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幕間-そして彼は考えることをやめる

 泣きっ面に蜂とはこのことだろうか。

 会議室の議長席に座ったフィッツは、胸の内の苦悩を表に出さないようにしつつ思考を巡らせる。

 真正聖王国によるグラッド奇襲の報告。

 それを瞳夜という謎の人物が500名を超える武装神官と神官戦士たちを運んでくれるというのは、望外の朗報だった。

 しかし美味い話には裏がある。


「竜ですぞ竜! これは彼らのマッチポンプではないのですか!?」


 司祭の一人が上ずった声で悲鳴のように言う。

 確かに、竜は人間にも魔族にもつかない第三勢力だ。

 現在では真正聖王国の竜騎士が従える竜のみが、人と共存している竜である。

 そのことを考えると、神官たちを運ぶ手段に竜を用いた瞳夜は、真正聖王国の人間である可能性が高い。


「ですが、さすがにそれではあからさまでしょう」


 瞳夜が真正聖王国の工作員なら、このように疑いを向けられると承知で竜を使うだろうか。


「あからさまだからこそ、かも知れませんぞ」


 裏の裏、というやつだ。

 しかしそれは考えにくい。

 工作員というものは「警戒されたら終わり」なのだ。

 そもそも彼は聖皇女であるヒミナをサンテラから乗せてきたわけで、工作員だったなら最高の機会を見逃したことになる。

 普通に考えれば、彼は信用できる人間だとわかる。

 だが悲しいことに、ほとんどの人間はその「普通に考えること」が難しくなっていた。

 その原因が、瞳夜が出発した後に訪れた、サンテラを竜騎士が襲撃したという凶報だった。


「しかり。北のサンテラに向かわせられる兵は少なく、そもそもあの街は危機的な食糧難に見舞われている最中。グラッド以上に持ちこたえられますまい」

「グラッドへ派遣した神官たちを向かわせる時間もありますまい」

「それが彼の狙いだったのでは?」


 完全に疑心暗鬼に陥っている。

 見立てが尽く外れて真正聖王国に良いようにやられているのが効いている。

 こんな状況、ヒミナには見せられないなとフィッツは思う。

 心優しく責任感の強いあの子のことだ、また己のせいだと思いつめてしまうことだろう。

 サンテラから戻ったばかりだということを口実に休ませていて良かった。


「皆さん、落ち着いてください。まず、サンテラにはすぐに援軍を出します」

「フィッツ教会長、間に合うのですか?」

「ええ。幸い、サンテラにはシャールが残ってくれています」

「おぉ、聖騎士殿が」

「そういえばヒミナ様の傍におられなかったな」

「珍しいこともあるものだ」

「だが今回はそれが功を奏した」


 周囲に否定的な意見がないことを確認して、フィッツは頷く。

 聖騎士シャールは聖皇神国における切り札である。

 その彼女であれば、例え竜騎士が相手であってもしばらくは防戦してくれるはずだ。


「トウヤという人間においては、グラッドがどうなるかを見てからでも判断は遅くないでしょう。それよりも一刻も早く援軍の編成を──」

「き、急報! 急報です!」


 ばたばたと足音を立てながら会議室に駆け込んでくる兵士が一人。

 その顔にフィッツは覚えがある。

 グラッド奇襲の報を持ってきたワイバーン乗りだ。

 どうやら東の問題は片付いたようだな、とフィッツは内心胸をなでおろしつつ「どうしました?」と先を促す。


「ぐ、グラッドの街にて、敵騎馬隊を撃破! 全員を捕虜としました!」

「……なんですって?」


 ホッとしていた気分が吹き飛ぶ。

 兵士はフィッツの気持ちが良くわかるのだろう、しっかり伝わるようにと深呼吸し、口に溜まった唾を飲み込む。


「グラッドの街を奇襲した騎馬隊を、全員捕虜として捕らえました」


 室内がどよめく。

 確かに瞳夜に送ってもらった援軍があれば撃退は確実だと思っていたが、全員捕虜になったというのは異常だ。

 こちらの主力は鈍重な歩兵であり、相手は機動性に優れた騎馬隊。

 捕えることが出来たとしても、良いところ殿を任された数人のはずだ。


「まさか……敵の罠では?」


 捕まるはずのないものが捕まった。

 となれば想像できるのは向こうがあえて捕まったという可能性くらいだ。

 しかし報告に来た兵士ははっきりと首を横に振る。


「いえ! 援軍を運んで頂いた竜が一つ吼えると、敵の人も馬も赤子のように力を失い為す術なく瓦解したためです!」

「竜が……まさか、竜魔法……!?」


 知性ありし竜は魔法を使う。

 人や魔族のそれを凌駕するため竜魔法と呼ばれ、成竜以上に成長した竜でなければ使えない。


「力を失った、と言いましたね?」

「はい……脱力(ロストストレングス)の魔術に似た効果でした」


 援護や妨害の法術の難易度は高い。

 それは竜魔法でも同じらしく、扱えるのは古代(エンシェント)と呼ばれる上位の竜だけだと言われている。

 瞳夜が神官を運ぶのに使った竜は小さく若い幼竜に見えたのだが、見た目に反して長生きした竜だったということだろうか。


「……わかりました。ではこちらの被害は」

「最初のぶつかり合いで軽傷者が数人ほど」

「良かった。では彼らには酷なようですがすぐにサンテラの街に向かうように伝えてください。同じようにトウヤ殿にも」

「は、そ、それが……」


 言いよどむ兵士。

 ざわり、とフィッツの胸中に不安が流れ込む。

 まさかそこまでした上でグラッドを盾になにかよからぬ要求をしてきたのだろうか?

