オレンジ2
オレンジの日々。
今日はカラオケで一曲歌っているうちに倒れてしまった。自分のふがいなさに死にたいと思ったが、かけがえのない人に助けられ、私は改めて生きている感じがした。それと人間は一人では生きてはいけないことを知ったのだ。
人間はどんなに辛くても悲しくても一人では生きてはいけない。だから私の母さんがいる。だから娘の私がいる。
自然界にある生物すべてそうだ。一人では生きていけないのだ。
次の日。
目覚めると、私は窓を開け、冷たい風にさらされた私の体は寒かったが心は温かかった。それは雲一つない透き通った空で陽がかんかんと出てまぶしくてつい目を細めてしまう。見渡すと空気が乾燥しているせいか遙か遠くの山脈が見渡せる。見た人すべてを爽快な気分に変えてしまうんじゃないかと思えた。
心の中の時計は再び動き出した。今日という日の始まりに感謝していた。
部屋から出てリビングで、
「おはよう母さん」
と笑顔で挨拶したらそれは懐かしくリビングで座っている姉さんを思いだしたので涙が出てしまったがそれでも私は笑顔だった。
「おはよう亜希子」
母さんも笑顔だった。
母さんの顔にも書いてある。私の挨拶を一年ぶりに聞いたと、言葉にはしなかったが私には分かる。しかも嬉しそう。
テーブルにはパンとサラダとスープが用意されていた。バランスの良い健康的なメニューだ。
すべてが久しぶりだった。
「亜希子」
「何母さん」
「朝食がすんだらちょっと良い?」
「ちょっとって?」
と首を傾げながら言う私。
「フリースクールって知ってる?」
私は聞いたことがないので、
「何それ?」
と眉を寄せていった。
「まあ、話は後でね」
食事がすんで、母さんは仕事に遅れていくと電話した。
私は母さんの部屋に行き、
「フリースクールって何?」
と聞いてみた。
「ネットで調べたんだけど、亜希子みたいに自分がどうしたらいいのか分からないとか、行き場を失った子達が通っているところなんだって、参加も自由だし見学もオーケーだって言っているから今日はちょっと無理しない程度に見学してみない?」
私は母さんの言うとおりどうしたらいいのか?どこへ行ったらいいのか分からないし、夢も希望もない。それじゃあダメだろうと思い「うん。分かった。行ってみるよ」
早速母さんが言うフリースクールに向かった。名前はホットイップクと言う聞いただけで恥ずかしくなるような名前だ。
「ここが母さんが言うフリースクールってところ?」
私は目の前にあるぼろ屋がフリースクールなのかというのが疑わしい。スクールは日本語に直すと学校だというのは常識的なことだ。その学校がこんなぼろ屋の一軒家とは・・・
「まあ、そう言わずに入ってみましょうよ」
と母さんはスライド式のドアを開いて、
「ごめんくださーい」
と声を発した。
「はーい」
と何やら女性らしき声がしてその人は現れた。
「はい何でしょう」
とその人は紺のワンピースにレザーのジャケットを羽織ったきれいな女性だった。それに笑顔がとてもすてきな人だった。
私と目が合い、にっこりと笑顔で挨拶され私は何て答えたらいいのか分からず照れてしまいついとっさに顔を背けてしまった。
「あの、ここはフリースクールホットイップクさんですよねえ」
と母さんは笑顔で言って、女性は、
「はい。そうですよ。見学の方ですか?」
「はい。そうです。申し遅れました私は北野まいこでこの子が娘の亜希子です」
と一礼して言った。
「私はここの学長の中村サユリと申します。よろしくね亜希子ちゃん」
とうつむいている私の顔をのぞき込んで優しく言った。それに対してわずかだが花のつぼみが少し咲いたような笑みをついこぼしてしまった。何かちょっと気持ちよく私の砂漠のような心の中に少しだけ水が流れ込んできたような不思議な感じだった。
私と母さんは見学と言うことでぼろ屋に案内された。
中を見渡すと部屋は居間と台所しかない小さな1LDK。居間のすみにパソコンが設置されていて電源が入っていてスクリーンセイバーが作動している。ほかは本棚があって小説、教科書、参考書、漫画などが詰められている。
私と母さんは適当に座って中村サユリさんのおもてなしを待っている。
「お待たせしました」
と言って、折り畳み式のテーブルを居間の真ん中に置いて私と母さんにお茶をもてなした。
「ありがとうございます」
と母さんは言って私は軽く会釈した。
「私はこのような者です」
と改めて自己紹介。私と母さんに名刺を差し出してきた中村サユリさん。
名詞を見て中村サユリさんはサユリはカタカナだ。フリースクールホットイップクの学長さんみたいだ。
「フリースクールって言いますけど生徒さんはいないんですか?」
私はちょっと失礼だったかもしれないが聞いてみた。
「はい。まだここは立ててから二週間しか経ってないんでだから亜希子ちゃんがホットイップクの生徒さん第一号よ」
と言って、まだ入っていないのに手をぱちぱちとたたくサユリさん。ちょっと興奮している。
