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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第8章 混沌の魔王と冒険者たち

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162 降臨

「総員、詠唱開始――」


 ジストの号令が下るよりも前に、悪魔は動き出した。

 すでにその身体は身の丈3メートルを超えている。ぼろきれはブチ破れ筋肉が隆起している。中性的だった顔立ちは鬼の形相に変わっていた。

 動きは、俊敏だった。

 風のように悪魔は駈けると詠唱の構えを取ろうとした魔法使いに接近、腕を薙ぐと3人が吹っ飛んだ。


「命じる! 爆炎弾丸(フレイムバレット)よ、起動せよ!」


 僕の放った魔法弾丸は悪魔の顔に命中し、爆炎がその顔を覆う。のけぞった悪魔は――しかし態勢を崩すことはない。爆炎は一瞬で消えると煤で汚れた顔は無傷だ。ぎろりと、赤い瞳がこちらを向く。

 ぞくり、と背筋に寒気が走った。

 あの目――僕なんか、その辺を飛んでいる虫と変わらないかのような。

 時間を稼いだおかげで魔法使いたちの詠唱が完了していく。この短時間で詠唱できるということは短縮詠唱(ミニマムスペル)だ。古代ルシア語を使い、詠唱時間を短くする。その代わり膨大な魔力を消費する――。

 放たれた魔法は先ほどと同じ束縛魔法。だけど消費魔力が大きかったせいだろう、魔法使いの数人がその場に膝をつく。


「――ッヴヴヴヴァアアアアアア!!」


 ぶちぶちぶち、とちぎれる音。

 黒く、悪魔にまとわりついていた魔力が引きちぎられたのだ。力任せに。

 そんなことをして悪魔も無傷ではない。だけど、傷は最小だ。ほんのわずか皮膚に血がにじんでいる程度。

 そうこうしているうちにまた魔法使いがはね飛ばされる。殴られた瞬間、すでに首の骨があらぬ方向に曲がっていた。転げた魔法使いはもう動かない――息は止まっているだろう。


「ちぃっ!!」


 ジストが銀色の剣を引き抜いて悪魔へと接近する。その振る舞いは剣士のそれと同じだ。構えも堂に入っている。魔法使いというより兵士や騎士に近い。

 踏み込んだ一刀はがら空きだった悪魔の背中を切り裂く。黒い血が噴出してジストがそれを浴びる。悪魔が絶叫する。だけど、


「っく!?」


 振り向きざま振り抜かれた悪魔の腕は、剣のように速い。ジストは背後に跳んでかわそうとしたものの指先がかする。それだけで彼女の身体は、予期せぬ方向に引っ張られて地面に叩きつけられる。

 手放された剣がキィンと跳ねる。


「ハァアアアア!!」


 リンゴが悪魔の後ろへと跳躍していた。繰り出される回し蹴りが振り返ろうとした悪魔の横顔に直撃する。岩をも砕く一撃。さっきは、真正面から受け止められたけど、これは無防備な横顔へとヒット。ぐらりとわずかに悪魔の身体がかしぐ。

