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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第七章 例大祭編

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第百九話 師匠は緊張する

(この方は、空気が違う……)



 咲光さくやはすぐにそう感じた。これまで出会った“とう”とは明らかにまとう空気が違った。

 冬の空気のように張りつめているように思えるのに、どこか寂しさのようなものがある。だけれど、その瞳には春の陽だまりのような確かなあたたかさがある。


 二人を見ていた雨宮あまみやの視線は、すぐに鳴神なるかみ日野ひのに向けられる。



「会議の前に話があると総元そうもとが仰っておられました。二人とも、行きましょう」


神来社からいとは?」


「あ、神来社さんは総元とお話があるみたいでした」


「そうなの? じゃあもう行ってるかな。ちょっと行ってくるわ」


「また後で」


「はい」



 ひらりと手を振り、鳴神と日野が雨宮と共に隣の吹き抜けの建物に向かう。三人の背中をじっと見つめ、咲光と照真しょうまは「よしっ」と稽古を始める事にした。


 総元と“頭”による会議は、入所の試しと同時に行われ、その場では万所よろずどころ全体に関する事やあやかしの事が話し合われるらしい。入所の試し自体が一日がかりで夜間も通して行われるので、その最中に合否の振り分けを行っても時間がかかる。そのため、休憩を挟みながら行い、夜間は寝ないらしい。

 聞いた時には、その大変さに言葉も出なかった咲光と照真である。


 会議の間、その邪魔にならないよう広い庭の隅や玄関側で稽古を行う。筋力と柔軟の鍛錬、広い敷地を全力疾走、打ち合い稽古、入所前に戻ったかのように一日中全力稽古。朝から夜まで鍛錬に明け暮れたその日、隣の建物には夜間もずっと蝋燭ろうそくの灯りが灯っていた。








「あー、疲れた」


「ちょっと鳴神さん」



 翌日の昼を過ぎて“頭”の面々が戻って来た。鍛錬していた咲光と照真、二人を見ていた穂華ほのかはすぐに駆け寄る。

 鳴神と日野の後ろからは総十郎そうじゅうろうと雨宮がやって来る。



「皆さんお疲れ様です」


「おぉ、終わった終わった」


「鳴神さん…なんだか脱力した顔になってますね」


「分かる? 疲れたもん」



 トンッと外廊下に腰を下ろした鳴神を、日野はため息を吐いて見つめた。が、そんな日野の表情にもやはり疲れが見える。

 そんな日野に咲光は首を傾げそっと問う。



「お疲れですか? 水でも貰って来ましょうか?」


「大丈夫よ。ありがとう。私、“頭”の中じゃ一番新参だから、会議もまだ経験浅いの」


「そうなんですか? そういえば……今の“頭”では雨宮さんが一番長く務められてるって神来社さんが」


「えぇそうよ」



 咲光の言葉に頷いた日野が、やって来た雨宮を見た。その視線に雨宮も頷く。



「確かにそうです。ですがやはり、どれだけ経験しても、試しの合否判定は緊張もしますし、慎重にもなります」


「それ分かります。俺も」


「あぁ」



 同意で深々と頷く鳴神に総十郎も同意の思いだ。

 しかし、それとはまた別に日野の緊張の理由を知っているので、クスリと笑った。



「まぁ日野は、八彦やひこの事があったから今回は余計に、だろう?」


「神来社さん…」



 フイッと頬を膨らませ視線を逸らす日野に鳴神も笑った。総十郎の言葉に咲光と照真は刹那沈黙し、パッと表情を驚きに染めると日野を見た。



「八彦君…! 受けたんですか!?」


「えぇ、受けたわ」


「もうっ!? 早くないですか!?」



 思わず身を乗り出す二人の、驚愕と喜びの合わさった表情を微笑ましく思う。二人の様子に、穂華はそっと総十郎に近づいた。



「八彦って?」


「前に仕事で関わった子でな。退治人になるために日野の所で修行してたんだ」



 ほぉと驚きと感心の息がこぼれる。咲光達の仕事が危険である事は傍目にも分かる。その道に自ら進んだ子が咲光達の側にいたのか。


 穂華の視線の先では、「は、判定は…?」とドキドキと日野を見る二人がいる。そんな二人に日野はにっこりと笑みを浮かべた。



「合格」


「! やったぁ!」



 思わず咲光と照真は手を取り我が事のように喜び合う。そんな二人を“頭”達も優しく微笑ましく見つめた。

 かつて、自分達の力になりたいと言ってくれた友人。その努力が実を結んだのだ。鳴神は二人の喜びを見てから日野へ視線を向けた。



「弟子にして半年だろ? とんでもない鍛錬でもした?」


「してないわよ」



 日野の不満げな声音と表情に鳴神も笑う。



「元々の生活のおかげで、体力と筋力はあったの。だからいっぱい食べさせて体をつくって、刀の振り方を教えたわ。元の生活で培ったものは失くしたくなかったから、余計な事はしてないの」


「成程な」


「吸収も早かったし、ずっと頑張ってたもの。早く友達の力になりたいんだって」



 喜びと感謝が胸に湧きあがって仕方ない。早くありがとうを伝えたい。



(あぁー! 早く会いたい!)



 じっとしていられないくらい心がはしゃぎ出す。頬が緩んで仕方ない。

 そんな照真を見て「落ち着け落ち着け」と総十郎は笑って宥める。



「まぁ、日野も合否が出るまでそわそわしてたからな。気持ちは分かる」


「! してないわよ!」


「いやいや、してたぞ日野。な、雨宮さん?」


「えぇ」


「ちょっ、雨宮さんまで!」



 うっすらと笑みを浮かべた雨宮にまで同意され、日野は羞恥に頬を染める。初めての弟子だから無理もないと、総十郎達の眼差しは日野の気持ちを理解するものだった。


 臨時の試しとは違って、他の者の判定もあるので試しを受けている弟子の様子は視る事はできる。ただ合否の判定に口を出せない。だから、八彦の合否が出されるまでの間、日野はただじっとそわそわと待っていた。



(まぁ、確かに……ちょっと緊張はしたけど…。神来社さんも、臨時の時はこんな気持ちだったのかしら?)



 自分の弟子を試しに臨ませる。それは思っていたより簡単な事ではなかった。

 フッと意識を切り替え、日野は咲光と照真を見た。



「近いうちに八彦君は二人の元へ行かせるわ。その時はお願いね」


「はいっ!」



 今度は一緒に仕事をする仲間だ。かつての思い出が沢山浮かぶ。


 新たな仲間との再会は、今から待ち遠しい。






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