オレンジ8
団地の目の前にある公園で私と姉さんは戯れていた。
「亜希子。かくれんぼしない?」
「うん。いいよ」
「かくれんぼする人この指に止まれ」
と人差し指を突き立て、姉さんは言った。
男の子二人と女の子一人が集まって私と姉さんあわして計五人。
ジャンケンして姉さんが鬼になった。
「じゃあ行くよ。一・二・三・・・・」
と姉さんが数え終わって、
「もういいかい」
「まあだだよ」
と言ってどこに隠れようか迷った。
その時冷蔵庫があり、中に入り隠れた瞬間に目が覚めた。
「ハッ」
と布団から慌てて起きあがる私。
そう言えば昔私が見た夢みたいな怖い経験があった。
冷蔵庫に入った私は大泣きしながら中でもがいていた。だんだん息が苦しくなり、私は気絶して病院に運ばれたんだっけ、気づいてくれたのは姉さんだった。姉さんが必死に探してくれて私は助かったんだっけ。
姉さんは泣きながら言っていた「ゴメンナサイゴメンナサイ・・・」と連呼していた。
そして姉さんは「亜希子は私が一生守ってやる」と言って口づけをしてくれた。
懐かしい。姉さんが生きていた頃は幸せだった。いや姉さんは今でも私の心の中で生きている。だからあの時は幸せだったではなくて、これからもずっと幸せな気持ちで挑んで行けばいいのだ。
窓の外の景色は相変わらず冬化粧だ。
外に出ると、雲一つない快晴な青空だ。今日もすてきなことが起こる気がして、心は大好きなメロディーを聞いているかのごとく弾んでいた。
ホットイップクに到着して、
「おはようございます。サユリさん」
と満面な笑顔で言った。幸せの基本は笑顔だと、サユリさんを見て最近分かってきたことだ。
「おはよう亜希子ちゃん」
とサユリさんも笑顔だ。それはすてきな出来事の始まりなのだ。
「今日の昼御飯は何を作るんですか?」
「オムライスよ」
「そうなんですか。私オムライス大好き」
買い物に行くとき、私は満面な笑顔だった。
「亜希子ちゃん。嬉しそうね。何か良いことでもあったの?」
サユリさんは私の顔にのぞき込むように言う。
「はい。私、何か今日はまたすてきな一日が待っている気がするんです」
「あらあら、亜希子ちゃんにすてきじゃない一日があるのかしらねえ」
スーパーに行って材料を買ってホットイップクに戻った。
「さて作ろうか」
とウインクして言うサユリさん。
作り方、巨大なボールにご飯、鶏肉、ケチャップを混ぜて卵焼きを乗せて完成。
「サユリさん」
「ん?何亜希子ちゃん」
「本当にこれ全部食べるんですか?」
「エエ」
私はつい吹き出してしまい、
「いつものサユリさんだ」
なんて言って幸せを感じてしまう私だった。
「じゃあ、お昼もすんだことだし、亜希子ちゃんにはお店の方をよろしくできるかな」
「はい。お任せください」
と胸を張って言う私だった。
サユリさんに店まで送ってもらい私はいつものように店番をした。
一時間くらいが経過してお客さんは誰も来ない。
「はあ、退屈だ」
などと言葉に漏らしてしまうほど退屈だ。
まあいい、その間店の物を片づけておくかまだまだやりがいがあるもんね。
私ははたきで棚を掃除していたら、あめ玉が入った瓶詰めを見つけた。中を見ると色とりどりのあめ玉でおいしそうだったので掃除が終わったら一ついただこうと思う。
「あれ?」
と気がつくと、私はウエディングドレスを身にまとっていた。
等身大のフィギアが私の目の前にあった。
ここはどこなんだ?辺りを見渡すと、すべてがでっかく見える。ここはでっかいホットイップクなのは分かった。
また私は変な夢を見ているのか分からない。
「亜希子ちゃん」
とサユリさんの声がして、振り向くと巨大なさゆりさんだったので、
「ひえー」
と驚きの悲鳴を漏らす私だった。
「大丈夫?」
「大丈夫も何もここはきっと私の夢の中なんですよ。お化けを見ようがタイムスリップをしようがここは私の夢の中なんですよ。私は鏡のアリスの夢を見ているんですよ」
「いいえ、夢じゃないわ」
「ヘッ」
