二十九日目-11 決着
「トウヤ? なにか問題?」
「──っ」
エルの言葉で俺は我に返った。
周囲を見回してみるがなにも変わっていない。
おそらくあの謎空間の出来事は一瞬だったのだろう。
逆を言うとあの女の子は、その気になれば俺の主観時間で何年でもあそこに拘束することが出来たのだ。
まったく神様というのは規格外だ。自重してほしい。
「トウヤ?」
「いや、なんでもない。とにかくこれで、終わりだ」
改めて俺はその像を持つ両手に力を加える。
固定装置の類いは全部解除済みだ。
だから初期ステータスの俺の力でも像は徐々にだが設置場所の溝から浮き上がり初め。
スポン、と。
エンシェントドワーフによって作られたマキナ神の像を、無造作に引っこ抜いた。
すると。
ウゥゥゥゥゥゥゥ……ン……
と唸り声のような何かが駆動していた音が小さくなっていく。
それにともなって周囲が急激に静かになっていくのを感じた。
周囲の装置も光ったり動いたりすることを止めていく。
やがて部屋は真っ暗になり、静寂が訪れた。
ギオデムの機能が完全に停止したのだ。
──と思ったのだが。
「な、なんだ?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴという地鳴りが再び響き始めた。
「不明。でも目的は達成。脱出」
「そうだな。頼む」
俺が乗るとエルはすぐに全速力で移動を始める。
来る時にはあった銃座はすべて格納されており、防衛のアーティファクツもいなくなっていた。
脱出は問題なく出来そうだ。
マリのMPも残っているし、外も問題ないだろう。
一時はどうなることかと思ったが、どうにかなったようだ。
とは言え。
「帰ったら村の人に説明しないとだよなぁ」
「エルの分離体も」
「それもあったな。ああ、もう今日くらいあとは休みたい……」
ぼやいては見るものの、そうは問屋がおろさないだろう。
実際逆の立場だったら「説明はまた明日」とか納得できるわけがない。
「エル、ちょっと速度落としてゆっくり行こう」
俺はせめてここからの脱出の間だけでも休憩しようと、エルの上でだらっと姿勢を崩す。
マキナ神の像を腹の上に乗せて四肢を投げ出すような感じで、流れるプールで浮き輪に乗っている人みたいな体勢だ。
合わせてエルも俺の手足が通路にぶつかったりしないように体の形を即座に変える。器用だ。
「ダメ。ミッシェル、心配」
にべもなく却下されました。
ですよねー、一刻も早く娘──いや妹──いや姉か──の安否を確認したいもんね、エルはね。はぁ。
がっくりと肩を落とすと、俺を救ってくれたエルの分離体がよしよしと頭を撫でてくれたのだった。
結果的にエルが急いだのは正解だった。
というのも地鳴りの原因が、ギオデムが再び地下に潜り沈み込んでいることによるものだったのだ。
なんとか出入り口が埋まる前に地上に出ることができたが、ゆっくりしていたらエルに掘削してもらうしかなくなっていた。
もしそうなれば面倒なことになっていただろう。
しかしまあ、派手にやったものだ。
当事者なのだが他人事に思えてしまう、常識からかけ離れた光景がそこにあった。
巨大ロボットとなったヴァーハナとギオデムの戦いで周囲の地面は踏み固められたり、あるいはめくれ上がったりしている。
なんだったら少し離れたところに見える山とか削れてない?
