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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第七章 例大祭編

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第百三話 先輩

 総十郎そうじゅうろう諧心かいしんの代行をする事。咲光さくや達一行がしばし滞在する事は、鳴神なるかみ家全員から了承された。


 夕暮れの迫る空の下で、総十郎、咲光、照真しょうまは稽古をしていた。そんな様子を朔慈さくじが見つめる。

 木刀の鳴る音。鍛錬する表情、動き方。一つひとつを朔慈は見つめる。目の前では、何度倒されても起き上がる咲光と照真の姿がある。



(動きは悪くねぇ。刀も振りも……。よく鍛えてる)



 あやかし退治の血がうずく。どうにもじっとしていられなくて、朔慈は若干前のめりになっていた。右手が膝の上でバシバシと落ち着きなく動いている。


 抑えきれていないうずうずとした空気が、鍛錬をつける総十郎の感覚に引っかかる。あ、これはマズイ…とすぐ気づいた総十郎は「よーし休憩」と不自然に稽古を止めた。何で? と返って来る表情に何も答えず、二人の背を押して縁側に座らせ休ませる。

 大人しく座った咲光と照真に、朔慈はニッと口端を上げた。



「なかなかやるな」


「ありがとうございます」



 まっすぐな称賛は嬉しい。喜びを感じながら照真は朔慈を見た。



「朔慈さん、どうして俺達が万所よろずどころの退治人だってすぐ分かったんですか?」


「見りゃ分かる。そういう奴は佇まいと空気が違う。総十郎がいい例だ」


「お二人はお知り合いだったんですね」


「俺は、昔祓人(はらいにん)やってたからなぁ」



 そうだったのかと驚く二人に、朔慈が面白そうに笑う。

 そんな会話に総十郎も少し頬を緩め、朔慈に「何言ってるんですか」と懐かしそうに言った。



祓衆はらいしゅうとう”として第一線で戦ってこられたじゃないですか」


「! そうなんですか!?」



 目を剥く二人に、朔慈はガハハと豪快に笑った。二人の反応を面白がっている様子に、総十郎は眉を下げる。咲光の驚いている視線に、総十郎は本当だと頷いて返す。



「だから、俺が子供の頃は本部に出入りしてて、その頃から知ってるんだ。腕を失くして引退されたけどな」


「そうだったんですね…」


「まぁな。にしても、祓人目指してた坊主が今じゃ退治衆の“頭”とはな。分からんもんだ」



 クツクツと喉を震わせる朔慈に、総十郎も何も言わず眉を下げる。咲光と照真はぱちりと瞬いた。



(そうなんだ……。子供の頃は祓人を目指して…)


(やっぱり、祓人そっちの素質もあったんだ。霊力弱いって言ってたけど…)



 しかし今、総十郎が進むのは退治人の道。何かきっかけがあったのだろうかと思い、咲光はそっと総十郎を見た。



(いつか、教えてくれるかな…)



 そんな時が来るといいな、と思う。そんな未来を胸に優しく包み込む。


 朔慈が元“頭”であったと知り、照真はそれなら…と鳴神を浮かべた。



「鳴神さんは、跡を継いだって事になるんですね」


「違ぇよ。アイツは、妖なんぞ視えねぇ感じねぇ信じねぇガキだったからな。跡継いだなんて言うもんじゃねぇ」


「そうなんですか…?」


「今みたいに、呑気で陽気になったのは祓人になってからだ。後は小太郎を弟子にとってからだな」



 昔を思い出すような朔慈の目は、目の前ではないものを見てる。


 妖を視えないどころか、信じてもいなかったという鳴神の子供の頃は想像できない。そんな顔をする照真には、総十郎も同じ想いだった。同じ“頭”の立場とはいえ、互いの過去まで詳しくは知らない。本人が語らない限り、分かるのは“今”だけなのだ。



「おーい、夕餉だって」



 噂をすれば。やって来た鳴神に一同全員の視線が向いた。あからさまに足を一歩引く。



「な、なんだよ…。親父まで」


「何でもねぇよ。飯だ飯」



 片眉を上げる鳴神に、朔慈は右手を膝に突きながら立ち上がるとスタスタと向かってしまった。そんな父の姿に頭に疑問符を浮かべる鳴神だったが、続いてやって来た咲光達を見て首を傾げた。



「何かあった?」


「いえ。鳴神さんは凄い人だって改めて思いました!」


「え、そう…? んな事言われると照れ…」


「掴み所のない呑気な奴だと思ってた」


「ちょっと神来社からいと



 照真が褒めてくれたのに台無しじゃねぇか、と今にも総十郎に食って掛かりそうな鳴神に、咲光と照真は思わず吹き出した。






♦♦




 少し前。穂華ほのかは、夕食の準備をするりんあかねと共に台所にいた。咲光達は少しの間稽古をする事にしたので、穂華も出来る事をする。



(元々、私はその為に同行させてもらったんだし)



 三人が稽古や仕事に集中出来るように、細々とした事は担う。ただくっ付いているわけにはいかない。


 凛の指示で野菜を切ったり、炒めたりとせせっと動き回る。



「穂華ちゃん料理上手ね。綺麗に切れてるし。ずっとやってたの?」


「はい。私の家、お母さんが忙しかったから、私と姉で家の事は大体やってたんです」


「良い子だね」


「本当に上手ですね。私が穂華ちゃんくらいの頃なんて、こんなに出来ませんでした」



 年上二人に褒められて穂華も嬉しさに頬を染める。

 自分が家でやっていた事は、ちゃんと今も活きている。嬉しいし、家事を教えてくれた智世さよに感謝した。


 穂華がちらりと視線を向ける先では、凛と茜が笑いながら何か話をしている。



(親子だって言われても、違和感ないかも…)



 最初こそ凛には気圧されたが、こうしていると優しい女性にしか思えない。鳴神達があぁなるのがなぜなのかさっぱり分からなくなってしまった。



「あ、茜さんは玄関にあったお花を育てているんですよね。すごく綺麗だったし、咲光さんも生き生きしてるって言ってました」


「ありがとう。ふふっ。そう言ってもらえてとても嬉しい。康心こうしんさんもそう言ってくれるんです。「お前が育てる花や植物は生き生きして輝いてる」って」


「茜ちゃんは庭にも花を植えて育ててくれてるの。とっても綺麗よ」


「後で見てもいいですか?」


「えぇ、どうぞ」



 茜は本当に嬉しそうに、花に負けない笑みを咲かせる。大人しさとあげとなさの混じる笑みに、穂華も心から喜んでくれているのだと感じた。






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