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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第八章 占い騒動編

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第百十六話 一人じゃないの

 空がすっかり暗くなり、宿も町も静かになった時間、咲光さくや達は部屋で準備を整えた。

 動きやすいよう慣れた着物に着替える。退治が目的でないとはいえ刀を持たない訳にはいかないので、四人は腰に刀を差す。


 となると、一つ問題が生じる。



「退治人だってバレますね…」


「そこで穂華ほのか、協力してくれるか?」


「え、私?」


「勿論、安全は確保する。照真しょうま。穂華の護衛を」


「はい」



 自分を指差す穂華の隣で照真が頷いた。が、留守番を言い渡されるつもりだった穂華は、自分が参加してもいいのか迷う。

 その迷いを確かに見て取り、総十郎そうじゅうろうは「大丈夫」と優しく告げた。



「嫌ならいいんだ。俺達の誰かがやればいい事だから。今回は退治衆の仕事のように危険なものじゃない。それは照真が教えてくれた妖気で分かってる」


「だから、神来社からいとさんは私も参加させてくれるの…?」


「あぁ。尤も、思うより危険になったらすぐ逃げろ、だけどな」


「分かった。やる」



 総十郎の言葉に穂華は少し緊張気味に頷いた。咲光と八彦やひこはちらりと総十郎を見たが何も言わない。


 そして、一同はこっそりひっそり部屋を出た。夜が更ければ宿の人は客の部屋は訪れない。が、見つからないよう窓から出入りするようにする。


 夜道を祠のある所まで走る。祠は町のはずれの山の入り口にあたる所にある。

 そこへ向かいながら、総十郎と八彦が何かを話している。足が速い二人はかなりゆっくり走ってくれている。それを後ろで見ながら、穂華と共に走る。人がいる時は物陰に隠れてやり過ごした。








 祠が見える場所で、一同は立ち止まり物陰からこっそり覗き見た。


 夜更けにも関わらず、祠の前には一人の女性と一人の男性がいた。男性は少し離れていて、時折女性を気にしている。同行者だろうと思われた。そんな組み合わせに総十郎もやれやれと肩を竦めながら、祠の妖気を探った。



(確かに妖気を感じる。だが、これは雑鬼ざっきより少し強いくらいだな)



 総十郎は正確に感じ取ると、咲光達を振り返った。



「相手は想定通りだ。行くぞ」


「はい」



 小さく告げられた言葉に、咲光と八彦は頷く。そして穂華を振り返り、緊張を和らげるように笑みを浮かべた。



「…穂華……気をつけて…。…すぐ…つ…捕まえる……から…」


「照真がいるなら安心してね」


「うん。ありがとう」



 二人の言葉にホッと息を吐き、総十郎の強い頷きにも同じものを返す。


 そんな穂華を見つめ、咲光と照真、総十郎は動き出した。その姿が見えなくなり、照真と穂華だけが残る。

 照真の視線の先では、まだ女性が祠の前にいる。もう少しかかりそうだ。照真は視線を祠から穂華へ向けた。



「緊張してる?」


「う、ううんっ大丈夫。最近は雑鬼だってよく視てるし。強くないんでしょう? なら大丈夫」


「無理しなくていいよ。強張ってるし」


「うっ…」


「大丈夫。俺達が傍にいるから。絶対に危険な事にはさせない」



 目を合わせ、照真がゆっくりと、だけど力強く言ってくれる。だから安心出来た。強張っていた緊張も解けていくのが分かる。穂華は「うん」と頷いた。



「でも、早く何とかしないと、咲光さんと神来社さんが参っちゃう」



 思わず照真も吹き出した。笑ってしまうと穂華も笑う。

 すっかり緊張が解けた穂華は、祠の前から女性が去り、男性と合流して去っていくのを見ると「よし」と気合を入れなおした。



「行ってくるね」


「うん。近くにいるから、安心して」



 スタスタと穂華が祠に向かうのを見て照真も動く。


 祠まで歩く足は自然と動いた。一人で動く時は緊張や少しの恐怖で強張っていた頃を思い出す。



(咲光さんのお見舞いと照真さんに謝りに行った時は、こんな風になんて動かなかったな…)



 今は自然と動く。何でかなと思いながら頭に浮かぶ四人の顔に、自然と嬉しい笑みがこぼれた。


 総十郎の指示通りならば、すでに咲光と総十郎、八彦は祠を囲むように距離を詰めている。そして照真は自分のすぐ傍に居るはず。そして、自分が占いをしてもらいに来たと見せかけて捕まえる事になっている。


 移動した照真は、祠の中の妖気が動かないのを感じ取りながら、穂華を護れる位置を保ち隠れて様子を伺っていた。


 祠の前へやって来た穂華は「占い師様聞いてください」と祈るように手を合わせた。生憎とそこからの相談内容が聞こえないが、そこは本題に関係ないので意識は祠へ向ける。

 少しでも穂華へ対しおかしな行動をすれば即刻斬る。僅かな動きも見逃さない。


 穂華は何かを告げると口を閉ざした。そして、とても驚いた表情を見せた。

 が、そこで祠の中の妖気は異変を感じ取ったのか、カタリ…と動いた。


 一瞬の旋風に穂華は腕で前を覆った。静まった風に腕を除け目を開けると、見慣れた背中があった。



「照真さん…!」


「お疲れ様、穂華ちゃん。終わったよ」



 照真は鞘に手を添えていたが、刀を抜いてはいなかった。


 ホッとしながら前を覗くと、そこには八彦に押さえつけられた小さな狐のあやかしがいた。八彦の傍には咲光も総十郎もいる。



「やっぱり、八彦が一番速かったな」


「はい。凄い…」



 総十郎と咲光の褒め言葉に八彦が照れくさそうに俯く。その手はしっかりと狐を捕まえており、狐も暴れるのをやめていた。

 そんな狐の前に総十郎が膝を折る。



「さて。で、お前はどうしてこんな事をしてる?」


「………………」


「お前がしている事は人々に要らぬ不安をいだかせる行為だ。万所よろずどころとして見逃す事は出来ない。解るな?」


「……だっ、騙される人間が悪いんだ!」


「人の心に付け入ったお前の行為は正当化されない」



 どこまでも揺るがない毅然とした態度と言葉。そんな総十郎を見て狐も言葉を紡ぐのを止めた。

 それを見て八彦は手を緩めようとしたが、すぐに「まだだ」と総十郎に制される。



「斬るのか? 俺を」


「いいや。だが野放しにはしない。もう二度と人心を惑わせもてあそぶような事はしないと誓うなら解放する」


「する! するから!」


「本当だな? 言っておくが、万所は口約束をしたからといって対処を怠るような事はしないぞ」


「うっ……」



 総十郎を見ていた穂華が、そそっと照真の後ろに隠れた。うん。気持ちは分かるよ。と、照真もどこか遠い目をした。






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