オレンジ4
「亜希子亜希子」
「何母さん」
と体を起こして時間を見ると八時丁度を示している。
「やばい」
私たちは八時にホットイップクに待ち合わせしていたんだ。
「遅刻遅刻最悪」
と言いながらイップクまで走る私。
「あらあら亜希子ちゃんはおね坊さん」
とサユリさん。この人の口癖はあらあらみたいだ。
「何やってんだよ。この非常時に・・・」と怒鳴り込んでケンジ君は「まあ良いよ。どうせーあんたには関係ないことだろ」とため息をついてしゃべる。
「そんなこと言わないでケンジ君。私に任せてよ」
と言うサユリさん。
「わかりました」
と理解するケンジ君。
「さあ私の車に乗って」
とサユリさんのかけ声に私は助手席に座りケンジ君は後部座席に座った。車のエンジンをかけサユリさんは、
「シートベルトをしてね」
と言った。
ケンジ君の家に向かっている途中私は少しおびえていた。
「どうしたの亜希子ちゃん」
と心配そうにサユリさん。
「ちょっと私緊張しています」 「なら到着したら私の車の中で待ってる?」
「良いですか?」
と私が言ったらケンジ君が、
「お前も来いよ。お前はいろんな経験したいんだろ。びびってないで来るんだよ。立派な大人にはなれないぞ」
と後部座席から私の肩を揺さぶりながら言うケンジ君。
「わかったよ。行くから離してよ」
到着して、サユリさんは急に真剣な眼差しでケンジ君にこういった。
「ケンジ君。私は夫婦喧嘩をやめてほしいことをあなたのお父さんとお母さんに伝えるけど、その時はケンジ君」
「はい」
「これはケンジ君の問題だからケンジ君も側にいるのよ」
「はい。わかりました」
車のエンジンを止め私たちはケンジ君の一戸建てのドアまで行ってサユリさんが呼び出し音のベルを鳴らした。
しばらくして誰も出ない。もう一度・・・出ない。
「お父さんとお母さんはお出かけ中なのかな?」
とサユリさんは首を傾げながら言った。
「いや、休みの日はいつも家にいますよ」
と言って、ケンジ君はドアノブをひねり入っていった。私とサユリさんも続いていくと膝を抱えて涙を拭っているケンジ君のお母さんらしき人が玄関にいた。
玄関を見ると、花瓶の割れた痕やら壁は穴だらけその残酷な光景を見て怖くてサユリさんの背中に身を伏した。
「大丈夫よ亜希子ちゃん」
とそんな状況の中でもさわやかな笑顔でいるサユリさん。私はそんなサユリさんが滑稽に思った。
ケンジ君は、
「お母さん」
と叫んで、お母さんが顔を上げると痛々しくも右頬に大きな痣がある。
「ケンジ」
とお母さんが涙声で叫んでケンジ君に抱きついた。
ケンジ君は震えて拳を握りしめて、
「おやじぃ」
と憤りあらわな声でお母さんから離れて土足で奥の部屋へを入っていった。サユリさんもそれに続いた。
私は怖くて震えていたが、ケンジ君が言ったようにそんなんじゃ立派な大人になれないと言う言葉に行くべきか行かないべきか葛藤して前者に従うことにした。最大限の私のありったけ勇気を振り絞って靴を脱ぎ中へと入っていった。
台所の前でサユリさんは何かを傍観している。
「サユリさん」
と言っても、私は恐る恐る近づいている姿をちらっと見て台所の方を見つめている。だからもう一度。
「サユリさん」
と言って、私も台所の方を見てみるとそこには仰向けになったお父さんにまたがりながら、ケンジ君は鬼のような形相で殴りかかっている。
それを無表情で見つめるサユリさん。
「何で止めないんですか?」
と言っても、かかしのようにずっと立ちつくして黙っているサユリさん。私は怖いけど、勇気を振り絞って止めようとすると、サユリさんに両手で押さえ込まれこう言われた。「これは私たちが手出しできる問題じゃないわ。これはケンジ君自身の問題だったのよ」
「何言ってるんですか?だからって暴力はいけないよ」
と言ってサユリさんを両手でふりほどいてケンジ君をどついて暴力をやめさせた。 ケンジ君のお父さんとケンジ君は息を切らして、激しく呼吸している。
「気が済んだケンジ君?」
何事もなかったようにいつものスマイルで言うサユリさん。この人はどうかしているかと思った。
「・・・」
ケンジ君は息を切らしながら黙ってサユリさんの方に目を向けた。
「ケンジ君。どうやら私が出る幕はなかったようね」
黙って首だけを縦に振るケンジ君。
「後はケンジ君しだいだね」