どうも俺がギオデムの内部にいた時に、相当激しくやりあっていたみたいだ。
俺は改めてその巨体を見上げる。
勝者となったヴァーハナはまだ警戒しているのか俺たちの方を、正確には俺たちの足元に埋まったギオデムの方を向いて身構えている。
「さっさと行って作戦成功を伝えてやらないとな」
「わかった。先にヴァーハナに帰還する」
地上に出てから一度止まっていたエルが再び前進を始めた。
次の瞬間。
「動くな!」
「!?」
頭上からの声に驚いて見上げると、そこにはルルクに乗ったフェスティスがいた。
「な、なんだ? どうしたんだ、なにかあったのか?」
周囲を見回してみるが、特に異常は見当たらない。
まあ超巨体同士の戦いでめちゃくちゃになっているので、ことさらな異常が見つからないというだけだが。
「どうしたもこうしたも……それだけの神気を垂れ流しにしてよく平気だな。我輩をして少し呆れるぞ」
「神気?」
なんのことだと首をかしげるが、すぐに思い当たる。
今の俺から神気とやらが垂れ流しになっているのだとすれば。
「ひょっとして、これのことか?」
マキナ神の像をひょいと掲げる。
「ばっ──ルルク!」
「う、うん!? あ、はい!」
慌てたフェスティスの合図で、ルルクは彼女を庇うように体を起こした。
それによってフェスティスの姿は俺から見えなくなる。
っていうかなんだろう、その反応。
もしや、まさか、ひょっとして。
「これって相当やばいものだったり?」
「ふ……ふふふ……今回ちょーっと失態を見せてしまったかな、なんて反省していた我輩もちょっと怒るくらいにはとんでもないものだぞ? トウヤにイメージしやすい例でいうと、それは放射性物質のようなものだ」
「ほうしゃせいぶっしつ」
なんだっけそれ。
冗談ではなく一瞬わからなくなる。
当たり前の常識のように知っている言葉で、何度も耳にしたことがある言葉なのに。
状況が理解できず、まるでゲシュタルト崩壊したかのようにその単語の意味が捉えられない。
やがて。
ゆっくりと。
その意味を。
思い出して──!?
「待て、落ち着け。あくまで例であってそのものではない。持っていて平気ならトウヤ自身にとっては問題はない。だが我輩とヒミナには危険だ。特にヒミナは神界から神を降ろせる聖皇女だからな、こんな近距離にあってはうっかりなんてレベルでその像の中身を降ろしてしまいかねんぞ。もしそうなれば、その神降ろしはヒミナの制御を外れたものとなりどうなるか分からん」
そんなに簡単に降ろせてしまうものなのか。
いや考えてみれば俺もギオデムの中で、触れただけなのにあの謎空間に精神を持っていかれた。
神を降ろす技能と器があるヒミナであれば、触れる必要もないというのは頷ける。
「だからまず、その像を封印する道具と術を作る。それまで悪いがトウヤはそこから動くな」
「道具と術を作るって……どれくらいの時間で出来るんだ?」
「安心しろ。こう見えて我輩は天才だからな」
ふふん、と笑ってフェスティスは指を三本立てて。
「3日、と言いたいところを3時間でどうにかしてやるぞ」
わぁい、3時間だってなんて早いんだー。
って思うわけないじゃないですかヤダー!
もうなんだったらさっさとヴァーハナをキャンピングトレーラーに変えてシャワーくらい浴びたいのに!
でもなんとなく3時間がめちゃくちゃ早いんだろうなってこともわかってしまう!
くそう! 素直に理不尽だとも思えないじゃないか!
「は……はは……そりゃ助かる、なるはやでお願いします」
「ああ。出来る限り急ぐから少し我慢してくれ」
「ご、ごめんねご主人様。そ、そういうわけだから、フェスティスさんの研究室に行ってくるね」
バサリ、と翼の音が聞こえた頃にはルルクの姿は遥か遠くに移動しており。
「……ま、少し休めるからいいか」
だらりと力を抜く。
改めて意識を向けると、エルの体は柔らかく温度も冷たくも熱くもないちょうど良い感じでくつろげる。
これは悪くない……と思ったのもつかの間。
「……不満」
「いたっ!? ちょっと、エルさん? あの、一部が固く尖って痛いんですが──いたっ!? あいたたたたたたたたた──あ? でもなんか健康サンダルを履いてるみたいでこれはこれで──いたたたたたたた!?」
結局のんびりは出来なさそうだった。




