オレンジ5
「姉さん。危ないよ」
と木の下にいる小さい私は雲をも突き抜けるような高さを誇る木の上を上っていく姉さんに泣きながら言った。
「亜希子も上って来なよ」
「出来ないよ」
と私は泣いている。私は落ちたらただじゃすまないから、姉さんの身を案じて言っているのだ。
「すごい良い景色だよ」
「もうわかったからしたに降りてきてよ。落ちたらただじゃすまないよ」
もう心配で心配で私は泣きじゃくりながらピョンピョンとジャンプしながら訴えかける私。
「どうして亜希子は泣いているの?」
と姉さんが言った瞬間姉さんは足を滑らせて落下。
「アッ」
と声を漏らした瞬間、私はいつも姉さんが出てくる夢から目覚めた。
夢かと安心して体を起こすと、母さんの声が私の部屋まで届いた。
「亜希子起きなさい。いつまで寝ているの?」
「はーい」
と返事をした。
いつもの朝とは違う気がした。
「亜希子、フリースクールはどう?」
「うん。私さあフリースクールのスタッフに任命されちゃったんだけど、ちょっと不安なんだ」
「えーすごいじゃない」
「そうかな?サユリさん気まぐれに選んだ感じがするんだけどさあ」
と言ってトーストをかじって租借して飲み込む私。
「そんなことないわよ。きっと亜希子には見込みがあるのよ」
「そうかなあ?」
と母さんとの食卓の会話だ。
母さんと私は一緒に外に出る。母さんは仕事、私はフリースクールの仕事なのかな?それぞれ分子点にさしかかり雪道を、笑顔で「いってきます」とお互いに言い合うんだ。
フリースクールの仕事うまくいくかなあ?と雲一つない青い空を見つめてしまう。
太陽の光が私を包み込んでいる。
しばらく手を広げ目を閉じた。
なんだか少しだけ勇気がわいてくる。
ホットイップクに到着して、
「おはようございます」
とサユリさんに笑顔で挨拶した。
「あらあら、朝から元気がいいねえ」
とさわやかな笑顔をくれるサユリさん。
「サユリさん」
「何?亜希子ちゃん」
「ふがいない私をスタッフに任命してくれて本当に良いんですか?」
「エエ良いのよ」
「何度も言いますが、私のどこが良いんですか?」
「うん。何度も言うけど、亜希子ちゃんといて楽しいからよ」
「そうですか、じゃあふがいない私ですけどよろしくお願いします」
と一礼をする私。
サユリさんはクスッと微笑みをこぼして、
「そんなにかしこまらなくても良いのよ亜希子ちゃん」
と言った。
私はちょっと恥ずかしくなってしまった。
「今日もスクールカウンセリングですか?」
「いいえ、今日は私が行く学校はお休みだからスクールカウンセリングの日じゃないの」
「じゃあ今日は何をすればいいのですか?」
「今日はお昼に豚汁を作るから、亜希子ちゃんにお買い物頼みたいんだけど良いかな?」
「はい」
私の仕事なんだと思い、活気よく大きな声で言った。
「ふふ」とサユリさんは笑って「そんなにかしこまらなくて良いよ」と言った。
再び私は恥ずかしくなるのだ。
私は近くのスーパーに向かって歩きながら、
「買い出し買い出し、えーと」
メモを見て、豚コマ、ニンジン、タマネギ、ゴボウ、ジャガイモ。と。
スーパーまで十五分往復三十分。
「ただいま」
「あらあら亜希子ちゃん。疲れなかった?」
「はい。今日は大丈夫です」
日々、あれこれといろいろとやっているうちに少しずつ体力が付いてきた。
そして豚汁を作ることにした。
サユリさんは手をたたいて、
「じゃあ早速、ご近所にもらったサンマ五匹と今亜希子ちゃんが買ってきた材料で豚汁とサンマの焼き魚を作るわよ」
「はい」
早速準備に取りかかる前に私は聞きたいことがあった。
「あのーサユリさん」
「なあに亜希子ちゃん」
「私たち、二人ですよね、どうして五人前も作る必要があるんですか?」
「私が食べるからよ」
やっぱりそうか、あなたが食べるのですねサユリさん。いつものことでした。
豚汁は簡単なものだ。すぐにできあがった。食卓に並べられたのは、豚汁、サンマ、ご飯。
「いただきます」
と私とサユリさんは言って食べた。
「サユリさん。午後は何をするんですか?」
と口にものを入れながら言う私。我ながら行儀が悪い。
「午後はねえ、お掃除しましょうか」
掃除と思いきや、ここの部屋はすごくきれいだ。どこもかしくも掃除するところなんてないと思う。
「掃除ですか?ここの部屋の?」
「いいえ違うわちょっとここから行ったところに昔経営していたお店があるのよ」
「お店?」
と首を傾げながら言う私。
「そう。そこがすごいすてきなお店なの」
と自慢げに言うサユリさん。
「そうなんですか?ぜひ私も行ってみたいです」
