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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第八章 占い騒動編

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第百十二話 恋人(仮)

 旅の疲れもあってぐっすり眠った翌朝。



「ご馳走様でした」



 手を合わせて朝餉の終わり。食べ終わった膳は廊下に出しておくと宿の人が回収してくれる。


 食後のお茶を飲みながら、一同ホッと息を吐く。



「この後どうする?」


「久しぶりの町だしゆっくり見て回るか?」


「小さいけどお店も色々あったみたいだし、私は賛成」


「私も。八彦やひこ君はどう?」


「…うん。俺も…」



 これからの予定を決める一同の耳に、「失礼します」と襖の向こうから声がかかった。「どうぞ」と入室を促せば、そこには宿の人の姿。正座して少し困ったような顔をしているのを見て、照真しょうまは首を傾げた。



「どうかしましたか?」


「実は…表に娘さんを訪ねて…男性が…」


「男性?」


「はい。その…黒くて長い髪の…赤い羽織の旅の女性を探していると…」


「………………」



 あー…。ありますね、心当たり。

 全員の胸中は同じ。困った様子の宿の人に加え、照真や穂華ほのか、八彦の視線まで突き刺さり、咲光さくやはガクリと肩を落とした。



「えーっと…。心当たりがないわけではないので、私が行きます…」


「ありがとうございます」



 ホッとした様子で立ち上がる宿の人に続き、咲光も立ち上がった。そして部屋を出る前に照真達を振り返る。

 その表情はいつもと変わらない笑みだった。



「ちょっと行ってくるね。皆は先に町の散策に行ってて」



 そう言い残し、咲光は行ってしまう。何も言わず見送るしかなかった照真達は、そそっと身を固めた。



「……昨日の人?」


「だよね。やっぱり姉さんの事諦めてくれないのかな?」


「なんだかすっごく、この人だ! って顔してたもの。咲光さんどうするのかな?」


「…咲光……昨日もすごく困ってた…」


「うーん…。結婚はしないだろうけど、断るの大変そうだし…」



 八彦は少し心配そうな顔をしている。この事態をどうすべきか悩む三人の前を、スッと何も言わず横切る人物。

 それまで何も言わなかったその人の行動に、三人は顔を見合わせると、こそこそと隠れるように後を付いて行った。








「朝早くにすみません。どうしてももう一度逢いたくて探しました」


「いえ…。えっと、どういったご用件でしょう?」



 深く頭を下げると、次に頭を上げた時にはパッと笑顔を見せる男。少し戸惑いながらも、店の邪魔にならないよう入り口の端で応対していた。


 男がズイッと咲光に身を乗り出すと、自然と咲光は少し後ろに身を反らす。



「改めまして、俺は猪山いのやままことと申します。貴女のお名前は?」


「…村雨むらさめ咲光です」


「咲光さん…! 咲光さん。俺と町を一緒に歩きませんか? 小さな町ですが是非案内させてください!」



 たった今それを仲間と計画していた所なんです、なんてとても言えない。


 えーっと、えーっとと考える。こういう状況は馴染みがないし慣れない。猪山は純粋な好意を持ってくれている。それを、相手を傷つけたり気分を害するような方法で拒みたくなかった。

 だから余計に困る。なにせこうも好意を向けられた事がない。



「えーっと、それなら、私の仲間も一緒でもよろしいですか?」


「一緒にいた男の子や女の子ですね。はい勿論。ですが! あの男性にはご遠慮して頂きたい」



 最後はやけに強調された気がした。

 猪山が言う男性が誰なのかはすぐ理解した。総十郎そうじゅうろうの事だ。



(どうしよう…。勘違いしたままなんだ)



 ここで、実は違うんですと言ってしまうと事は振り出しに戻る。もう戻ってるかもしれないが…。実は相手はいませんというのも同じ事を招く。生憎ここですんなりと別の人物は思い浮かばない。いない人をつくりだすのは難しい。

 だから、総十郎が恋人だというフリをするしか思い浮かばない。



「だ…駄目なんですか…?」


「はい。俺はあの人には負けられないんです。咲光さんには、まず俺の事を知ってほしいんです」


「そういうのは俺を通してからにして欲しいんだが?」


「!」



 聞き慣れたはずの声が、少し低く聞こえた気がした。

 ハッと咲光が振り向けば、こちらに来てくれる総十郎。その姿に無意識にホッと安堵の吐息がこぼれた。が、総十郎はどこか不機嫌そうで、その表情はあまり見た事がない。



「すまない、遅れたな」


「いえ……」



 総十郎はそのままやって来ると、咲光の肩に手を置き少し下がらせた。

 自分と咲光との間に立つ総十郎を、猪山はまっすぐ見上げた。



「いい加減諦めたらどうだ。咲光はすでに断ってる。それも無視か」


「いいえ。昨日はいきなり過ぎたんです。俺はまず俺の事を知ってもらう事にします。何か問題でも?」


「咲光はそんなにほいほいと気持ちが変わる女じゃない。大体、お前の事を知る必要もない。俺がいる」


「さては、彼女を取られるんじゃないかと不安なんですか?」


「なわけあるか」


「俺は帰りません。今から咲光さんと町に行くんです」


「そうか。俺も行こう」


「ご遠慮願います!」



 …ごめんなさい。口を挟めないです。

 困る咲光はとりあえず二人を止めようと、総十郎の着物を掴んだ。



「……神来社からいとさん」


「あぁ…。すまない、困らせたな」



 すぐに気づいた総十郎は振り返って申し訳なく眉を下げた。そんな見慣れた様子にホッと息を吐く。

 が、総十郎はすぐに表情を変えた。



「俺も行く」


「………はい」



 総十郎が引かないだろう事は何となく読み取れた。それに、一緒に来てくれる事は心強い。






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