八日目-1 酒飲んで寝たからお約束
8日目
本日も仕事が入った。連日の利用客に俺はこの世界でのタクシー業に手応えを感じる。
という話だったら良かった。
依頼元はフィッツ教会長。聖皇教会において事実上のトップにあたる人間だ。
利用客は上位武装神官400名と神官戦士150名、合計550名の精鋭部隊の皆さん。
……うん、タクシーって、そういうものじゃないよね。
しかしお仕事はお仕事である。
乗せますよ、運びますよ。プロですから。
なんだかんだサービス残業的なアレも発生したけど、これも営業活動の一貫だ。
次はもっと普通の仕事であることに期待したい。
目を覚ますと、妙に布団が暖かかった。
まるですぐ隣で誰かが寝ているみたいだ。
しかもスースーと可愛らしい寝息まで聞こえる。
まるで同じ布団で女の子が寝ているかのようだ。
いやしかし、そんなまさかははははは。
この寝息が幻聴であることに花京院の魂を賭けるぜ!
俺は意を決して目を開く。
「……ですよね」
はい、俺の隣でヒミナが寝てました。
ごめんね花京院。
心の中で中学の級友花京院くんに謝りつつ、俺は記憶の糸を手繰る。
確か酒を飲んでいたらテンションが上がって、もうなんでもオーケー出してたら便乗して一緒に寝てもいいですか、と。
……添い寝だしセーフ……いやギリアウト……ギリセフトくらい、かな。セーフ6割アウト4割的な。
今後は酒には気をつけよう。
俺はそう自分を戒めて、起き上がろうとして。
「……?」
違和感。
俺の腰に何かが巻き付いている。
しかしヒミナは仰向けで寝ている。体勢的に彼女が抱きついているということはない。
ではこれは?
上体を起こし振り向いてみると。
「んぁ……お腹……いっぱいぃ……」
「……」
柔らかなウェーブの掛かった金髪の、これまた美少女が寝ていた。
高校生くらいだろうか、マリやヒミナとは違い大きく実った胸部を惜しげもなく俺に押し付けている。
「のぅわっ!?」
ビクーンと体が跳ねて、後転するように枕側からベッドの下へ転げ落ちる。
「ん……?」
「ふぁ……?」
どたんばたんという俺の転がった音で二人とも目を覚ましたらしい。
ゆっくりと起き上がり、左右を見回してから俺を見つけて。
「おはようございます……トウヤさん」
「おはようー、ご主人様」
その瞬間、急激に高速回転を始める俺のブレイン。
そう、ヒミナが俺と一緒に寝たいと言って、それにオッケーを出した後のことだ。
『ぼ、ボクも、ご主人様と一緒が、良いな……?』
『おー良いぞー!』
『ほ、ホント!?』
『どんとこーい! あ、でも竜だとヴァーハナに入れないなー?』
『だ、大丈夫……人型に变化、出来るようになったから』
『ホントかぁー?』
『ほ、ホント! ほら……!』
『おー! ってブハハハハハハ! お前裸じゃないかー! 服着ろー? 人間はぁ、服ぅ、着るもんだぁー! ぬははははははは!』
『わ、分かった……』
なんてやりとりがあった。
なんで俺あんなに笑ってたんだろう。
いやまあそれはどうでもいい。
ということは、つまり、この金髪美少女は。
「ルルク、か?」
「? そ、そうだよ? えと、へ、变化、おかしい、かな……?」
「ん、ああ、いや、変じゃない。変じゃないぞ、うん。あっと、おはよう二人共。俺は朝食の用意するから、ゆっくり着替えていてくれ」
早口に告げて俺はくるりと回れ右、一階に降りてキッチンに向かい朝食を用意する。
その前にコップに水を汲んで、女だったのかよ!とかボクっ娘かよ!なんて思いと一緒に一気飲みする。
っていうかなんでヒミナもルルクも寝巻きがワイシャツ一枚なんだよ用意したのは誰だ!?俺か!?昨日の俺天才だなありがとう死ね!