 善良そうに見えた自分の目は節穴だったのか。

 そんな考えが頭によぎったところで。


「急報! 急報です!」

「!?」


 立て続けの急報にどよめきが生まれる。

 先に来た兵士にフィッツが視線を向けると、重要な報告は以上のようで一歩後ろに下がった。


「どうしました?」


 促すと兵士は一つ深呼吸をして、キリッと表情を引き締める。

 何が伝えられるのか、ピンと張り詰めた空気となる会議室に、その言葉が響き渡る。


「サンテラにて竜騎士およびその騎竜とワイバーンライダー5騎を撃破! 捕縛しました!」


 報告の半ばから堪えきれなかったのか、兵士の表情が喜色に染まっていく。

 やや間があってそれらの言葉と感情が会議室に浸透していき。


「お……おお!」

「捕縛と言ったな? まさか、捕らえたのか! あの竜騎士と、その竜を!」

「さすが! まさか持ちこたえるのではなく返り討ちにしてしまうとは!」


 喜びの声であふれる会議室にあって、フィッツだけは口元に手を当て思案していた。

 サンテラにいる聖騎士シャールは確かに切り札、この国最高にして世界でも有数の強者である。

 であるのだが、竜騎士と一対一ならともかく、ワイバーンライダーが5騎もいたのでは分が悪いはず。


「……経緯の報告を」

「は! 竜騎士の姿を確認後、街への被害を懸念して聖騎士シャール様が北門より出撃されましたが、数の不利にて劣勢でした」

「……?」


 フィッツ以外の面々が首を傾げる。

 身を隠す物もない北門の外に出てしまっては、シャールは圧倒的不利だったはずだ。

 増援まで持ちこたえるというのは、あくまで街の内側で街に被害が出ることを覚悟の上で防衛した場合の話。

 では、この話の流れから捕縛にまでどうつながると言うのか。


「竜のブレス攻撃であわやというところでしたが……トウヤ殿が神器にて救援に来てくださり、竜とワイバーンの翼を破壊! シャール様の傷を治癒した上で竜の不意打ちを迎撃し無力化! それを見た敵兵は戦意喪失し投降した次第です!」


 満面の笑みで告げる兵士。


「…………」


 しかし室内は奇妙なほどに静まり返っていた。


「……?」


 え?と不思議そうな顔で兵士が鼻白む。

 彼は自身の報告で喝采が上がると思ったのだろう。

 しかし会議室の面々は「今のどういう意味?」「私にも分からん」みたいな表情でお互いを顔色を探っている。


「つまり、まとめると」


 全員の視線が唯一口を開いたフィッツへと向けられる。


「グラッドへの援軍部隊を運んだトウヤ殿はその場に竜を残しサンテラへと急行。竜騎士たちに追いつくやいなやあっという間に撃破した、と、そういうことでしょうか?」


 確認するように視線を向ける先はグラッドから来た兵士だ。


「は! 正確には捕縛した騎兵から竜騎士の動向を聞いてからサンテラへと向かわれました!」

「……グラッドからサンテラまでの距離は、徒歩で12日ほど、でしたね」

「は! その、ええと、はい! だいたいそれくらいかと!」

「付け加えるなら、ワイバーンだとだいたい50分ほど、竜だと予想ですが30分ほどかかる距離ですね」

「は、はぁ……」

「……改めてまとめますが」


 こほん、と咳払いを一つ。


「トウヤ殿はここからグラッドの街までおおよそ20分とちょっとで500名の援軍を送り、騎馬隊を無力化した後、サンテラへ──そうですね逆算してだいたい──10分ほどで急行すると竜騎士と竜とワイバーンライダーを瞬く間に無力化した、ということですね?」

「……」

「……」


 グラッドからの兵とサンテラからの兵が目を見合わせる。

 ──お前なにか嘘言った?

 ──いや? お前は?

 ──言ってない。

 ──そうか、じゃあ。


「「はい」」


 アイコンタクトで見事な意思疎通を見せた二人は異口同音に答えた。


「そう、ですか……」


 フィッツは神妙な顔で頷くと一転、朗らかな笑顔を浮かべて。


「では今日の会議はここまでですね。解散しましょう」

「は……」

「じゃあ私、これから神様の祈りを捧げる系の仕事がありますので──」


 そそくさと席を立とうとするフィッツ。


「ちょ、ちょっと待ってくだされ! トウヤ殿への報酬や今後についての話が!」

「ええ、私はみなさんを信じてますよ」

「あ、これこの人が拗ねた時の反応だ! みんな取り押さえろ! フィッツ様がまた自棄になっておられる!」

「やめてください離してくださいもう嫌ですあれだけ悩んだのが馬鹿みたいじゃないですか? 残ってる問題なんてみなさんで解決できるものばかりですし私はいらないでしょう?」

「捉えた騎兵と竜騎士たちの処遇はフィッツ様の判断が要りますよ!」

「じゃああなたに権限譲渡します!」

「『じゃあ』で譲渡しないでください!?」

「もう全部トウヤ殿がいれば良いじゃないですか!」

「良くないから言ってるんですよ! おい誰かヒミナ様呼んでこい!」

「な!? ず、ずるいですよ! ヒミナ様はお休みなんですお疲れなんです連れてきちゃ駄目ですよ!」

「本当にヒミナ様にだけは格好つけようとするんですから。構わん、呼びに行ってくれ、お疲れのようなら構わないともな」

「あ、あー! そんな言い方したら絶対に来ちゃうじゃないですか!」


 不思議なことに、会議室は問題が発生中よりも騒がしくなるのだった。

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