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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第七章 例大祭編

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第百五話 お前は俺達の…

 わざとらしく笑みを浮かべる穂華ほのかにも、康心こうしんも「正確な報告じゃねぇか」ととっても悪い笑みで鳴神なるかみを見ている。

 あらやだーと思っていると、すぐさま康心から「悪かったな怖い面で」と怒りのお言葉と、額にコツンと拳を当てられた。


 そんな兄弟を穂華はちらりと見つめた。そんな視線に、台所へ視線を戻した康心が気づく。



「何だ?」


「あ、いえ……」


「そんな見られると、言ってくれた方が気が楽なんだが?」


「え…えーっと、康心さん、鳴神さんによく怒ってるから、仲良くないのかなって思ってました。ごめんなさい…」


「? いや? 別に謝る事じゃないだろ。実際にコイツにはよく腹立たされてる」


「……兄貴、そんなズバッと…」


「でもまぁ……」



 康心は隣の鳴神を見ない。その視線は茶を用意してくれている茜と、夕食の準備をする凛を見ているようで、その実何を見ているのかは穂華には分からなかった。



「人の為、大変な事してる弟だからな。誇りにこそ思えど、いとう事は絶対にない」


「…………………」



 兄の言葉に、鳴神が目を瞠った。無反応な弟に康心の視線が鳴神を見る。



「何だその面」


「…い……や……っと…。まさか…そんな事言われるとは思ってないし…。穂華ちゃんの前とは言え…嘘でも嬉しい…」


「あぁ? 誰が嘘言うか阿呆」


「!」



 カリカリと頬を掻いていた指が止まる。世辞かと思っていた言葉に嘘はないと言い切られ、今度こそ言葉を失った。

 そんな鳴神の目に、康心がやれやれと頭を掻いた。



「まぁ……確かに言った事は無いな。言わないと伝わらないとはよく言ったもんだ。お前の反応見てよく分かった」


「…………………」


「二度は言わん。お前は、俺や諧心かいしんにとって誇りだ。大変な事をしてると思う。()()からずっと……。だから、家では阿呆してろ。笑ってろ。それでいい」


「……………………」



 変だな。少し視界が滲んでる気がする。目許に手を当てる鳴神に、康心はそっと口元を緩めた。

 優しい兄と、その想いを知った弟の姿に、穂華も少し胸が苦しくも嬉しさが溢れた。



「康心さん。お茶が入りました。あら? 一心いっしん君どうしたの?」


「いやっ……」


「昔っから泣き虫なんだ。気にするな」



 鳴神を見て首を傾げながらも、康心が何だか少し機嫌良さそうで、茜は「そうなんですか」とそれ以上何も言わず笑みを浮かべた。そんな子供達に、凛は何も言わず優しい笑みを浮かべて黙々と料理を作っていた。






♦♦




 それから例大祭の日まで、咲光さくや達は実に有意義に過ごした。


 稽古をしたり、準備に勤しむ朔慈さくじや康心を手伝ったり、茜と庭の花の世話をしたり。花を愛でていると時折康心がやって来て、仲睦まじく茜と話をしていて、そんな二人に胸がほわりとあたたくなった。

 菅原も、例大祭の準備と自身の勉学に精を出していた。ちょこっとお邪魔して、術に関する書物を見せてもらったり教えてもらったりもしたが、さっぱり分からなかった。








 そして、例大祭当日がやって来た。


 朝から多くの人が参拝にやって来る。境内には旗が上がっていたり、露店が出ていたりしていて、とても賑わっている。

 朔慈と康心は朝早くから本殿で神事を行っている。凛と茜はその傍に控え、諧心は痛めた足に支障が出ない範囲で手伝いをしている。



「……………」



 そして、咲光達は控室にいた。咲光も照真しょうまも穂華も、目の前の二人を思わずじっと見つめる。

 見つめられても平気どころか「どう?」と胸を張る鳴神と、少し居心地悪そうな総十郎そうじゅうろう。二人とも、普段とは違う神事用の衣装に身を包んでいる。明るい色の着物と袴。細やかな刺繍が施されているが、ただ煌びやかなお飾りには見えず、どこか勇猛さを感じさせる。


 総十郎もいつもとは違う格好には少し違和感があるようで、何度も袖を捲ったり、足を動かしたりしている。

 それは見ている側も同じようで、照真も穂華も無意識に眉を顰めた。



「……なんだか神来社からいとさん。すごく形式ばって見える」


「……うん。似合ってるんだけど。なんだろう」



 二人の言葉には総十郎も苦笑い。

 こうした形式的な格好は正直馴染みがない。家での神事は主に、父と弟達がやっているので、万所よろずどころに入所してからこういう事はかなり久方振りなのだ。


 咲光は総十郎を見上げた。



「まずは流鏑馬やぶさめをするんですよね?」


「あぁ。走りながら矢を射る。的は二つあるが、それぞれが一本だけ射って二人で二つの的に当てる。っていうのがここのやり方らしい」


「どちらの的を狙うかは決めているんですか?」


「いや。初手の鳴神がどっちを狙うかによるな」



 事前に打ち合わせてはいないらしい。楽しんでいる様子の鳴神らしいが、少しだけ不安もある。

 ただでさえ、馬で走る事には落馬の危険が付き纏うのだ。勿論、そうならないよう二人はきちんと練習を繰り返した。が、咲光達はその練習を見せてもらえなかった。



『どうせなら、本番でビシッと決める所を見てくれ』



 と、鳴神に言われたのだ。なので、初めて見る照真や穂華は今からワクワクしている。そんな二人の気持ちも分かるので、咲光も笑みを浮かべた。



「鳴神さん、神来社さん。気を付けて下さいね」


「おぅ!」


「あぁ。大丈夫だ」



 ニッと浮かべられた鳴神の笑みと、総十郎の安心させようとする微笑みに、咲光もゆっくり頷く。

 その直後、菅原が部屋にやって来た。



「師匠。神来社さん。そろそろです」


「よっしゃ」



 やる気満々な鳴神に苦笑いを浮かべながら、総十郎も弓と矢筒を手に取った。


 向かう総十郎と鳴神を見送り、咲光達は菅原の案内を受け、観覧席へ移動した。そこにはすでに諧心が居て、咲光達を見て手を上げた。



「一心と…神来社は、もう行った……?」


「はい。先程」


「そう……。ここ、特等席だから、よく見えるよ…」



 諧心の言葉通り、案内されたその場所は、駆ける馬も、的も、矢を射る乗り手もよく見える場所だった。



「昨年は、諧心さんが乗り手をしたんですか?」


「…した。…でも、俺は上手くないから……兄さんと一心が上手だから…任せてる」


「康心さん、大変なんですね。乗り手に神事もしていたなんて」


「うん……。でも、兄さんはやるって決めたら…やる人だから……。俺は…あんまり助けにならないけど……」


「そうですか…? でも、諧心さんと一緒の時の康心さんは、なんだか一息ついてるって感じで、すごく柔らかい空気ですよ。茜さんとの時は、守らないとって感じで、柔らかいけど少し硬さがある感じがするけど」



 照真の言葉に、吹けば飛びそうな諧心の表情が、目を瞠るものに変わった。「え……」と諧心が何か言うよりも先に、観客からわっと歓声が上がった。






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