もう一度水を汲んで呷り、深呼吸を一つして自分を落ち着かせる。
俺はロリコンではない。なのでマリの裸を見ても催さない。
だがヒミナはちょっとやばい。
ルルクのはかなりやばい。
そんな二人がワイシャツ一枚とか、絶対危険領域である。
自分の自制心を褒めてやりたい。
うん、思い出しただけでもちょっとやばい。
これはしっかり心の奥底のアルバムにしまっておくことにして、違うことを考えて気を紛らわせよう。
冷蔵庫を開くと野菜卵ハムウインナーベーコン納豆に鮭の切り身と言った、和洋の朝食材料が揃っている。
戸棚の方には食パン、ブドウパン、クロワッサンにバターロール、チョコクロワッサンなどのパン類。
納豆はハードルが高いかも知れない。
そんなわけで俺はパン食を選択。
となればメニューも決まる。
サラダとベーコンエッグに茹でたウインナーとオムレツ……いやルルクも食べると考えると量が欲しいからスクランブルエッグにしよう。
卵に寄り気味だけどメインはパンだし。
んでパンの方は半分はトースターでトーストして、ちょっとしたビュッフェスタイルでどうだろう。
そしたらパンの味にもバリエーションが欲しい。
再確認してみると昨日の俺に抜かりはなく、バターに無塩バター、ピーナッツバター、チョコクリーム、チーズクリーム、イチゴなどの各種ジャムに小倉餡まで用意してあった。
デザート用のグレープフルーツとオレンジバナナにヨーグルトを用意したら、飲み物にオレンジジュースと紅茶コーヒーを用意して。
うん、ホテルビュッフェっぽくなった。
「なんか良い匂いがする……おはよートウヤ」
フラフラと一階のベッドで寝ていたアギが起きてくる。
「つまりもう朝食なんだから、早く顔洗ってきて手伝うのよ、アギ。おはようございますトウヤさん」
一方のマリはすでに身支度を整えて、手伝うことがないか聞いてくる。
なのでトースターのことを教えて、パンをトーストしていってもらう。
その間に俺はひたすらにベーコンエッグとスクランブルエッグを焼いて焼いて焼きまくる。
ベーコンエッグはまあほぼ焼くだけだが、スクランブルエッグはちょっと違う。
まず溶き卵。これは最近割と知られている小技のフォークでかき混ぜる。
のが普通の手段。
今回は量を焼くので、泡立て器を使う。
大きなボウルでガッショガッショ混ぜたら、別の容器に目が粗い漉し器を使って移す。
こうすると白身がさらに黄身と混ざり合い、同時にカラザや混入した殻なんかも取り除ける。
そしてこれを冷やすのだが、今回は時間がないので氷水を入れたボウルで容器を冷やしつつフライパンの準備。
フライパンは今ではおなじみテフロン加工のもの。
中火にかけて熱したらバターを落として、溶け切ったところでいったん菜箸の先から卵を垂らす。
じゅわっと火がすぐ通ったら問題ない、卵をレードルで流し込む。
すると中火の火力と冷えた卵によってフライパンに接している部分にしか火が入らないので、円を描くように菜箸でかき混ぜる。
ゆっくり動かすとヒダヒダな感じに、手早くかき混ぜると炒り卵寄りなスクランブルエッグが出来る。
最後に表面にまだ生な部分がはっきり残っているところで皿に移す。
すると予熱で良い感じに半生になって、スクランブルエッグの完成だ。
以前ファミレスでバイトしていた友人がドヤ顔で教えてくれた知識が役に立った。
そしてフライパンは温度が下がっているので、再度火にかけて熱さなければいけない。
……あれ、オムレツほどじゃないにしろこれはこれで時間掛かるな?