と首を傾けて、きょとんとしてしまう私。
「亜希子ちゃん。あの飴玉食べたでしょ」
「はい」
そう言えば、私は飴玉を口にほうばって、眠くなってつい寝てしまったんだっけ。
「ダメじゃない勝手に食べちゃ」
「はい」
そう言えば、サユリさんに初めて叱られた。
「まあいいわ、私も食べておばあちゃんにかくまってもらったことがあるから」
「あの私もとにもどれますよねえ」
「さあ」
胡乱な瞳で言うサユリさん。
「戻れないんですか?」
と私は不安で今にも泣きそうだ。
「嘘よ。明日になったら元に戻れるから」
「この非常時に妙な冗談はやめてください」
「ゴメンゴメン。それよりびっくりしたわ、亜希子ちゃん探すのに苦労したんだから」
「そうなんですか?」
「エエッ素っ裸で小さくなって気絶していたからねえ」
「そうなんですか?」
この上なく恥ずかしくなる私であった。
「まあいいわ、その姿でお家に帰るとお母さんびっくりするから、今日はうちでかくまってあげるよ」
と言って小さくなった私に人差し指でなでるサユリさん。
その時、巨大なハエが私の上空で現れた。
「キャー」
と驚きの声を漏らす私。
サユリさんは素手でハエをキャッチして、
「大丈夫亜希子ちゃん」
「はい」
「ここは亜希子ちゃんにとって危険なところだから、この鳥かごの中にいると良いよ」
サユリさんはテーブルの上に鳥かごを置いて私はすかさず、その中に入って一安心していた。
「亜希子ちゃん。お腹空いてない?」
とサユリさんがにっこりと笑顔で言った。その顔を見るだけでも安心できる。
「はい。お腹ぺこぺこです」
「何食べたい?」
「何でも良いです」
「じゃあ何か買い出しに行って来るから、かごからでないでね」
「はい。分かりました」
サユリさんが外に出ていったとき、私は一人で心細かった。
でも私はこんな不思議な体験をして、また何かすてきなことが起こるんじゃないかって期待もしていた。ホットイップクに入ってから私はいろんな不思議な体験をしている。そう考えるとまるで私はすてきな物語の主人公みたいだ。そう言えば鏡の中のアリスってすてきな物語があったっけ、私はその中の主人公って感じで心ははらはらワクワクしていた。
改めて辺りを見渡すと、やっぱりでかい。
服装はウエディングドレス。小さい頃私は一度着たかった覚えがある。そんな夢も叶ったことに嬉しく思った。相手はいないけど。
きっと私の傍らにいる私くらいの大きさの人形服をサユリさんは取って私に着せたのだろう。
もう一度辺りを見渡すと巨大な猫が私が入っている鳥かごに向かって近づいてくる。
何?と震えている小さい私だったのだ。
猫が私が入っているかごの前でペロリと舌を出し、私を見つめて、まるでごちそうを目にしたような目つきだった猫さんだったので私はうろたえた。
「何?猫さん」
と私は怖くて、傍らにある無力な人形に抱きついていた。
すると猫はニャーとうめきながら私が入っている鳥かごを攻撃した。
「ひえーやめてやめて」
不用人にもサユリさんは戸を開けたまま買い物に行ったみたいだ。
そして・・・鳥かごのかごが外れて・・・私はよく昔、ロールプレイングゲームをやっていたことがある。勝てそうもない敵からよく戦うのではなく逃げるを選択した私だった。
テーブルの上を走り回って私を追いかけてくる猫。
「ひえー」
と叫んでテーブルの角に追いつめられた私はどうやら逃げることに失敗したみたいだ。 この場合ロールプレイングゲームだったら、敵の攻撃をまともに食らってゲームオーバーになり、コンテニューをするのだが現実にはコンテニューなどと言うものはない。ゲームオーバーになったらそれまでだ。
「来ないで」
と泣きながら訴える私だったが相手は猫だ。言葉など通じない。
すさまじい早さのごとし、猫の素振りが私に向けられ、反射神経だけは良かった私はそれを一歩引き下がって回避したのは良かったのだが、そこは足の踏み場もないところ。私は「きゃー」と悲鳴を上げながら、真っ逆様に落ちるのであった。
