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閑話 とある商人の受難の続き

 行商人のジャンはすこぶる不機嫌だった。

 予定と違う。

 全く違う。

 大量に仕入れた食料はなんとか処分することは出来た。

 しかし大損害だ。

 手に入れるはずだった儲けが、そのまま損にすげ変わったような大損だ。


「チッ」


 思わず舌打ちが出る。

 すると御者の男は不安そうな表情でジャンをちらりと盗み見る。

 その様子にジャンのイライラはさらに加熱されていく。


「なんだね」

「いえ……」

「……チッ」


 考えはお見通しだ。

 御者の男はジャンを心配しているのではない。

 彼が手に入れるはずの報酬の心配をしているのだ。

 金の切れ目が縁の切れ目。

 そんな話はごまんとある。

 しかしよもや自分自身がそんな境遇に陥るなど、ジャンは想像すらしていなかった。


 サンテラの街での竜騎士の敗北。

 さらには確実と目されていたグラッドの街奇襲の失敗。


 ジャンが直接関わっているのは前者のみだが、問題はそこに回されたのが竜騎士シュバルトだったことだ。

 本来ならば彼はグラッドの街奇襲の主力。

 それを無理を言ってサンテラ攻略にまわしてもらったのだ。

 無論ジャンが直接交渉したのではなく、彼と真正聖王国をつないでいる人間がその判断をしたのだが。


 それでも「責任」なるババ抜きのジョーカーは巡ってくる。

 ジャンにとって状況は非常に悪かった。


「まだだ……まだ、巻き返せる」


 ガリ、と爪を噛み砕きながらジャンはなにかに取り憑かれたような表情で道を見つめる。

 この先には村がある。

 ジャンが主導したサンテラの街での工作に連動した計画が、その村では行われているはずだ。


 領主を抱え込み、さらに近隣の村々を真正聖王国のケンタウロス部隊で実効支配を行うという、切り崩し工作だ。

 足がかりとなる最初の村がこの先にあるのだ。

 加えてさらに南でも真正聖王国大陸統一のためのプロジェクトが発動中だと言う。

 汚名を雪ぎ勲功を上げるには、これが最後のチャンスとなるだろう。

 失敗するわけにはいかない。

 もしその可能性があるならば、それは徹底的に潰さなければ。

 そう考えてジャンは最悪のケースというものを想像してみる。


「……いや、ないな」


 持てる知識を総動員して考えた結果、失敗する可能性などなかった。


 聖皇神国はお人好しの国である。

 戦力のほとんどが魔王軍に向けられ配置されている。

 そのためラマーナ山より南の農村地域にはほとんど戦力が配置されていない。

 せいぜいモンスター対策の冒険者くらいだろう。

 真正聖王国やオクトルフが襲ってくるかも知れないなど、ほとんど考えていないのだ。


 ならばいくら小隊規模と言えど、ケンタウロスたちが農村一つ落とせないことなどありえない。


「……北での状況の激変を現地に伝え、作戦の進行を早める……劇的とまでは言えないが、まあ十分な手柄だろう」


 おそらく農村を制圧済みの小隊からケンタウロスを数騎ほど借りる。

 それを使い東南にある農村を実効支配する。

 あとは遅れて本国からやってくる部隊に完全に占領まで進めて貰えば良い。

 聖皇神国はサンテラだけではなく、国全体で食糧難になっていた。

 これが成功すれば大打撃になるはずだ。


「今度こそ、今度こそ鉄板だ……負けるはずのない勝負……!」


 不気味に笑うジャンを見て、御者の男はなおさら不安になってくる。

 負けるはずのない勝負。

 その言葉に御者の男はとても嫌な予感しかしなかった。




「……怪しい商人、ジャンねぇ……そうか、こっちに来たか」


 フィエル村の一角に用意された大きな厩舎。

 その中でも一番奥にある、他には声が届かないような部屋でギリーに状況を報告したエルがこくりと頷いた。


 報告の内容は、先ほどのジャンと御者とのやりとりそのものだ。

 これは別にジャンが無能だとか、そういう話ではない。

 まだ村からは遠く離れた街道。

 見晴らしも良く、近くに誰かがいれば分かる道。

 そんな場所で、まさか近くの草むらに潜んだスライムが聞き耳を立てているなどと、誰が想像できるだろうか。

 ましてそのスライムからほぼノータイムで思念による情報伝達がされるなど。

 想像できたとしたなら、その人はきっと精神を病んでいるに違いない。


「会話も怪しい。この村をケンタウロスで襲うこと、知っているかのよう」

「ん? ああ、だろうな。つか知ってるわそいつ、工作員の一人だよ」

「どうする?」


 エルが尋ねる先にいるのはギリー、だけではない。

 小隊長であるケリュイン。

 そして分隊長であるルゥラ、ヴィガー、フィスアルマ、シェティールの四名も揃っていた。


「……部隊の状況はどうなっている」

「ルゥラ支援分隊、全員稼働可能です」

「ヴィガー右翼分隊、体調不良が2名だな」

「フィスアルマ左翼分隊、同じく体調不良3名……ふふ、羨ましいことね」


 ほう、と艷やかにため息を吐くフィスアルマ。

 それにあからさまに頬を染めるルゥラと微かに赤くなるケリュイン。

 ヴィガーはうんうんと強く頷いて同意を示す。

 体調不良というのがどれもつわりの症状だからだ。


「シェティール切り込み分隊、いつでもいける」


 しかしシェティールだけはその話題に反応を示さず淡々と報告を続ける。

 ケリュイン小隊の一番槍である彼女は、フィスアルマが緩めた空気を引き締めることが多い。


 いつも通りだ、とケリュインは頷く。


「ギリー、我々は戦える。それこそ真正聖王国の同胞全軍とでも、今なら戦えるだろう」


 普通なら妄言としか思えないような発言だが、ケリュインの性格から言ってそれは事実なのだろうとギリーは考える。

 実際にギリーの知る範囲でもありえなくはない話だ。

 ケンタウロスは集団戦に長けた種族。

 そのため指揮するものの能力でその力が大きく左右される。

 今のケリュインと、そして四人の分隊長の能力は通常のケンタウロスのそれを遥かに上回る。

 ギリーの見立てでは小隊としての戦力は世界最高峰、相手が中隊規模であっても遅れを取ることはないだろう。


 戦力として言えば、戦える。

 武力解決してもなんら問題ないと言えた。


 しかし、ギリーは油断しない。

 世の中ありえないことも起きるのだと、思い知らされたばかりなのだ。

 そもそも、このフィエル村の戦略的価値は恐ろしく高い。

 聖皇神国南部への入り口に位置している地理的なもの。

 そしてなにより、真正聖王国側からしたら自分たちの側に落ちているはずという、情報的な価値。

 その価値を自ら安売りする必要はない。

 それがギリーの算盤を弾いた結果だった。


「俺が対応する。エルは村長に話を通しておいてくれ。ケリュインは単独行動が可能でしばらく村から離れても問題ないやつを選出しておけ」


 ギリーの指示に異論を唱えるものはなく、全員が頷き行動を開始した。

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