幕間-冒険者たちの噂
「……あれが、トウヤ、か」
誰からともなく、そんな声が上がった。
続いて壁際に立っていた弓矢使いの男が、ぶるりと体を震わせる。
「恐ろしいな。あの男なんだろう……シャールにステータスを聞いたのは」
ごくり。
誰かが唾を飲む音が聞こえた。
「聖騎士シャール。清廉潔白にして聖女認定も時間の問題だろうとされる女傑。子供には優しく、大人には自他の区別なく厳しい聖騎士」
「そのお硬さからついたあだ名が『鉄血乙女』」
「聖剣エクスヴァルを使いこなし、人類最強の一角と目される英雄」
「高嶺の花どころか、ドラゴンの足元の花とすら言われるあのシャールに……やべぇ呑まないとこんなの口にできねぇわ」
「俺、聞いたことあるぜ。ある貴族のボンボンが社交パーティーの警備についていたシャールを口説こうとしたらしい」
「……それで?」
「次の日から、使用人にも気を遣うすんげぇ紳士になったって話だ」
「ヒッ……!」
たった一晩でなにをどうしたらそうなるのか。
どれほど恐ろしいことがあったのか想像して、冒険者たちはいっせいに酒を呷る。
しかしそれよりなにより恐ろしいのは。
「そんなシャールが、トウヤの話をしに来た時」
「ああ、見たぜ……ほんの少しの違いだ。一般人なら分からないかもしれんが、見慣れた俺らには分かった。分かっちまった」
「ありゃあ……『女っぽかった』よな、なんつーか、雰囲気が」
「魔将軍を一撃ってのは、確かにとんでもねぇことだけどよ」
「その上でシャールを、ああも変えちまうってのは……」
「あー……くそ。それも神器ってやつの力なのかね」
「分からねぇ。分からねぇから、勧誘もできねぇ」
はぁ、とため息をつく一同。
魔将軍を倒し、シャールから特別扱いされる、聖皇教会の客人。
そんな男を仲間に引き入れることが出来れば、間違いなく今後は安泰だろう。
しかし、恐ろしくて出来ない。
ひょっとしたら知らないうちに、シャールのように自分を変えられてしまうかも知れない、そう思うととても怖くて声が掛けられない。
なにせ彼は神器持ちなのだ。
神器とは、なにをしでかすか分からないがとにかく凄い効果を持つもの、だ。
少なくとも冒険者たちはそう認識している。
「まっ、どっちにしたってシャールから勧誘しないよう釘刺されてんだ。気にしても仕方ねぇさ」
澄ました顔でナイフを研ぎながら、冒険者たちの会話に受付の男性が加わる。
「おやっさん、いいのかよ。最前線だってのに人が減る一方だって嘆いてたのに」
「ああ、長年の経験が告げてんのさ」
「へぇ? 何を告げてんだい?」
シャリ、とナイフを研ぐ手を止めて、男性は不敵に笑って。
「ありゃあ巻き込まれて英雄になるタイプだ。こっちが何もしなくたって、勝手にしでかしてくれる」
「なんだそりゃ、運命ってやつか?」
「ま、そんなもんだな。賭けたっていいぞ。あいつぁ、やらかす。何かでかいことをな」
「ふぅん。いいぜ、じゃあこの店で一番高い酒な」
「おう。さしあたって一年内でいいぞ」
「決まりだ」
こうして今日も冒険者たちは酒を呑む。
ここは最前線のサンテラ。
明日も酒が呑めるとは限らないのだ。