つひとつ丁寧に記されていた。



(最初は、占い通りの運命の人だと思ったんです。でも、話をして、俺は……。でも分かってます。俺とあの人じゃ、貴女からの信頼も貴女の笑顔も全然違う…)



 負けないと思い続けながら見ていたから、分かる。猪山は涙を堪え、流れないように空を仰いだ。






♦♦




神来社からいとさん、咲光さんと恋人のフリ嫌だったの?」


「穂華。お前も照真か八彦やひこの恋人のフリするか?」


「え……」



 朝早くに町を出たので、少し早い休憩をとっていた一行の中で、総十郎の言葉に穂華が良いも悪いも言い切れぬ様子で頬を膨らませる。と、そんな様子に総十郎が笑った。

 総十郎の冗談には照真も八彦も苦笑い。咲光もクスリと喉を震わせた。



「あ、あれ!」



 総十郎の視線からそそっと逃げていた穂華が、空から飛んで来る白い鳥を見つけた。


 その声に咲光達も空を見上げる。やって来た白い鳥は総十郎の手に止まると、ポンッと文に変わる。早速内容に目を通した総十郎は、それまでと変わらぬ調子で告げた。




「仕事だ」




♦♦






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