サユリさんはどんなときでも笑顔だ。そんな笑顔に惹かれた私は、
「じゃじゃじゃじゃあ見学いいですか?」
緊張していて訥々とした口調の私だった。
「大歓迎よ」
と嬉しそうなサユリさん。
「じゃあ亜希子。母さんは仕事だから行くよ」と言って、サユリさんの顔を見て笑顔で「娘をよろしくお願いします」と言って仕事に出かけていった。
「じゃあ亜希子ちゃん。私の仕事ぶりを見てみる?」
「仕事って何の仕事ですか?」
「ここ新しく私が作ったフリースクールホットイップクの仕事とスクールカウンセリングの仕事よ」
「すごいですねえ」
と中村サユリさんの仕事ぶりを聞いてみて感心する私。
「亜希子ちゃんは何か夢か何かあるの?」
「ありません」
「そうなんだ」
「私不安なんです」
「あらあらどうして?」
心配そうに言うサユリさん。
「学校も辞めて夢も希望もないんです」
と自分の不安を言うとよけい不安になってしまい、俯く私だった。
「大丈夫よ」
と肩を抱いて再び笑顔で言う中村サユリさん。よく見るとそれは姉さんの笑顔と似ている。でも姉さんとは顔は似ていないが人を安心させるような笑顔は同じだと思った。でも私は、
「不安なんです。何もできない自分が」
とネガティブなことを言った。
「じゃあ亜希子ちゃんは決まりね」
「何が決まりなんですか?」
「亜希子ちゃんは今日、私と一日を過ごすの」
「そんなの中村さんにとって迷惑なことでしょう」
「中村さんじゃなくて気軽にサユリって呼んで」
「あっはあ」
「別に迷惑だなんて思ってないよ。私はあなたみたいな人生で困っている人たちをいろんな経験させてその中で何か見つけられることを願っているだけよ」
「そうですか」
とりあえず今日は見学としてサユリさんと一緒に行動をともにすることにした。
サユリさんは外に出て車に乗ってエンジンをかけた。
「じゃあ乗って」
とサユリさんに言われ助手席に乗った。
「どこに行くんですか?」
「私のとっておきの場所」
「とっておきの場所って?」
「それはついてからのお楽しみ」
とついた先は公園だった。ただの公園ではなかった。ブランコから海が一望できる場所だった。
その景色と言ったら海鳥が飛んでいて海面は太陽に照らされて、すごくきれいな場所だった。ここ新潟で十七年間過ごしてきた私は近くにこんなすばらしいところがあるなんて知らなかった。
私とサユリさんはブランコに乗って、
「すてきな場所でしょ亜希子ちゃん」
「はい」
とそのすばらしさに私は満面な笑みで返事をした。
「あっ、亜希子ちゃんが笑っている」
「そうですね」
と認めて言う私。
「来て良かったと思ったでしょ」
「はい」
「亜希子ちゃんの笑顔ってすてきねえ」
「そうですか」
嬉しく思ってしまう私だった。
「どうかその笑顔をどんな悲しい出来事にも苛まされようとも決して忘れないでね。亜希子ちゃんのその笑顔は人を引きつける力を感じるわ」
「そうですか」
と照れてしまう私だった。
「うん。お友達がいっぱいできるんじゃないかなあ」
それからも、私はサユリさんと会話した。どんな会話と言うよりもどれも些細なことだ。それでも私とサユリさんは互いに笑顔で楽しくなり時間はあっという間にお昼を回っていた。こんな幸せな気分になったのは久しぶりだ。
ホットイップクに戻って、
「サユリさん。今日はもう疲れちゃいました」
私はちょっとしたことでへとへとだった。
「あらあらじゃあ家に帰る?」
「私やっぱり不安です」
「何が?」
「こんなことぐらいで疲れてしまうからです。こんなんで社会人になれるかどうか不安になってきます」
「大丈夫」
と言って私を抱きしめてくれるサユリさん。初めてあった人なのにこんなに優しくしてくれた。私はそのぬくもりに涙を流してしまった。
私は涙色に染まった顔を見られたくないのでサユリさんから離れた。
「どんなことも一歩一歩徐々に徐々に行けばいいのよ。だから心配はいらないよ。それに亜希子ちゃんの泣き顔が見れて私は嬉しくて得しちゃった」
「どういう意味ですか?」
「まあいいからいいから」
私は涙を拭って、
「はい。わかりました。だから今日は帰ります。明日もここに来て良いですか」
と言ったら嬉しそうに、
「もちろん。待っているわ」
「ありがとうございます」
と家に帰る途中私は今日はすてきな出来事に出会ったんだなあっと思って吹き出し笑いが止まらない。
家に帰ると時計は一時を回っていた。
オレンジの日々。
今日は思いも寄らぬすてきな出会いがあった。その名はフリースクールホットイップクの中村サユリさんとの出会いだ。笑顔が誰をも愛しくさせてしまうような人だ。私は姉さんの面影を感じた。
と日記に綴って、窓の外の見上げ姉さんを思う。
姉さん。私は姉さんに問いかけるとき空を見上げてしまうのです。別に天国とか信じている訳ではありません。だから私の中で姉さんは死んではいません。だから悲しい涙はもういりません。