「トウヤさん、手伝いましょうか?」
「マリ? パンの方は……」
「アギが来たので任せてます。作り方は、今見させてもらったので、大体は」
「あ、じゃあお願い」
幸いと言うべきか、コンロは全部で五つある。
ベーコンエッグに二つ使うとしても、これで三つ平行で動かせるわけだ。
ルルクが大量に食べるから一気に忙しくなってきた。
そうこうしていると二階からヒミナとルルクが降りてきた。
よし、足りなかったら追加でなにか出すとして、いったんこれで食事にしよう。
一応上座にあたる場所にヒミナに座ってもらい、俺、マリ、アギ、ルルクと席につく。
「じゃあ、いただきます」
俺の言葉にヒミナ、アギ、マリの三人も「いただきます」と続く。やや遅れてルルクも「い、いただきます……」と言って食事に手を伸ばす。
アギとマリは昨日から、ヒミナが俺と同じように言うのを見てそれに習っていた。
別に俺に合わせなくても良いと思うんだが。
「トウヤ! なにそれうまそう取って取って!」
ビュッフェスタイルをイメージしたものの、車内にある大きなテーブルは一つだけだ。
そのため立ち歩いて料理を取ると言うよりも、近い席の人に取ってもらう形になる。
アギが指さしているのはブドウパンのトーストだった。
手渡してやりつつ、俺もまずはブドウパンから手をつける。
バターを塗って、サクリ。
うん、バターの塩気とブドウの甘さが絶妙だ。
子供の頃初めて食べた時は感動したもんだよな、味気ない食パンがこんなに美味しくなるなんてって。
「うまっ! これ甘くてうまいなトウヤ! それにこのザクサクした食感が楽しい!」
トーストの食感を楽しいと来たか。
焼き立てのパンや焼き直したパンはあっても、トーストはこっちにないのだろうか。
タマゴサンドはあるみたいだったから食パンはあると思ってたけど、考えてみたら結局実物を見ていない。その前にお城に連行されたからね。
「このパン、焼いてないものはフワフワしてとても柔らかいですね。このジャムを乗せて食べるとまるでお菓子みたいです」
ヒミナの言葉からもやっぱり食パンはないっぽいな。
「ご主人様! これ美味しい! これすごい! まったりふわっとしてコクがあって優しい味!」
ルルクはスクランブルエッグが気に入ったようだ。良かった、お前のためにそれたっぷり作ったぞ。
「このパン、サクサクして中にチョコレートがあって凄く贅沢な感じです」
「チョコクロワッサンだな。それはトーストしたヤツが印象ガラリと変わって美味いぞ」
「そんなに変わるんですか?」
俺の勧めに従ってマリはトーストしたチョコクロに手を伸ばす。
「……! これ、チョコレートがトロッとして、パンもパリッとした食感が増えて……とても美味しいです!」
うん、気に入って貰えたようだ。
俺も甘党だからチョコクロは好きだったけど、トーストされた熱々のを食べた時は衝撃的だった。
「っていうかトウヤ、なんでこれあるの? こっちがあるのに」
これ、というのは食パンで、こっち、というのはブドウパンだ。
どうやらアギからすると食パンがブドウパンの完全下位互換と、そのように感じているようだ。
子供の頃に陥り安いトラップである。
「その差が分からないということは、アギよ、お主はまだパン食の入り口に立っておらぬのじゃ」
「な、なんだって!? どういうことだよ、教えてくれ師匠!」
謎口調になった俺に付き合ってくれるアギ。ノリが良いね。
では一つ指南もどきと行きますか。
「良いかねアギ、まずはこうするじゃろ?」
俺はトーストを皿に乗せ。
「そしてこうするじゃろ?」
その上にベーコンエッグを乗せ。
「さらにこうじゃ!」
サラダ用のマヨネーズをシャシャッと掛ける。
あとはそれをがぶり。
んー、これよ、これ。
ベーコンの塩味に卵の白身の食感、黄身のまったりした味にマヨネーズが合わさって、美味い。
さすがにこれをブドウパンでやると味がごちゃごちゃしてしまうが、食パンはどこまでも広がる大地のようにそれらを受け止めてくれる。
「うまっ!? え、なんだこれ、さっき食べた時と全然違う!」
真似したアギもその美味さが分かったようだ。
しかし。
「それだけではないぞ、アギよ。次はこのバターロールじゃ」
「あ、それ食べやすいしバターも既に塗ってあるのが良いけど、やっぱりインパクトが……まさか!?」
「ふっふっふ、どうやら分かり始めたようじゃな?」
バターロールを真ん中から割る。ただし底面は繋がったままだ。
そうして出来た溝に、スクランブルエッグを軽く乗せる。
その上にウインナーを乗せる。
最後にケチャップをかけて出来上がりだ。