 悪魔が目を瞬かせている。効いてる? あ、そうだ。リンゴの靴にはミスリルが仕込んであるんだ。死霊系のモンスターに効くから、対悪魔としても効力が高いんだ。


「せえええええいっ!1」


 有効範囲ぎりぎりからエリーゼが回転斬りを放つ。剣先が悪魔の脇腹をえぐる――えぐろうとして、刃先がめり込んで止まる。


「ヴヌン」

「えっ――」


 エリーゼだけじゃない、僕も目を疑った。

 悪魔は右肘を振り下ろすやエリーゼの刀身にぶつけた。ボキン、と剣が折れた。


「うっそー!? この剣、高かったのにいいい!!」

「バカ者!! 悪魔に特化しない武器が効くわけもなかろう!」


 ふらふらしながらも立ち上がったジストが叫ぶ。


「魔法で保護してもらったのよ!?」

「悪魔に常識が通じると思うのか!」

「こんのぉぉぉぉ!!」


 大剣を戻したエリーゼは予備のショートソードを取り出す。こちらはミスリル製だ。


「エリーゼ、接近戦は危ないよ!」

「わかってるけど他に方法はないでしょ!! それにアイツを倒さないとモラを探すなんてできないわよ!?」

「だからって危険だとわかってることはできない! エリーゼだってモラと同じくらい大事なんだよ!!」

「えっ……」


 途端にエリーゼの覇気が消えて、くねくねと身体をくねらせる。


「そ、それって、あたしのことが好きってことで……そ、そうよね、危険なことはしないほうがいいわよね!」

「え、いや、エリーゼさん、なにか勘違いを」

「わかった! 逃げましょう! 式はどこで挙げる!?」

「式!?」

「ご主人様。この女が暴走しているようなので、悪魔の前に仕留めましょう」


 結構な本気顔でリンゴが言う。


「バカ者、戦闘中に雑談するヤツがいるか!!」


 あ。

 油断してた。

 悪魔がこちらに走ってくる。

 魔法弾丸は間に合わない。

 僕の持っているミスリル弾丸で――。


「!!」


 僕らの3メートルほどの距離で、悪魔はピタリと動きを止めた。

 その両手、両足、胴、首と、身体中に銀色の魔力が巻き付いている。

 さっきの魔法使いたちよりはるかに頑丈そうな魔力だった。


「ッたくよォ、お前ェらは相変わらず緊張感がねェな」


 その声は――その変な訛りは。

 僕らが探しに来た人物のもの、そのものだった。




「モラ!」


 僕が叫ぶと、この大空洞のさらに奥の通路から出てきたモラは、ぽりぽりと頬をかいた。

 その姿は僕らが最後に見たときと変わらなかった。傷もついていなければ疲れた様子もほとんどない。

 正直に言えば……無事を確認できて僕は安心した。

 無事なのがいちばんだよ。


「思いの外早く追いつかれちまったなァ……お前ェらが来るころには片づけるつもりだったンだがよォ」

「モラのバカ……モラの考えそうなことくらいすぐにわかるんだよ」

「そうよ。ちゃんと謝りなさいよね。あたし、寒いとこそんなに得意じゃないんだから」

「モラ様。ご無事でなによりです」


 僕らが言うと、


「わァッてらァ。ちゃっちゃと終わらせて――戻って、あったけェワインで一杯やろォや」


 モラが、すでに身動きの取れない悪魔へと近づいていく。

 それを見てジストが驚きの声を上げる。


「な、なんだその魔法は!? まさか、すでに失われた純魔力の束縛魔法じゃないのか!?」


 なにそれ。そんなにすごい魔法なの?


「……ノロット。なんでェ、こいつら」

「……後で説明するよ」


 僕もよくわからないけど。


「まァ、いいか……さて、と。こいつが例の悪魔か」


 モラが悪魔の前に立つ。


「ヴヴヴヴヴ!!」

「…………」


 悪魔がすさまじい形相でモラをにらみつける。歯噛みした口から一筋の血が垂れる。


「……あいつの気配を感じると思ったンだが……どうやら、身体の一部を喰ったみてェだな」


 あいつ……アラゾアのこと?

 悪魔はアラゾアの死体を食べて身体を作ったってことだろうか?

 そんなことができるのか、という疑問より、なんとなく僕には腑に落ちるところがあった。僕があの悪魔から感じていた、アラゾアの気配。それが、アラゾアの身体に由来するものなら。

 でもモラは、最初からアラゾアの気配を感じていたんだろうか? それが、僕らに黙ってまでここにやってきた理由?

 ……なんだか、理由としては弱い気がする。

 まあ、あとで話を聞けばいいか。


「とりあえず、終わらすかィ。借りるぜ」

「あっ、それは!」


 ジストが取り落とした剣をモラは手に取った。確かに、悪魔を斬るならそれがいちばんいいよね。

 モラが悪魔へと近づく。

 剣を握りしめる。

 悪魔の前で振りかぶる――。


「なにィッ!?」


 瞬間、悪魔が紫色の光に包まれた。

 これはモラも予想外だったみたいで、剣が止まる。


 ――モラ……モラなの? あなたは、そこにいるの……私の愛しい人……。


 聞き間違いじゃなければ、アラゾアの声が僕の耳に聞こえてきた。


「アラゾア……いや、違げェ。アラゾアは確かに死んだ。てめェはいってェなにもんだィ」


 紫色の光に包まれたままの悪魔が震える。

 その震え方は……笑っているみたいですらあった。


「……その物腰、判断力……なにより膨大な魔力…………どれをとっても申し分ない」

「あァ? 質問してンだよ。それに答えろ——」


 言いかけたモラが、止まる。


「逃げろノロットォ!!! 今すぐだ!!!」


 え?

