雨の憂鬱
部屋に着いて、まだ乾いていない髪を、バスタオルでぐしゃぐしゃ拭き取った。ドキドキが収まらず、ばあちゃんの部屋にある血圧計で計ろうかと思ったが、そんなアホな事を考えると少し落ち着いて来た。
さっきのは、何だったんだ?一緒にお風呂に入ったよね?夢?妄想?いや、多分現実。慌てて着替えた時、棚の角を蹴った小指がジンジンしている。
大体、いろはは、俺の事をどう思っているんだ?すっかり俺の部屋に住み着いているから、嫌いじゃないのは、間違いないと思う。学校以外では、絶対『もみじ』だし、『松太郎』の存在すら無かったように振る舞っている。
俺の初恋が、自分で、ずっと継続して好かれていることは気付いているのかな?知っていて一緒のベッドは拷問だって理解しているのだろうか?
もしかして、カレンのキスや、俺が手伝うのに、焼きもち妬いてくれた?もしそうなら、いろはも、俺の事が・・・
色々考えていること、いろはがバスタオルを巻いた姿で帰って来た。
「もみじ、ちゃんと乾かさなきゃダメでしょ!」
ドライヤーを持って来ていたので、鏡台の椅子に座って乾かして貰った。バスタオルって不安定で、さっきようやく鎮まったドキドキが再発どころか、悪化している。
「もう寝ようか!」
掛け布団に潜り込んだと思ったら、バスタオルを投げて来て、
「椅子に掛けて干しておいてね。」
えっ、布団の中を想像するとこめかみの脈を、自分で感じられる。
「ねえ、いろは。松太郎として話ししたいんだけど、いいかな?」
「嫌!」
少し間が空いて、
「ショウタロウサンって誰?私は、親友のもみじと暮らしてるの。お姉ちゃん達もそれでOKだし、もみじ以外の誰かと何かあったら詳細に報告する約束なんだ。」
「じゃあ、親友の為に、パジャマを持ってくるのはアリ?」
いろはは、布団をはね除けて、
「安心してください、穿・・・!!!」
「い、いろは!!!」
確かに穿いてるけど、穿いてるだけだった。何を思ったのか、あまりにももみじ扱いに慣れ過ぎで、羞恥心の感覚が麻痺したのかな?上は、そのままだし、下だって、下着でしょ?我に帰ったいろはは、真っ赤になって、布団に潜り込んだ。
「い、いくら親友でも、凝視する事ないでしょ!」
え?俺が叱られるの?お風呂の時は、ちょっと余裕があったから、目を反らして、見なかったけど、今度は正面で至近距離の上、予測不能な行動だったので。しっかり網膜に飛び込んだ。それから視線を切るのは、思春期男子には高難度なのは理解して欲しい所だ。何とか理性で視線をコントロールできるようになったのでパジャマを布団の中に突っ込んで、
「トイレ行ってくるね。」
一時避難した。
部屋に戻ると、いろはは、もう眠っていた。と言うか、寝たフリだろう。
「ああ、なんか、セクシーないろはの夢見ちゃった!早く寝たら続き見られるかな。あー眠い眠い。」
間抜けな、独り言を言って、同じく寝たフリをした。
明るくなるまで、寝たフリを続け少し、うとうとしたようだった。甘いような、いい香りと、唇になにか柔らかな感覚を覚え目を覚ました。視界のほとんどが、いろはの顔で、
「おはよっ!朝ごはん作ろっ!」
いつもの笑顔だった。夕べのことは、夢だったのかな?妄想かも知れないけど、さっきの唇の感覚って夕べ見た夢で、お風呂で体験したあの感覚なんだけどなあ。
朝食は、カレンのリクエストで、ご飯、味噌汁、納豆、漬物、アジの開き。残念ながら畳の部屋にちゃぶ台は用意できなかったけど、カレンの来日ミッションをまた1つクリア。
カレンは、器用に箸を使って、普通に食事をしていた。
午前中は、宿題に取り組む。早いうちからサクサク片付けていたので、さほど量は無いが、カレンが2学期困らないように、一緒に勉強する事にした。いろはが積極的にカレンの面倒を見てくれるので、結構捗った。
午後は、市の体育館に行く。何かスポーツをしに行くのではなく、カレンの好きなマンガで、インターハイの試合会場だった所を見たいそうだ。世に言う『聖地巡礼』だ。
雨は、中学の友達と約束があり、姉達は興味がないとパス。いろはと3人、自転車で向かった。畑の中にドーンと聳える体育館は、改めてみると立派な建物だが、俺から見るとそれ以上でもそれ以下でも無いが、カレンは感動して写真を撮りまくっていた。満足したようなので、また自転車で家に帰った。途中、古本屋に寄ると、迷う事なく1冊を取り、さっきの体育館のシーンを見せてくれた。
「で、この彼が次のお話では、女装してこっちの彼とデートするの!」
盛り上がっていると店員さんが来て、注意されると思ったら、1巻以外の2巻から29巻の28冊で1080円で売ってくれるとのこと。大人買いパックにしようと思ったが、1巻が入って来ないので、バラのままだったそうだ。『国際親善』の為にって言っているが、どう見ても美少女達に、鼻の下を伸ばしたオッサンにしか見えない。カレンは、