その後、サユリさんはご飯、豚汁、サンマ四人分をペロリと食べた。この人の胃はブラックホールだ。それでも食べたりないと言っているからだ。
昼食も食べ終わり、サユリさんは車にエンジンをかけ、私を助手席にのせて例のすてきなお店へと車で十分。そのすてきなお店へと到着したのだ。
場所はこじんまりとした商店街の一角にあった。すごい古びた店だ。看板にはカフェホープと書いてある。
「すごい古いんですね。ここ」
「ええ、私のおばあちゃんが経営していたんだ。もう店じまいしてからもう二十年になるかあ」
と感慨深そうに何かを思いだしているのはサユリさん。その姿はきっとサユリさんにとってすてきな思い出があるんじゃないかと感じ取れた。
「私が子供の頃、両親が離婚しちゃってね」
「サユリさんも片親なんですか?」
「うん」
「じゃあいろいろと辛い経験をしてきたんじゃないんですか?」
「そうよ。わかる人にはわかるのねえ」
と言って、サユリさんは店の中にへと入っていった。サユリさんは何が言いたいのだろう?私もサユリさんに続いて中を見ると、向かい座席の椅子が二つカウンター席が五つ並べられジュークボックスがある。曲はビートルズ?ローリングストーンズ?と私の知らない洋楽がある。サユリさんは懐かしそうにうっとりとさせているのが顔に書いてある。
「私さあ、ここをまた復活させたいのよ」
「だからここの掃除をするんですか?」
「エエ、そうよ」
「でもサユリさんにはホットイップクの仕事とスクールカウンセリングの仕事があるんじゃないですか」
「うん。あるけど、私はここを作業所にしたいの」
「作業所ってなんですか?」
「精神的に障害を持った人が仕事の訓練をするところよ」
「そうですか」
「うん」
「でも、そのスタッフは?」
と言ったらサユリさんはにっこりと私の方を振り向いてウインクした。
そんなそぶりをするサユリさんを見て、
「私ですか?」
と自分に指さして私は言った。
「そう。亜希子ちゃん」
「ちょっと、そんな唐突な」
「はい決まり」と高らかな声を上げ、手をたたいて「亜希子ちゃんは明日からここのスタッフね」と言ったサユリさん。
「でも、こんなところにお客さんは来るんですか?」
「私が小さい頃、よくお小遣い稼ぎにお手伝いしていたのよ。だからこのコーヒーミルだって」
と言ってコーヒーミルのハンドルを動かしたらハンドルが取れてしまい「あれ」と言葉を漏らすサユリさん。
私はそれを見てため息をついて、
「やっぱり無理ですよ」
と言った。
「直せば大丈夫よ」
と強引にもそう言うサユリさん。
私とサユリさんは掃除を始めた。カウンターのテーブル席、向かい座席のテーブルの上を拭き、床はモップで拭いた。それとお皿、コップ、フライパンなどもほこりまみれだったが、水洗いしてピカピカにした。サユリさんが壊したコーヒーミルはハンドルのねじが弱っていただけで、すぐに直せた。
掃除が終わり、サユリさんは、
「明日でも営業できそうね」
と自信満々に言う。
「本当に営業するんですか?私一人で」
「お願い亜希子ちゃん。おばあちゃんのこのお店を開くの夢の一つだったのだったの」
と手のひらを合わせて懇願するサユリさん。
「私一人じゃ不安ですよ」
「大丈夫。メニューはコーヒーと紅茶しかないから」
私の不安を無視するサユリさん。だから私は、
「そう言う問題じゃないですよ」
さらに無視して、
「営業時間は午後一時から午後五時まで亜希子ちゃんのリハビリには良いと思うんだけど?どうかな」
「じゃあとりあえず一日だけですよ」
「ありがと」
と言って私のところに抱きつくサユリさん。
私とサユリさんは二階に上がり、そこにはなんの変哲のない八畳間にサユリさんのおばあちゃんらしき人の写真が添えられた仏壇があった。 サユリさんは仏壇の前で手を合わせ、
「おばあちゃんのこの店は私と亜希子ちゃんが引き継ぎます。天国でいつまでも私と亜希子ちゃんを見守りください」
とサユリさんは目を閉じていった。私も目を閉じ関係してしまった以上どうぞよろしくお願いしますと私もサユリさんのおばあちゃんに祈った。
「じゃあ亜希子ちゃん。今日はもう良いから、明日正午にここに来てくれる?」
「アッ、はい。わかりました」
と言って引き受けてしまった。
帰りはサユリさんに家まで送ってもらい、車を運転するサユリさんはご機嫌だ。鼻歌なんかならしちゃってなあ。私はサユリさんの期待に応えられるかどうかはわからないけど、やってみるか。一日でも良いからやってくださいって言われたからな。
オレンジの日々。
私は今日サユリさんにお店を頼まれてしまった。すごく不安なんですけど、何かすてきな予感があると思う私もいるのです。