 と聞く猶予もなかった。


 カッ——。


 悪魔から強烈な光が放たれる。

 僕らは光に呑み込まれていく。


「…………?」


 十秒くらいだろうか。

 光が止んでいると気づいた僕は、うっすらと目を開けた。


「!?」


 声が、出なかった。

 空洞の様子が一変していた。

 赤茶けた岩肌が露出していた銅山内部。だった。

 だけど今やそれが——赤色。真紅。

 この空洞が真紅に染まっている。

 血を塗ったような朱だ。

 黒々とした茎を持った草があちこちに生えている。その花弁は紅。


「なに、が、起き——あっ、悪魔は!?」


 悪魔はその場にいなかった。溶けてしまったかのように、黒い水たまりだけが残っている。

 その前には、


「モラ!!」


 膝をつき、胸をかきむしるようにしているモラがいたんだ。

 駈け寄ろうとした僕は、


「あだっ!?」


 透明な壁に阻まれて額をもろに打った。


「な、な、なんなのこれ!?」

「ご主人様、モラ様、ご無事ですか」


 僕以外の人たちも異常に気づいて口々に言葉を発する。


「……ノロット、逃げ、ろ……」

「モラ!? なに、なにが起きたの!?」

「こい、つが……気運の、乱れ、原因…………うああああああっ」

「モラ!!」


 僕は壁を拳で叩いたけど、びくともしない。

 回り込もうとしてもモラを中心に半径3メートルほどに結界のようなものが張り巡らせてあるようだった。


「頼む……今は、逃げろ……」

「逃げないよ! モラを置いて行けるわけないだろ!?」

「……バカ、野郎……お前ェじゃ、かなわねェ…………こいつは——」


 モラの頭ががっくりとうなだれた。


「モラ!?」


 直後、いきなりすっくと立ち上がった。



「……なるほど、魔力で肉体の腐敗を維持していたな。何百年もの時が過ぎたのを感じる」



 その声は——モラのものじゃなかった。

 聞いたことのない男の人のものだったんだ。


「まさか……まさかまさかまさか」


 ジストが唖然としてうめく。

 そのモラ(ヽヽ)は、ゆっくりと周囲を見渡すと、僕に目を留めた。



「現世の勇者はお前か?」



 瞬間、僕は背中に——むずがゆかった背中に、痛みがずきんと走ったのを感じた。


「な、なにを……勇者……?」

「その紋様がなによりの証拠」

「…………?」


 わからないでいる僕に、リンゴが言う。


「ご主人様! 背中が……光っています」


 背中——それは「神の試練」をクリアしたときにつけられた紋様。

 エリーゼの手の甲もうっすらと光っている。

 だけどそちらの光量は少ない。



「気配を感じるよ……我が愛弟子たちの、な……くく、くくくくく。今回もまた、おもしろくなりそうじゃないか」



 そいつは両腕をバッと広げた。

 瞬間、空洞中に光の珠が放出されて爆発を起こす。

 花火のように鮮やかに。

 残酷なまでの破壊力を持って。


「モラの身体で好き勝手するなよ!!」

「モラ、というのか。この者は……モラの身体を返して欲しいのなら、我を倒せ。いつだって構わん、かかってこい。私は逃げも隠れもしないからな」

「なにをバカなことを……!」


 そいつは、ふわりと、浮かび上がった。

 初めて見る——浮遊魔法だ。

 ゆっくりと高く、高く浮かび上がっていく。


「降りてこい! 逃げるのかよ!!」


 僕の声に、答えるように、高笑いが聞こえた。



「一度、月が満ちるまでの時間をやろう——以前と同じ条件だ。それまでに私を倒すことができなければ」



 そいつは、言った。



「この世界を滅ぼす……我が名、混沌の魔王の名の下に」


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