「1巻のストーリーはパーフェクトに記憶しているから大丈夫!ちゃんと説明します!」
と、ご機嫌だったので、格安古本を購入した。少し遠回りして別の古本屋で1巻をGETして家に帰った。
帰ってからは、マンガを読みながら、翌日の計画を確認した。カレンのミッションは、また別の水族館。昨日の新創成水族館ではなく、創成市の反対隣の芭流留市にある。水族館マニアなのかと思って聞いて見ると、日本は水族館先進国らしい。水族館好きは間違いないが、どうも芭流留市自体が聖地巡礼らしい。
夜は、普段通りの食事で、お風呂もいろはが上がってから最後に入ったので何事もなく眠りに付いた。昨日の寝不足のせいだろう、あっという間に寝付いたようだ。いろはも、そうだったようで、明け方、抱きついたいろはの腕が苦しくて目を覚ました。たまにあることなので、もう慣れた筈だったが、二の腕に感じる柔らかさが、網膜に焼き付いた、あの膨らみとリンクして、平常心が何処かに消え去って行った。ひたすら、無心になろうと寝たフリをした。やっと落ち着くと、いろはが目を覚ましたようで、首のロックが解かれた。その後、昨日と同じいい香り付きで、唇に柔らかい感触。直ぐに目を開けると視界全部がいろはの顔だった。いろはは、まだ俺が眠っていると思っている筈なので慌てて目を閉じて、10数えてから今起きたように目を開けた。
「おはよっ!いろは!」
「おはよっ!もみじ!」
朝食の支度、二人でキッチンに向かった。メニューは、昨日のアジが鮭の切り身に変わっただけ。今日はみんなで出掛けるので、1番手の掛かる芒を起こしに行った。
意外な事にもう起きていて、スマホを弄っていた。
カレンも時差ぼけから脱出してスッキリ目覚めたようだ。芒の提案で、セーラー服で出掛ける事になっているので、学食か給食の時間みたいで不思議な感じだった。
食器を片付けていると、チャイムがなった。
ドアを開けると、柔道部の夢愛ちゃ、さんが立っていた。いつの間にか、芒がアドレス交換していたようで、セーラー服を買った事や、今日着ていく事が伝わっていて、しっかりお揃いを用意していた。ソックスだけはショートだったが、ほぼパーフェクト。
麻幌駅まで歩いて創成駅。そこから乗り継いで芭流留まで向かう。芭流留駅からは港まで歩いて遊覧船で水族館。トドのショー等が有名だ。
「私の好きなラノベでは、マッドサイエンティストがトドを改造して魔物を作った秘密の研究所だったの!」
水族館を駆け足で回り、トドのショーを見て、お昼には、バスで駅前へ。
「主人公の同級生とかがバイトしてた店!ランチは
ここで鶏の半身あげ定食!」
小柄な夢愛さんは大丈夫か気になったが、流石アスリート。ペロッと平らげていた。
お話の舞台はこの辺りらしく、主人公の家は鍛冶屋で、モデルがあったのかどうか解らないが、この店は絶対ここだと、力説するカレンの目の中には燃え上がる炎を感じた。
帰りは朝日駅で降りてダムや温泉街を見て、十一番街でビーチとスキー場を見た。白樺公園駅で、スイカスイーツを食べて、本日のミッションはクリアした。帰りの電車の中では、ラノベのストーリーや、登場人物の解説でカレンの一人舞台。喉が枯れた頃、新創成駅に到着。バスで家まで帰った。
夢愛さんを送って行くので、松太郎に戻ろうと思ったが、雨が一緒に行くからそのままでって、もみじのまま、3人で歩いた。線路を挟んでいるので小学校も中学校も別学区だが、徒歩10分ちょっとなのですぐ近所だった。猛者達もいない知らない人ばかりで楽しかったのか心配したが、ニコニコ顔が、ホンモノっぽいので、多分大丈夫なんだろう。『また誘ってね!』と玄関に入っていった。
「ねえ、もみ姉!」
今日はやけに距離感が近い雨が、不機嫌そうに話し掛ける。いろはがいる時は、あまり接近せずにいろはの立ち位置を作ってくれる雨が、ちょっと違う。
「夢愛さんって、この前空港で会ったのが初めて?」
「うん、柔道部応援に行った時にいたかも知れないけど、話したのは初めてだと思うよ。あと、こんなに近いから、スーパーとかでスレ違っていても不思議じゃないかな?」
「あの人、もみ姉・・・っていうか、松太郎の事が好きだよきっと!いろは姉は、カレンばっかり気にして、夢愛さんノーマークだったから、私がフォローしたんだよ!」
「気のせいだと思うよ!もし好きだとしても、セーラー服姿じゃ幻滅して今日でおしまいじゃないかな?」
「もういいよ、いろは姉と作戦立てるから、決まったら、ちゃんと協力してよね!」
言葉は、不機嫌そうにしているが、しっかり腕を掴んで離さないセーラー服の二人は、端から見たら立派なユリカップルなんだろうな。




