第百十四話 …お疲れ様です
「ただいま…」
「あ、二人ともおかえ…り……」
夕暮れ時。先に宿に戻っていた照真達は、後から戻って来た咲光と総十郎を部屋で出迎えた。が、戻って来た二人を見て絶句。
どこで戦って来たんですがと聞きたくなるような満身創痍な様子。今すぐに布団を用意した方がいいですか? と思わず穂華が押し入れから布団を引き出すと、総十郎がそこへ倒れ込んだ。咲光もヘタヘタと座り込む。
そんな二人に八彦は視線を彷徨わせた。
「だ……大丈夫…?」
「…うん。何とか…」
「姉さん、何が……?」
ピクリとも動かない総十郎をちらりと一瞥し、照真は咲光を見る。と、あはは…と乾いた声と笑みが返って来た。
あ、聞いちゃいけなかったかも…と察しても時すでに遅し。
「聞きたい? 色んな店で贈らせて下さいって言われるのを固辞したり、神来社さんのどこが好きなんですか? なんで彼なんですか? その愛は確かなんですか? って言い逃れを許してくれない執拗な問いとか、一日中神来社さんに敵対心剥き出しだったとか聞きたい?」
「もう結構です……」
三人は揃って、勘弁してくださいと訴える制止の手を上げた。
照真は不憫な思いで総十郎を見る。一日中ビリビリと勘違い敵対心に晒され続け、疲れるのも無理はない。総十郎が恋人のフリをしたのが始まりとはいえ同情を禁じ得ない。
なんだかもう、二人が可哀想になってきた…。うるうるとなってしまう目許を手巾で拭えば、「何で泣くのかな?」と疲れている咲光も少し冷たい。
が、咲光もそんな自分に気付いたのか、ふぅと息を吐く。そして総十郎の元へ行くとその傍に腰を下ろした。
「神来社さん。すみません。私の所為で…」
「謝るな。この事態を招いたのは俺だ。お前に非はない」
倒れていた総十郎は、ぐるりと仰向きになると大きく息を吐いた。そしてひょいと身を起こす。
「この事でもう謝るな。それに、あの執拗な問いに答えさせることになって悪かったな」
「いえ。それに…猪山さんが思っている感情ではなくても、私は思っている事を正直に言いました。嘘偽りはないので困ってはいませんよ?」
「……そうか。動転してないなとは思ったが、お前も凄いな。あの勢いによく…ふふっ…」
「一人じゃ困りすぎて立ち回れませんからね!?」
なんだか二人も復活してきた模様。照真達もホッと息を吐いた。
ひとしきり笑った総十郎は、さてと…と照真達を見た。
「で、占いについては何か分かったか? 早々に対処出来そうなら今夜にでもやろう。そして早朝に宿を出よう」
あ、やっぱり相当だったんですね…。三人の胸中は同じだが、それを口に出すことはしない。
照真は昼間に集めた情報を二人に伝えた。
噂の祠に向かうと、言っていた通り小さな祠があった。地蔵が入りそうな大きさで、すっかり苔が生えていた。そして、そこには微かに妖気が漂っていた。弱い妖気だったが、照真と八彦は周りを見回った。が、その主は見つけられなかった。
次いで、占いの内容について情報を集めた。
「両親に腹が立っていた人は、数日後に両親が寝込むって言われて、本当にその通りになったとか。盗人に入られたって相談したら、次の日には盗まれた物が戻って来たとか。鼻緒が切れるって言われて、帰り道に本当に切れたとか」
「…全部…当たったって…」
一連の内容に、総十郎は胡散臭いと言いたげに顔を顰めた。それは咲光も同じ。
「一度当たればそれが広まる。そして、面白半分興味半分で人が増え、終いには占いを心の頼りにする人も出て来る。妖の次に厄介な事態だ。しかも、そこに妖気があったならそれは占いじゃない。妖の仕業だ」
「でも、どうしてそんな事を妖はしてるんでしょう?」
「自分の言葉で人があたふたしてるのを面白がってるのかもな」
総十郎の言葉に、照真達もムッと眉間に皺を寄せる。
面白さやからかい目的である人は多いかもしれない。だが、中には真剣に悩んでいる人もいただろうに。
「……どっちもどっちじゃ、真剣な人がバカみたい」
