第百十話 いきなりですね
日野から思っていない知らせを受けて数日後、火の国は年越しを迎えた。
一年を無事に過ごし次の年への明るい希望を乗せ、町は華やかに活気づいてお祭り騒ぎになる。町を離れれば家族でまったり新年を迎えるという所もあるそうだ。
神来社家はその類の過ごし方で、家の中で家族だけで年越しを迎える。新年には多くの参拝客が訪れ神に挨拶をするので、神来社家の新年は仕事で忙しい。唯一、年越しと新年を数日過ぎてからがゆっくり過ごせる時間になる。
新年早々から、総十郎を含めた神来社家の面々は家の仕事に明け暮れた。それには咲光達も出来る限りの手伝いをした。あっちへこっちへ、てってっけと広大な敷地内を走り回り、これはこれで鍛錬だと照真は張り切って手伝っていたそうだ。
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忙しない神来社家での滞在を終え、一行は落ち着いた頃に旅へ戻った。
休んで歩き数日野宿が続く。町へ立ち寄る事はあれど、今は絶賛山の中である。
「ふぅ……」
「穂華ちゃん大丈夫?」
「うん…」
こぼれた穂華の疲労の混じる吐息に、照真が心配そうに声をかけた。野宿の間、穂華はせっせと動いてくれている。おかげで鍛錬に集中出来るが、穂華はこういう歩き続ける旅には慣れていない。
穂華を見た総十郎はすぐに決断。
「今日は町で宿を取ろう。野宿も続いてるしな」
「そうですね。ここから近い町はどこ辺でしょう?」
「そうだな……」
地図を取り出して咲光と総十郎が行先を相談する。それを見て、照真は穂華に手を差し伸べた。
「荷物持つよ」
「…いいよ。照真さんだって疲れてるでしょう?」
「俺は平気」
言葉通り、その表情は疲れを見せてない。穂華はそんな照真を見て少しだけ悔しそうな目をした。荷物を渡してくれない穂華に照真はコテンと首を傾げる。だんだんとむすっとする穂華の表情に、何で? と余計に首を傾げる。
そんな二人に咲光は思わず吹き出した。同じように総十郎も笑う。
「まぁ穂華。頼んどけ」
「……分かった。私もっと体力つけないと」
「?」
最後は自分への決意表明のように紡ぎ、照真には聞こえなかったようで首を傾げたまま。
穂華から鞄を受け取り、照真は歩き出す。重さなんてどうってことないような照真の後ろを、穂華は追いかけた。
やって来た町は小さくも大きくもない町だった。仕事中ではないので一行は宿を探す。
町の通りを看板を見ながら歩いていると、咲光と照真は進む先に見えた光景に足を止めた。
(あれ…?)
突然立ち止まった二人に穂華も足を止めた。首を傾げて二人を見ながら、次にその視線の先を見る。
町通りの中に、二人の人物がいる。何やら精魂尽き果てた様子で覇気も生気も感じられない男性と、その傍にはそんな男性を心配するような少年が一人。少年は咲光達と同じように背に細長い刀袋を持っている。その髪色は色素が抜けていて、両手をオロオロと彷徨わせている。
「まさかこんな所で…」
「神来社さん知り合い?」
傍で漏れた声に穂華が反応すると同時に、咲光と照真がその二人の元に駆け出した。二人に少し驚く穂華も、総十郎に促され後を追った。
走って駆け寄ると、その先にいた少年もこちらに気付く。そしてあっと驚いて目を瞠った。そんなはっきりした反応が嬉しい。
「八彦君!」
「照真…! 咲光…!」
驚きと嬉しさの混じる声音が呼んでくれる。そんな声も再会も嬉しくて仕方ない。
八彦は別れた時よりも体つきも立派になっていて背も伸びているようだった。腕も肩も筋肉の付きがはっきりと分かる。着物も新しい物のようで、形は総十郎のものと同じだ。紺と白の着物の上には黄緑色の羽織を羽織っていた。
「え…え、何でここに!? 仕事?」
「…う……ううん…えっと…」
「あ、ごめん。嬉しくてつい…」
「もう照真」
喜色に顔を染めながらも、すぐにハッとしてシュンと眉を下げる照真に、咲光もクスリと笑う。八彦もそんな二人を見て嬉しそうに少し笑みを浮かべた。
二人の声が聞こえていたので、この子が八彦かと穂華も理解して八彦を見る。が、一度視線が合うと、なぜかオロオロと逸らされて忙しくなく視線が動き、二度目は合わせてくれない。
そんな八彦の様子に怪訝と視線を向ける。八彦の様子に気付いた照真が「後で紹介するね」と八彦と穂華の間に入った事でひとまず落ち着く。
そんな三人を見てから、咲光は八彦が声をかけていたらしい男性を見た。やって来た総十郎も含め全員の視線が向く。見た所十七、十八という年の頃だろうか。
「どうかされましたか? どこか気分でも悪いのでしょうか?」
「…………………」
ぼんやりとした目が、その時にやっと周りに気付いたかのように動く。生きる気力もないかのような様相に咲光も心配そうに男性を見つめる。と、ゆっくり男性が咲光を見た。
「大丈夫ですか?」
誰か知らないが女性が自分を心配してくれている。見も知らぬ相手である自分を。それを理解し、男性の目に光が戻った。
『遠からず、貴方を気遣ってくれる心優しい人が現れますよ』
そうだ。恋人に振られた自分にそう言ってくれていた。それはつまり――
無気力だった男性が一転、ガシッと咲光の手を握った。
「結婚して下さい!」
しーん…と全員が沈黙。いきなりだなと瞬く総十郎と、あらやだと口元に手を当てる穂華、えーっと何ですかと男性をじっと見る照真、言葉を理解し咲光と男性を交互に見る八彦。
手を握られた上の発言に、咲光は困惑しか出来ない。どうしてこうなった。
「…すみません。結婚は出来ません」
「どうしてですか!?」
「どうしてと言われましても、初対面ですし、互いの事は何も…」
「では、互いの事はこれから知っていくという事でどうでしょうか!」
これは駄目だ。どうすればいい。そもそもうだうだと引っ張って良いものではないはずだから、はっきりきっぱり告げた方がいいのではないだろうか。
「結婚は出来ません。私には、しなければならない事があります」
男性を見て、一切視線を逸らさず咲光は告げた。




