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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第七章 例大祭編

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第百四話 夫婦それぞれ

 あかねは本当に嬉しそうに、花に負けない笑みを咲かせる。大人しさとあどけなさの混じる笑みに、心から喜んでくれているのだと感じた。

 だからこそ、うーん…と疑問にも感じた。



(こんな茜さんと、あの一見怖い康心こうしんさんが夫婦……)



 やっぱりちょっと驚いてしまう。まるで正反対に見える二人だからこそ。

 しかし、そこを問うにはまだ出会って時間も浅いので少々躊躇う。


手を動かしていると、「お、いた」と入り口からのんびりした声が聞こえた。そこにいたのは鳴神なるかみで、穂華ほのかは首を傾げた。



「どうしたんですか?」


「いや、穂華ちゃんがアイツらと一緒だったから吃驚びっくりして」


「それは……あ、お姉ちゃんの事、ありがとうございました。あれ以来(あやかし)は来てなくて、でもお姉ちゃんが許可した二匹は時々やって来て、お話してるみたいです。それ以外異状はないです」


「報告ありがとう。良かった良かった。あの町は俺の管轄でもあるし、時々様子見に行くようにするわ」


「ありがとうございます!」



 いえいえと頭を下げる鳴神と穂華を見て、茜は笑みを浮かべ、りんは感心したように息を吐いた。



一心いっしん。あんた穂華ちゃんのご家族知ってるの?」


「家族というか、穂華ちゃんの姉が視える子で、雑鬼ざっきに悪戯されてたから結界張ってお守りあげてきたんだ。ほら、前に出てった時の」


「あぁ…そうだったの。何だ。あんたの仕事、まさかこうして一端を知るなんてね」



 感慨深いのか、哀しいのか。穂華にはその胸の内は分からない。しかし、そんな母を見て鳴神はクスクスと笑う。



「親父は仕事の話とかお袋にしなかった?」


「一切合切仕事の話なんてしないわよ。出会った頃だって、「貴女は視えないんだから、そのままの場所で居た方がいい」なんて言って振ってくれるもんだからもう腹立って」



 バキリと菜箸が嫌な音をたてた。凛の話に、穂華は鳴神家男達の態度を思い出した。



「そ、それで…凛さんは……?」


「そりゃぁもう、この家乗り込……訪問させていただいて、「結婚すると言っていただくまで帰りません」って居座っ……滞在させていただいたの」



 お…おぉ…、穂華も言葉が出ず、茜も口元に手を当てて驚いている。どうやら初耳だったらしい。鳴神だけが何とも言えない表情をしていた。



(うんうん…。肝が据わると女は恐いって昔親父が言ってたけど、お袋見てると解るわ。親父もそれに押し負けて結婚したんだよなー…)



 では互いにどう想っているのかというと、想いの通じ合う良い夫婦なのである。朔慈さくじは茜を大事にしているし、茜は口では何と言っても朔慈を慕っている。それは三兄弟も感じているところ。

 かつては“とう”であり、危険な仕事に向かう朔慈を茜は何度も見送った。毎晩毎晩神に祈った。そして今は、息子を見送る事になった。


 鳴神は母から穂華に視線を移した。



「ま、お袋も相当だけど、それに負けない穂華ちゃんは、一緒についてくって物好きな決断したわけだ」


「! いいんですっ…!」



 フンッと鳴神から顔を逸らして、そそくさと夕食作りを再開する。そんな様子に鳴神はクスリと笑う。凛も茜もそんな穂華に笑みをこぼした。



神来社からいと達、反対じゃなかったか?」


「…神来社さんと咲光さくやさんは反対でした。でも……照真しょうまさんは、私に覚悟があるなら…止めないって……」


「へぇ…照真が」



 鳴神も驚いた表情を見せる。が、すぐにその表情は優しいものに変わった。

 そんな鳴神に気付いていない凛や茜は穂華の決意に背中を押す。



「いいじゃない。こうだって思った時に行動しないと一生後悔するわよ。思いっ切りやっちゃいなさい」


「はい。大変な旅でしょうが、穂華ちゃんはとても精一杯頑張っていますし、皆さんを大切に想う気持ちがあれば、きっと困難にも立ち向かえますよ」


「ありがとうございます」



 思っていた通りの二人の言葉に鳴神も苦笑う。

 凛は思い切りがいいし行動力もある。逆に茜は大人しい人だが、行動も消極的であるという事はない。



(兄貴は親父に似て、手が早いし喧嘩強いし吊り目で顔怖いのに、なんで義姉さんは兄貴選んだかな。謎だわ)



 康心が茜を連れて来た時、朔慈も諧心かいしんも一心も目を点にした。唯一、凛だけは目を輝かせ喜んでいた。凛は子供が男ばかりなので、娘が欲しかったらしい。

 だから、康心の「この人と結婚するわ」に「いいわよ」と二つ返事で即了承。朔慈も、康心が選んだ人なので勿論反対はしなかったが、了承が早い凛には唖然としていた。



「義姉さん」


「何ですか? 一心君」


「兄貴のどこか好きなの? 喧嘩っ早いし怖いのに」


「えっ!?」



 唐突な質問に茜が真っ赤に頬を染める。鳴神の質問には驚いたが、穂華も興味津々な様子を隠し切れない。一度鳴神と顔を合わせると、揃って茜をじっと見つめた。

 両者に見つめられ、茜は「え…えぇ…」と口の中で言葉にならない声を出す。そんな茜に凛はクスリと笑った。



「義姉さーん?」


「えぇっと……えぇっとですね…。康心さんは…」


「呼んだか?」


「ひゃっぁ!?」



 夫出現。台所の入り口、鳴神の後ろから顔を出した康心に、茜が驚いた。そんな妻の様子に康心は胡乱うろん気な視線を送る。



「どうした?」


「い…いえ…。康心さんこそ、どうされたんですか?」


「…茶を飲もうと思って」


「それならすぐ淹れますぅ!」


「? 自分でやるぞ?」



 首を傾げる康心のいつもと変わらない様子と、鳴神の質問がぐらぐらと頭と胸の内をかき乱す。

 大慌てでバタバタと茶を用意してくれるらしい茜の様子を見て、康心はすぐに鳴神を睨んだ。



「何した」


「やだ、俺何もしてないのに。酷い兄貴」


「ふざけてんなてめぇ。穂華ちゃん。コイツ何した」


「兄貴そんなに俺が信じられないの?」


「兄貴のどこが好きなの? 喧嘩っ早いし怖いのに。って茜さんに聞いてました」


「穂華ちゃんちょっと、言わなくてもいい一言がくっ付いてる気がするけど」


「え? そうですか?」



 わざとらしく笑みを浮かべる穂華にも、康心も「正確な報告じゃねぇか」ととっても悪い笑みで鳴神を見ている。

 あらやだーと思っていると、すぐさま康心から「悪かったな怖い面で」と怒りのお言葉と、額にコツンと拳を当てられた。






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