表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第七章 例大祭編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/186

第百二話 鳴神家の図

 鳴神なるかみの兄である康心こうしん。その妻であるあかね。可愛らしい人だなと思う咲光さくやの前で、康心が鳴神を呼び起こす。



一心いっしん。早く説明しろ。話が進まん」



 諧心かいしんにずっとツンツンされていた鳴神がもぞりと起き上がった。その表情は実に不服不満そうだが、康心の一睨みで瞬時にいつもの表情に戻った。



「一週間後、例大祭があるんだ。人も大勢集まるし、露店が出たりもする」


「あぁ」


「うちの面々にとっちゃ大仕事だし、重要な神事なんだけど、その中に流鏑馬やぶさめと競い馬がある。いつもは俺ら三人がやるんだけど、兄貴は今回は忙しいし、兄さんはちょっと前に足痛めて馬に乗れない。せめて後一人いればいいんだなぁって所で…」


「文送った俺に白羽の矢を立てた、と」


「そういう事。お前馬乗れるだろ」



 やっと鳴神の頼みを理解した。総十郎そうじゅうろう自身、鳴神とは同じ立場でもありこういう事情に対する苦労も解る。

 内容が分かれば断る理由もない。



(それに、息抜きにはいい機会だ)



 ちらりと咲光達を見て、総十郎は尋ねた。



「鳴神の頼み。引き受けようと思うんだが、いいか?」


「はい」


「勿論です」



 迷いなく頷く三人に、総十郎も鳴神に「分かった」と了承を返した。ニッと嬉しそうな笑みで「ありがとな」と返って来る。


 やっと話がついた事に一安心し、康心は茜を見た。



「しばらく彼らが滞在するから、そのつもりで頼む」


「はい。お義父さんとお義母さんにもお伝えしなくてはですね」


「あぁ」


「おい康心………って、何だ客か?」



 その時、襖の向こうから男女がやって来た。

 部屋に集まっている大勢にその男女は少し驚いた顔を見せたが、男性はすぐに何かを察したように表情を戻した。



「おめぇさんら、万所よろずどころもん……退治衆たいじしゅうだな」


「! はい。今回は鳴神さ…一心さんから例大祭の頼みを受け、お邪魔しました」



 すぐに見破られた事に少し驚きながら、咲光はすぐ居住まいを正して男性に頭を下げた。

 男性がその視線を鳴神に向けると、肯定の頷きが返って来る。男性の傍では、女性が感心したように咲光を見つめていた。



「そうかい。そりゃ、来てくれてありがとな。………って、お前…」



 その視線が一同を見回し、総十郎で止まった。両者の視線が合い男性が胡乱うろん気に眉を歪める。

 そんな男性を見つめ、総十郎は身体ごと向き直ると深く頭を下げた。



「お久しぶりです。朔慈さくじさん。神来社からいと総十郎です」


「お……おぉ! あの小さかった坊主じゃねぇか! 久しぶりだなぁ! デカくなりやがって!」



 男性が喜色に顔を染め、ワハハと嬉しそうに総十郎の頭を少し乱暴に撫でる。少し強い手に小恥ずかしそうな表情を見せながらも、総十郎は手が離されるのに釣られて顔を上げた。


 鳴神朔慈。一心達兄弟の父親。その姿は知っているものより老いた…というよりも、一層に貫禄がついたように感じられる。どっしりとした堂々たる空気。少し乱暴な手はいつも温かい。だが、その手は右手だけ。



(この方、隻腕せきわんなんだ…)



 咲光は男性を見つめて分かった。着物の左袖が不自然に垂れ下がっている。

 朔慈は傍に居た女性を座らせた。



総元そうもとの息子だ。ガキん頃から知っててな。総十郎。コイツは俺の女房だ」


「初めまして。子供の頃に朔慈さんにはお世話になりました。神来社総十郎です」


「初めまして。朔慈の妻のりんです。お世話になんて、大方この人が今みたいにして困らせたんじゃない?」


「おい凛」



 朔慈が眉を上げても凛は笑って動じない。その視線は総十郎から咲光達に向けられた。



「あら。こんなに可愛らしい子達まであやかし退治を?」


「はい」


「あ、いえ……。私は一緒に旅をさせてもらってるだけです」


「…そう。ここでは目いっぱい寛いでね。自分の家だと思って」


「ありがとうございます」



 凛の目はすでに咲光と穂華に向いている。傍に近寄って二人の手を取る凛の、その明らかな態度の変化に朔慈はやれやれと肩を竦めた。

 何となく、照真しょうまはそそっと総十郎の傍へ寄る。



「ふふっ。ほら、ウチは可愛げのない男達ばかりだから、女の子が来てくれるのが嬉しくて」


「あ…ありがとうございます……? でも、鳴神さ……一心さんはとても優しい方で、私達も以前とても勉強させていただきました」


「そう? 仕事してる一心なんて全然知らなくて…。小太郎君はうちの男達とは違って素直で可愛いんだけど」


「………………」



 男達からは一切言葉は返らない。なので咲光と穂華ほのかが少々困惑しながらも話をする。そんな二人を、鳴神はすまんな…と見つめた。



(ここで俺らが何か言うと、もう……態度豹変するの、分かってるから。頼んだ)



 母からは見えない位置から、咲光と穂華に向かって鳴神家男性達が、頼む! と訴える視線と拝むように手を合わせる。そんな光景に咲光も内心えぇ…と困惑。

 そんな鳴神家を物言いたげに総十郎と照真が見やる。



「………おい鳴神」


「すまん。でもうん、ほらな」


「………鳴神さん」


「照真まで…っ!」


「…母さん…恐いから…」


「悪いな。うちのお袋にあれこれ言えるのは茜くらいだ」


「後、小太郎。お袋、小太郎の事は可愛がってるんだよなあ」


「ずっと疑問だったんですが、そもそも皆さんはどうして凛さんに弱いんですか? 優しい方なのに」


「それお前と義姉さんにだけだから! うちの最強はお袋なの!」


「ちょっと、どういう事ですか、朔慈さん」


「阿保言うな。………あれと言い合う(たたかう)くらいなら、妖の方がマシだぞ」


「親父はお袋に押し切られて結婚してるから、口で勝てねぇんだよ」


「………朔慈さん」


「……義姉さん…」


「お義母さん、とても嬉しそうですね! 私も妹みたいな年の子とお話するのは久しぶりなので、とても嬉しいです」


「………………」


「茜。そろそろ飯の準備とかあるだろ。いいのか?」


「あっ。そうですね」



 神来社家とも村雨家とも違う、家庭内絶対の存在というものが鳴神家にはあるらしい。

 後ろの男達など知りもしない鳴神家最強らしい凛は、咲光と穂華をいたく気に入ったようで終始楽しそう。そんな凛に茜が声をかけ、やっと穏便に食事の支度にと二人は部屋を出た。


 好ましく思われる事は嬉しいし、世話になるのでありがたい。が、少し気圧されてしまった咲光と穂華はホッと思わず息が出た。



「咲光ちゃん、穂華ちゃん。お疲れ」


「………鳴神さん」



 物言いたげな視線にも、鳴神はワハハと笑って返した。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