再びケンジ君は首だけを縦に振る。
「じゃあ亜希子ちゃん。帰ろうか」
「救急車は良いんですか?」
私はケンジ君のお父さんの表情を見てほおっておけなかった。顔が腫れていて、今にも死にそうな顔をしている。
「大丈夫よ」
「サユリ先生。ありがとうございました。先生に頼らず初めからこうしていれば良かったんですね」
「うん」
と活気よく極上のスマイルで言った。
サユリさんは私にウインクをして、
「じゃあ亜希子ちゃん帰るわよ」
「ええ?ちょっとほおって置くんですか?」
「・・れよ」
と何かケンジ君はつぶやいている。
「ええ?何?」
「帰れよ」
と目を真っ赤にして私に大声で訴えかけるケンジ君。
「あっあっあっはい」
と私はびびって慌てふためいてそそくさにサユリさんの後に続いた。
サユリさんは車のエンジンをかけ走行させた。帰宅途中。私はと言うと助手席で頭を伏せケンジ君のことが心配だったし、あの鬼のような形相を思い出してみても鳥肌が立つ。大丈夫なのかあの家族は?もしかしたらあのあとケンジ君はお父さんを殺したりはしないだろうか?ケンジ君のお母さんはケンジ君の鬼神のような表情を見て気絶しちゃうしなあ。
それに・・・サユリさんを一瞥して何事もなかったようにおだやかな表情で車を運転しているサユリさん。
そんなときサユリさんの目が合いサユリさんはにっこりと微笑んで、
「怖かったでしょ。亜希子ちゃん」
「はい。サユリさんは怖くなかったんですか?」
「私はもうああ言うの見慣れているからねえ」
淡々と笑顔で答えるサユリさん。
「見慣れているんですか?」
驚いてつい大声で言ってしまう私。
「エエ、毎度の事よ」
「そうですか」
と言って私は思った。サユリさんはきっと人生で私には想像のつかないほどのことを経験しているのだろうと。
「お腹空かない?亜希子ちゃん」
とのんきにも言うサユリさん。
「思えば朝から何も食べてはいませんからねえ」
「じゃあマックでも行くか」
マックでドライブインして中にはいると丁度昼時だったのでレジの前では行列をなしていた。私はサユリさんに席をとっといてと言われ、言われるままに従い席を取って待っている間五分私が頼んだバリューセットのフィッシュバーガーセットのサラダセットをおごってくれた。
「ありがとうございますサユリさん」
お礼を言いつつ、サユリさんは私の分のフィッシュバーガーセットを差し出してサユリさんの分を見てみると山盛りのハンバーガーがあって私は驚いた。
「誰がそんなに食べるんですか?」
と目を丸くして言う私。
「もちろん私よ」
「エーそんなに食べるんですか?いくつあるんですかそれ?」
「十個よ」
以前、カレーを作ったときもそうだった。五人前も作って四人分の量を食べてしまって私はその時驚いたっけ。しかも羨ましいことに全然やせている。サユリさんは密かに運動したり腹筋腕立てをしているような人ではないし、それにそんな暇などこの人にはないだろう。
幸せそうにハンバーガーを食べるサユリさん。一つ百円だからと言って食べ過ぎだろうが、この人は太らないのだ。
食べているときのサユリさんはすごく幸せそう。
「あー食べた食べた」
と満足そうにサユリさんはお腹をたたいて言った。
「大丈夫なんですかそんなんに食べて?」
なんて私は心配した。
「うん。満腹になるまではまだまだだけど、今日のお昼はこれぐらいにしておく」
それ以上でもまだまだ満腹じゃないのかと思いつつ、私は驚くしかないのだ。
「それより亜希子ちゃん」
急に改まった笑顔で言うサユリさん。
「はい」
「あなたって勇気があるんだね」
「はぁ」
と言っておいた。きっと私がさっきケンジ君を止めたことを褒め称えていったのだろう。
「もし良かったらさあ、私のサポーターとして働いてくれない?」
「はあ?」
と疑問の言葉を漏らす私だった。確かに私は勇気があるかもしれない。でも私はそれ以外になんの取り柄もない。私のことをまだ三日しか見ていないのにどうして私のことを買いかぶるのだろうか?私はただの子供で世間知らずの未熟者だ。きっと笑えないジョークだ。
「ねえ、やってみない?」
と冗談に思えたのだが、もう冗談ではない。サユリさんは本気だ。目を見ればきらきらと輝いて私を勧誘しようとしている。
「一つ聞きたいんですけどサユリさんは私の何を知っているんですか?」
