第百四話 夫婦それぞれ
茜は本当に嬉しそうに、花に負けない笑みを咲かせる。大人しさとあどけなさの混じる笑みに、心から喜んでくれているのだと感じた。
だからこそ、うーん…と疑問にも感じた。
(こんな茜さんと、あの一見怖い康心さんが夫婦……)
やっぱりちょっと驚いてしまう。まるで正反対に見える二人だからこそ。
しかし、そこを問うにはまだ出会って時間も浅いので少々躊躇う。
手を動かしていると、「お、いた」と入り口からのんびりした声が聞こえた。そこにいたのは鳴神で、穂華は首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「いや、穂華ちゃんがアイツらと一緒だったから吃驚して」
「それは……あ、お姉ちゃんの事、ありがとうございました。あれ以来妖は来てなくて、でもお姉ちゃんが許可した二匹は時々やって来て、お話してるみたいです。それ以外異状はないです」
「報告ありがとう。良かった良かった。あの町は俺の管轄でもあるし、時々様子見に行くようにするわ」
「ありがとうございます!」
いえいえと頭を下げる鳴神と穂華を見て、茜は笑みを浮かべ、凛は感心したように息を吐いた。
「一心。あんた穂華ちゃんのご家族知ってるの?」
「家族というか、穂華ちゃんの姉が視える子で、雑鬼に悪戯されてたから結界張ってお守りあげてきたんだ。ほら、前に出てった時の」
「あぁ…そうだったの。何だ。あんたの仕事、まさかこうして一端を知るなんてね」
感慨深いのか、哀しいのか。穂華にはその胸の内は分からない。しかし、そんな母を見て鳴神はクスクスと笑う。
「親父は仕事の話とかお袋にしなかった?」
「一切合切仕事の話なんてしないわよ。出会った頃だって、「貴女は視えないんだから、そのままの場所で居た方がいい」なんて言って振ってくれるもんだからもう腹立って」
バキリと菜箸が嫌な音をたてた。凛の話に、穂華は鳴神家男達の態度を思い出した。
「そ、それで…凛さんは……?」
「そりゃぁもう、この家乗り込……訪問させていただいて、「結婚すると言っていただくまで帰りません」って居座っ……滞在させていただいたの」
お…おぉ…、穂華も言葉が出ず、茜も口元に手を当てて驚いている。どうやら初耳だったらしい。鳴神だけが何とも言えない表情をしていた。
(うんうん…。肝が据わると女は恐いって昔親父が言ってたけど、お袋見てると解るわ。親父もそれに押し負けて結婚したんだよなー…)
では互いにどう想っているのかというと、想いの通じ合う良い夫婦なのである。朔慈は茜を大事にしているし、茜は口では何と言っても朔慈を慕っている。それは三兄弟も感じているところ。
かつては“頭”であり、危険な仕事に向かう朔慈を茜は何度も見送った。毎晩毎晩神に祈った。そして今は、息子を見送る事になった。
鳴神は母から穂華に視線を移した。
「ま、お袋も相当だけど、それに負けない穂華ちゃんは、一緒についてくって物好きな決断したわけだ」
「! いいんですっ…!」
フンッと鳴神から顔を逸らして、そそくさと夕食作りを再開する。そんな様子に鳴神はクスリと笑う。凛も茜もそんな穂華に笑みをこぼした。
「神来社達、反対じゃなかったか?」
「…神来社さんと咲光さんは反対でした。でも……照真さんは、私に覚悟があるなら…止めないって……」
「へぇ…照真が」
鳴神も驚いた表情を見せる。が、すぐにその表情は優しいものに変わった。
そんな鳴神に気付いていない凛や茜は穂華の決意に背中を押す。
「いいじゃない。こうだって思った時に行動しないと一生後悔するわよ。思いっ切りやっちゃいなさい」
「はい。大変な旅でしょうが、穂華ちゃんはとても精一杯頑張っていますし、皆さんを大切に想う気持ちがあれば、きっと困難にも立ち向かえますよ」
「ありがとうございます」
思っていた通りの二人の言葉に鳴神も苦笑う。
凛は思い切りがいいし行動力もある。逆に茜は大人しい人だが、行動も消極的であるという事はない。
(兄貴は親父に似て、手が早いし喧嘩強いし吊り目で顔怖いのに、なんで義姉さんは兄貴選んだかな。謎だわ)
康心が茜を連れて来た時、朔慈も諧心も一心も目を点にした。唯一、凛だけは目を輝かせ喜んでいた。凛は子供が男ばかりなので、娘が欲しかったらしい。
だから、康心の「この人と結婚するわ」に「いいわよ」と二つ返事で即了承。朔慈も、康心が選んだ人なので勿論反対はしなかったが、了承が早い凛には唖然としていた。
「義姉さん」
「何ですか? 一心君」
「兄貴のどこか好きなの? 喧嘩っ早いし怖いのに」
「えっ!?」
唐突な質問に茜が真っ赤に頬を染める。鳴神の質問には驚いたが、穂華も興味津々な様子を隠し切れない。一度鳴神と顔を合わせると、揃って茜をじっと見つめた。
両者に見つめられ、茜は「え…えぇ…」と口の中で言葉にならない声を出す。そんな茜に凛はクスリと笑った。
「義姉さーん?」
「えぇっと……えぇっとですね…。康心さんは…」
「呼んだか?」
「ひゃっぁ!?」
夫出現。台所の入り口、鳴神の後ろから顔を出した康心に、茜が驚いた。そんな妻の様子に康心は胡乱気な視線を送る。
「どうした?」
「い…いえ…。康心さんこそ、どうされたんですか?」
「…茶を飲もうと思って」
「それならすぐ淹れますぅ!」
「? 自分でやるぞ?」
首を傾げる康心のいつもと変わらない様子と、鳴神の質問がぐらぐらと頭と胸の内をかき乱す。
大慌てでバタバタと茶を用意してくれるらしい茜の様子を見て、康心はすぐに鳴神を睨んだ。
「何した」
「やだ、俺何もしてないのに。酷い兄貴」
「ふざけてんなてめぇ。穂華ちゃん。コイツ何した」
「兄貴そんなに俺が信じられないの?」
「兄貴のどこが好きなの? 喧嘩っ早いし怖いのに。って茜さんに聞いてました」
「穂華ちゃんちょっと、言わなくてもいい一言がくっ付いてる気がするけど」
「え? そうですか?」
わざとらしく笑みを浮かべる穂華にも、康心も「正確な報告じゃねぇか」ととっても悪い笑みで鳴神を見ている。
あらやだーと思っていると、すぐさま康心から「悪かったな怖い面で」と怒りのお言葉と、額にコツンと拳を当てられた。