うん、ケチャップとウインナーとタマゴの三つ全てがそれぞれと相性が良いのだから、間違いようもなく美味い。
当然、アギもその美味さに一個をほぼ二口で食べてしまい喉を詰まらせかけているわけだが。
さらにもう一つ。
バターロールにサラダを乗せて、ウインナーを乗せる。
こうするとバターロールそのものの味にウインナーの塩味と脂を、瑞々しいサラダがさっぱりさせてくれて後味すっきりとしたものになる。
「このように、味の薄いパンは単品では味気ないかも知れぬが、他と合わさることで無限大の可能性を見せるのじゃよ」
「師匠! オレが浅はかでした!」
「ほっほ、分かれば良いのじゃ……うん、でも食い過ぎには気をつけろよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
アギは自信たっぷりに言っていたが、案の定食後には動けなくなっていた。
ちなみに俺とアギのやりとりを見て同じように真似をしていたヒミナとマリも、同様に動けなくなった。
「……ヒミナ様」
「誰もいない時は様はなしで大丈夫ですよ、トウヤさん」
「えっと、じゃあ、ヒミナ」
「はい」
「食べ過ぎは健康に良くないぞ?」
「……トウヤさんがいけないんです」
恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう口を尖らせる美少女は実に可愛らしかった。
まあ今だけだろうし問題ないか。
「ね、ねえご主人様?」
「うん?」
唯一動けるルルクが、何やらもじもじしながら上目遣いに俺を見てくる。
そして揺れる胸。
けしからんやつだ。
「み、みんな、お腹いっぱいなんだよね? じ、じゃあ、ここにあるの、残ったんだよね?」
「うん、まあ、そうだな」
パァッとわかりやすく目を輝かせるルルク。
「じゃあじゃあ、こ、これ、ボクが全部食べちゃっても良い?」
「いいぞ」
「やったぁ!」
「うぅ……ずるいぞールルクぅ……」
「え、えへへ、アギくんはムリしない方が良いよ」
「く、くそぉ……!」
アギよ、そこ悔しがるところじゃないから。
っていうかなんかいつの間にか仲良くなってない君ら?
「っていうか、これだけ残るってことはルルクが結構我慢したんだろ? それとも人間の姿だと胃が小さくなるとか?」
昨日の食べっぷりから考えても、これくらいの量じゃルルクには足りなかったはずだ。
しかし返ってきた答えは。
「う、ううん、变化はあくまで見た目を変えるだけだから、お腹の大きさは変わらないよ? で、でも……あの、ね? ご主人様の物になったおかげでいろんなエネルギー補給手段が出来たから……く、空腹には、ならないの」
「空腹にならない? 食べる必要がないってことか?」
「う、うん……厳密には、そう。でも、あ、味で食べたいの……ご主人様のごはん、すごく美味しいから……だから」
「ああ、分かった分かった。アギやマリと同じ量なら毎回用意するし、ご褒美の時には竜サイズでの量で作ろう」
「ホント!?」
「う……竜サイズのはご褒美の時だけだから滅多にないけど、な」
「やったぁ! ありがとうご主人様ぁ!」
ルルクは俺の肩を掴むと、顔を近づけて。
っておい、近い近いお前いったい何を──
スリスリ。
と、ルルクは自分の鼻を俺の鼻に往復するように左右に擦りつけた。
驚いたのと文字通り目と鼻の先に顔が迫ったことでバクバク言っている心臓。
「な、なにを……!?」
「え? あっ、え、えと、竜の親愛を示す行為だったんだけど、め、迷惑だった……?」
親愛。あ、はい、親愛ね?
そうか、なるほどね……あー、びっくりした。
「い、いや、迷惑じゃない。けど、今後人前でやるのは控えるように」
「わ、分かった」
ルルクはうなずくと、さっそく残った朝食に手を伸ばし口に入れていく。
いやぁ、見ていて気持ちがよくなるレベルの食べっぷりだ。
と思っていると不意に肩を掴まれた。
ヒミナだった。
「わ、私も巫女式の親愛を示す行為を……」
「顔色悪いし無理しないでっていうか俺の心臓が保たないので勘弁してください」
「うぅ……ルルクさんだけズルいです……」
「ズルいよなー……」
「ズルいです……」
いや、アギ、ヒミナは多分君とは別の意味で言っているぞ。
しかしマリまで同意するとは……意外と食いしん坊さんだったのだろうか。
今回だけのヒミナと違ってしばらく俺と一緒に行動するのだから、毎度食べ過ぎというのはよろしくない。
量を加減するべきかも知れないな。
俺はそんなことを考えながら運転席に戻り、カーナビでマップの再確認をするのだった。