「勇気があって前向きなところがだよ」
「てゆうか私、まだフリースクールホットイップクに入って三日しか来てないし私はバカで未熟者ですよ」
「それは私だって同じ事だよ」
「でも大学高校だって出てないし」
「まあ私は大学には出ているけど社会に出るときなんて右も左もわからなかった未熟者だったよ」
「私なんかただのニートですよ」
「構わないよ。私は亜希子ちゃんのその純粋無垢なところが好きなのよ。なんて言うかさあ、何でも自分から進んでいく探求者みたいだし」
「そうなんですか?」
本当にそうなのか、自問自答してしまう私。
「そうよ。まあ、お金は月五万しか出せないけど、景気が良くなったらお金も弾むよ」
私は今ただのニートだしやることもない。私にとって良い話かもしれないが、
「自身ありません」
俯いて言う私だった。
「今はそうかもしれないけど、少しずつ自信なんてついてくるものよ」
「私わがままですよ」
とサユリさんに顔を背けながら言った。
「私だってわがままだよ。でも人はわがままな生き物だって思うのよ」
「どうしてですか」
「何かを見つけるにはわがままな方が良いと思うんだ。だってそうでしょ。夢を見る人って、とにかく自分のわがままを通してそれに向かって、いろいろと努力して経験して成長していくものだと私は思うのよ」
私はわがままという言葉が悪い言葉だと思っていたが、そうではないみたいだ。
「どうする亜希子ちゃん。これは自分を見つけるチャンスかもしれないよ」
とサユリさんは言うのだ。
確かにサユリさんの言うとおりチャンスかもしれない。人生いろんな面で見つめられるかもしれないだから私は、
「考えさせてください」
と言っておいた。
「うん。私はいつでも待っているよ」
と女神様スマイルはいつものこと私はその笑顔を見てサユリさんは人生をおもしろく生きているんだなあって思えた。それは草原に咲く一輪の花のように。
サユリさんが花なら、私は種のような存在だ。でも人ってそこからスタートして行くんだと思う。いつか私もその花を咲かせたいと考えた私は、
「やらせてください」
と立ち上がって真剣な眼差しで言った。その姿は種から芽が出た感じがした。
「エッ本当に?」
とサユリさんは嬉しそう。
「はい。迷惑かけるふつつかものですがよろしくお願いします」
「よし決まり」
ウインクして手をたたいた。
私はかなり自信なかったが、言ってしまったことは仕方がないから、とことん最後までやってやると思った。
一時になり、私は今日はばてばてになりさっきとの決意とは逆に、
「ごめんなさいサユリさん。今日は疲れちゃった。こんな事じゃ勤まらないよね」
「ううん。そんなことないわよ」
「どうしてですか?」
「マイペースに進んでいけば大丈夫よ」
「ふがいないじゃないですか体力がないのに」
「私はねえ亜希子ちゃんといると楽しいの。だから亜希子ちゃんだったらいろんな人を楽しませることができるんじゃないかって期待しているの」
「そう思ってくれるのは嬉しいのですけどやっぱりふがいないです」
「そんなことないわよ。今日は家まで送ってあげる。明日また待っているから」
とその時サユリさんの携帯が鳴り出して「もしもし」
と出た。
サユリさんは嬉しそうに「うん」とか「本当に」とか「良かったねえ」とか相づちを打っている。きっとサユリさんに対しての誰からの朗報だろうと思った。
電話が終わり、その相手はケンジ君だったらしく、見事両親を復縁に成功させたらしい。あの時お父さんを殴ったことはどうやら無駄ではなかったらしい。
私も嬉しく思い自然と笑顔がこぼれ、
「良かったですねえ」
と言った。
「うん。ケンジ君言ってたけど、亜希子ちゃんにもお礼を言って置いてだって」
「そうですか」
と言ったが、私はお礼をされるほどのことはしていないと思った。それはサユリさんも同じだと言っていた。
オレンジの日々。
ケンジ君はとても勇気のある人だ。自分で夫婦喧嘩を止め、見事復縁させてしまったからだ。そう言った奇跡は勇気で引き起こすことができるんだと思うと、私までこの先真っ暗な世界が光に満ちる。
ありがとうケンジ君。
それと私はホットイップクでサユリさんのサポート役に任命された。ふがいないかもしれないけど少しずつできるように努力するつもりだ。
私は荒野に種を植えたものです。それを咲かせるのは私自身です。