バスンと落ちたところは運が良く座布団のの上だった。
そこで安堵の吐息をはいている場合ではない。猫はテーブルの上から「ニャー」とうめきながら見下ろし、テーブルから降りて私を追いかけてくるのだ。
もちろん私は逃げる。
私の頭はパニックを起こしていた。 どうすればと・・・
そして私はタンスと壁の隙間を見つけ、すかさずそこに入った。
猫は私が入った隙間に爪で攻撃してくるが私は奥の方まで言っているので届かない。今度こそ私は安心できるみたいだ。
そこにはまち針が落ちていたので、これは使えると思って腰に身につけた。それでも私はこの状態からは猫にはかなわないだろう。私はここでサユリさんが帰ってくるのを待つだけだ。
なんだよまったく。サユリさんは何であんなろくでもない小さくなってしまう飴なんか律儀にとってあるんだろう。・・・とブツブツ愚痴を言っている最中に何か物音が聞こえる。
ギチギチと・・・何か嫌な予感がした。恐る恐るまち針を握りしめながら暗闇の奥に目を凝らすと、私の足下に闇にとける人類の敵と思われる巨大なゴキブリだった。
「ひえー」
と絶叫の悲鳴を上げるしかないのだ。
一難去ってまた一難とはよく昔の人は言ったものだ。きっとその人はすさまじい恐怖の体験者なのだろう。
私は恐怖の臨海点を超え、パニック状態に陥り、まち針を握りしめながらタンスと壁の隙間から出たら、そこにはパニック状態で忘れていた巨大な猫が待ちかまえていた。
もう隙間にはもう逃げられないし、逃げても猫の方が私より数倍足が速い。だから私はまち針で戦うしかないのだ。
「うぎゃ」
と泣きながら、電光石火のごとく爪を私に振り回す猫。小さい私がそんなのを食らったらひとたまりもない。反射神経だけは良い私はひとまず冷静になって猫の攻撃をよける。
その時私はひらめいたのだ。それはほんの刹那である。
猫が私に振りかざす手にまち針を突き刺した。貫通して猫は怪物の断末魔のような鳴き声を放ちながらホットイップクから出ていった。
私はぶるぶると震え、また第二第三の巨大な敵が来るんじゃないかと用心していたら「ただいま」と言ってサユリさんが帰ってきた。
私はやっとあんとの吐息がつけるのかと思うと、足がすくんで大泣きした。
「亜希子ちゃん亜希子ちゃん」
鳥かごが猫によって破壊され、その現状を見たサユリさんは慌てて私を呼びながら辺りを見渡している。
「ここですここです」
小さい私はサユリさんの足下でジャンプしながら、存在をアピールする。
「良かった」
とサユリさんは安堵の吐息を漏らしながら小さい私を手のひらの上に載せた。
「私怖かった。サユリさんのせいだよ。あんなけったいな飴なんか大事に持っているから、おかげで私死んじゃうところだったんだから」
私は大人げなくもサユリさんのせいにしていた。本当は何の断りもなく小さくなってしまう飴なんか食べた私が自業自得なんだけど。
私はサユリさんに事情を説明した。
「そう。猫に襲われて、戦って撃退したんだ。すごいわねえ」
と笑うところでも笑い事でもないのに笑顔で対応するサユリさん。
まあいいか、そんな純粋無垢なサユリさんの笑顔を見ていると、怒る気にもなれず、なぜだか安心してしまうし、心はすてきなプレゼントをもらったかのように幸せになってしまう。
食事の時サユリさんは私をテーブルの上にのせ、小皿にすき焼きの肉を差し出してくれた。
食べると身の中まであたたまり、一口サイズの肉でお腹いっぱいだった。小さい事って考えてみれば結構得なところがあるみたいだ。
次の日、私は白い雪が時を刻むように私の体は大きくなった。
オレンジの日々。
昨日はさんざんな目にあった。私の体は小さくなり、猫にも襲われるし、巨大なゴキブリを見て鳥肌は立つしすごく怖かった。
でも私は最大限の勇気を振り絞り、まち針で猫を撃退したと思うと、私はロールプレイングゲームの主人公になった気分だ。またもう一つすてきな出来事を体験した私はきっといつか永遠の幸せに導かれるのだろう。