苛立つように放たれた穂華の小さな声に、総十郎も真剣な表情を見せた。
「悩みの大小は人によって違うが、それを笑う権利は誰にもない。だが、もっとも馬鹿馬鹿しいのは、己の価値基準でそれを小さいと決めつける事だ。悩みに限らず、何かに真剣である事は素晴らしい事だと俺は思う」
「はい。大事な事は人によって違いますから」
「うん。だから猪山さんにとっても、とても大事な事なんだよな」
「……そうだな。というか照真。お前は何で傍観者側なんだ? 姉だろう」
「え。神来社さんがいるなら大丈夫かなぁって……」
「お前なぁー…」
呆れ交じりの総十郎に、照真はあはは…と乾いた笑みをこぼす。咲光も困ったように笑っていた。
フッと吹き出してしまった穂華に、八彦も照真と総十郎を見て少し笑みを浮かべたが、すぐに「あ…」と咲光を見た。
「あの…人は……どうして、咲光と…結婚したいの……?」
「私も気になって聞いてみたの」
咲光は一度総十郎を見た。返って来る頷きに咲光は昼間の事を話した。
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「あの、猪山さんは、なぜ私と結婚したいんでしょう?」
茶店で一息ついている時、咲光はずっと疑問に思っていた事を聞いてみた。
隣には猪山。逆隣には総十郎がいる。総十郎との距離は何故かないに等しいが、猪山との間には団子や湯のみが置いてある。総十郎が取りやすいように間に団子を置こうとしたら返されてしまってこうなった。
咲光の問いに、団子を食べた猪山はまっすぐ咲光を見つめて答えた。
「運命の人だからです!」
「……いえ…えっと…そうではなくて…」
「違いませんよ?」
「………えっと…では問いを変えますが、猪山さんのように誠実な方なら他にも良きお話はあると思いますが…」
「え、そっ…誠実なんてそんな…」
いや、そういう反応をしてほしいのではなく。しまった言い方を間違えた。
照れたように頬を掻く猪山に咲光は二の句を継げなくなる。そんな咲光を手助けするように総十郎が代わりに続けた。
「会った時、占いがどうって言ってたが、それが理由か?」
「え? あ、はい。実は先日、交際させていただいていた女性と縁が切れまして……。親はこのまま結婚を見てくれていたので申し訳なくて…」
思い出したのかしょぼんとしてしまう姿に、咲光もその落ち込みを理解した。結婚まで見ていた程の人ならば、余計に辛いだろう。
「それで、どうすればいいかと占いをしてもらったんです。そしたら…」
「そしたら?」
「「遠からず、貴方を気遣ってくれる心優しい人が現れますよ」という結果が出たんです…! 当たると有名なので、俺はすぐにそれが咲光さんだと解りました!」
怪訝そうな総十郎の視線には気づかず、猪山は空を仰ぐ。その突き抜けんばかりの明るさに咲光も何も言えない。
そしてそのまま、猪山はくるりと咲光を振り向く。
「なので! 俺は諦めません!」
「あ、え……」
「その方より俺が良いと思ってもらえるように頑張ります!」
「諦めろ」
「諦めません!」
咲光の手を取ろうとする手を総十郎は弾き落とす。そんな二人に咲光も苦笑うしかない。
再び歩き出した猪山を見つめ、咲光は隣を歩く総十郎を見た。
「猪山さん。神来社さんに絶対負けないって敵対心出してますけど、無視したり乱暴な事を言ったりしない方なんですね」
「元々そういう事をしないのか、それとも正々堂々勝つつもりなのか……。まぁ今は事が事だけになんだが……良い奴なんだろうな」
「はい。でも結婚は出来ません」
「……お前がはっきりそう言い続けて諦めてくれるのが一番いいんだけどな」
はぁと大きく息を吐いて肩を落とす総十郎に、咲光はクスリと笑みをこぼしながらも、慰めるようにポンポンッと腕を叩いた。
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