第百十三話 絶対
「俺も行く」
「………はい」
総十郎が引かないだろう事は何となく読み取れた。それに、一緒に来てくれる事は心強い。
咲光の説得で猪山も、渋々ながら総十郎の同行を了承した。「行きましょう」と入り口を出ようとする猪山を見て、総十郎は一度振り返った。
陰に隠れていた照真を呼ぶ。「バレてた」「当たり前だ」と言いながら、総十郎は照真にコソコソと何かを耳打ちする。ふむふむと頷いていた照真が「分かりました」と返事を返すと、総十郎は咲光と共に宿を出ていく。
出掛けて行った姿が見えなくなり、穂華と八彦が照真の元へ駆け寄った。
「なんだか、余計に厄介な事になっちゃったね」
「……うん。…照真…神来社さん……何て…?」
「仕方ないから、恋人のフリ続けるって」
「あー、やっぱり。仕方ないね」
「それから、占いについて調べといてくれって」
コテンと穂華と八彦は首を傾げた。何で急に占い? と言いたげな表情に、最初は照真も同じだったが、総十郎の言葉で思い出した。
猪山も、最初に会った時「占いが…」と言っていた事を。それがどうにも、総十郎の勘に引っかかったようである。
「神来社さん。恋人のフリして怒ってるってみせて、すごく冷静だったから、二人は大丈夫。俺達も行こう」
「うん」
迷いなく頷いてくれる穂華と八彦に感謝しながら、三人も外出準備を始めた。
町は小さいが貧しさは見えなかった。この町は彫り物をする人が多いようで、店でも木彫りや石彫りが売られている。それに近くの大きな町にも売り出しに行っているそうで、人々は忙しい毎日を送っているようである。
そんな町の中を、占い探しをして歩く照真と八彦、穂華の三人は、それらしい店を見つけられずにいた。
雑鬼に聞いてみようかとも思ったが、くかぁ~と気持ちよさそうに眠っている姿が目立つし、仕事でもないのでやめておいた。人に聞きながらのんびり進む事にする。
そんな中、探していた八彦が照真に問う。
「…う…占いって……どんなもの…?」
「俺もよく知らないんだ。育った村でも見た事ないし、占ってもらった事もないし…」
照真自身、占いに興味はない。咲光ともそんな話をした事がない。
首を傾げる照真と八彦に、穂華が指をたてた。
「方法は色々あるって聞いたよ。棒とか札を使うとか、産まれた月とか。それで「こういう危険がある」とか「こんな事あったでしょ」とか、そういうの言い当てたりするんだって」
「へぇー」
穂華の説明に二人は純粋に感心。穂華は少し照れた様子で頬を掻いた。
「穂華ちゃんは占いの経験あるの?」
「うん。一回だけ。お姉ちゃん達と一緒に行った事あるけど、何言われたのか忘れちゃった」
首をいくら捻っても思い出せそうにない。まぁいいや、どうせ大したことじゃないだろうし。そう思って思い出すのをやめる。というか、行った事さえすっかり忘れていた。
それらしい店が一向に見当たらず、照真と八彦は一旦足を止めた。
「店がないなら誰かに聞かないと分からないな…」
「…うん。…あ……穂華は…?」
「え?」
前後左右、どこを見ても穂華の姿がない。一瞬慌てた照真だったが、すぐに八彦に「あそこ」と示された。
その方を見れば、二人の町娘と話をしている穂華の姿がある。声は聞こえないが、パッと表情が明るくなっていたりして楽しそうだ。
ひとまず穂華を待つことにする。穂華はすぐに戻って来た。
「照真さん。八彦君。情報収集出来たよ!」
「本当? でも穂華ちゃん。何も言わずにいなくなると吃驚するよ」
「ごめんなさい……」
怒ってはないが、照真の言葉に穂華はすぐ謝った。確かに一言言って行くべきだった。
(私も同行させてもらえるからって浮かれてたかな…? 駄目駄目)
これがもし妖絡みであれば情報収集が目的でも同行させてはもらえない。今回は別だ。役に立ちたいと思っても、それで迷惑をかけてはいけないと穂華は自分に言い聞かせる。
そんな表情に照真は微かに笑みを浮かべる。
「自分から動いてくれて、ありがとう」
「! ううんっ!」
穂華の情報を聞く為、近くを流れる川辺に腰を下ろす事にした。
「占いって有名みたい。絶対に当たるってさっきの子達が」
「…え…ぜ……絶対…?」
「……なんだか嘘っぽい。それで?」
「町の外れに、小さな廃れた祠があるんだって。元は地蔵様があったらしいんだけど…。で、そこに一人で行って悩みとか相談をすると……」
「すると?」
「祠から答えが返って来る、らしいよ」
疑心が表情を歪ませる。「二人とも顔ヘン」と穂華に注意されてしまうが、歪んでしまうのは仕方ない。
照真は腕を組んだ。
「そもそも、占いって当たる事もあれば当たらない事もあるものだろう? 絶対は怪しい」
「…あ…妖…?」
「うーん。でも何でそんな事するんだろう? 当たってるんじゃ人が困る事もないのに」
実際に困ってる姉が傍に居るが…。そう思うと、照真の表情も微妙なものになってしまう。
(でも結婚まで占いに任せるってなると、よっぽど当たるって評判が確かなんだろうな……)
だから、あの猪山もあれほど咲光に言い寄るのだろうか…?
(うーん。でもなぁ、神来社さんがいるから言い寄っても無駄だと思うんだよなぁ。ここで神来社さんが、どうぞって二人きりにさせるとも思えないし。……待てよ? そもそも神来社さんは恋人のフリ続けるつもりだけど、姉さんはそれで良かったのかな? 姉さん、神来社さんと恋人のフリ…出来るのかな?)
うむむむっ…と照真の表情がだんだんと難しい考え事をしているように変わっていく。それを八彦も穂華も怪訝そうに見つめた。
なんだか全然戻って来そうにないので、「照真さん」と何とか呼び戻す。
「照真さん。私気になる事があるんだけど」
「何?」
「占ってもらって、良くない事とか不吉な事とか言われたらどうするのかな? 絶対に当たるんでしょう?」
それは確かに。そう考えて、照真は総十郎が調べるように言った理由を理解した。
いらぬ不安や恐れを広める原因は調べ、可能ならば除かなければならない。人なら注意し、妖なら祓うなどの対処を。どちらでも総十郎は対処するつもりだろう。
そう考え、「よし」と照真は立ち上がった。
「まずは、その祠に行ってみよう。占ってもらった人にもちょっと話を聞いてみる」
照真の言葉に、穂華も八彦も頷いた。




