163 サルメントリアと紫の閃光
モラがさらわれた。
混沌の魔王を名乗る者によって。
「クソ、クソ、クソッ!!」
僕は拳を地面に叩きつける。
冷え切った地面に。
モラが――なにをしたっていうんだ。
700年以上もの間、取り戻したがっていた肉体。
それを取り戻してすぐ、過去を清算するためにアラゾアと決着をつけた。
これからなんだ。
これからが、モラの新しい人生なんだ。
なのに――こんなにあっさりと奪われるなんて。
「ご主人様!」
「ノロット、止めて!」
リンゴとエリーゼのふたりに横から抱きかかえられる。
地面に叩きつけた僕の拳は血まみれになっていた。
痛みが、熱とともに感じられる。
「……取り返そう」
僕は心に決めた。
モラを取り返す。絶対に。
3日が経っていた。
僕らは今、船に乗って大河をさかのぼっていた。
船のマストに縫い込まれた紋章は、魔法陣に杖の紋章。
ジェノヴァ大学の紋章だ。
「都市幹部と話がついた。君たちはサルメントリアに到着後、すぐに我がジェノヴァ大学に行ってもらう」
客船の部屋でくつろいでいた僕らのところへやってきた、ジスト=メーア。
あれから――僕らは話をした。
話をしなければならなかった。
モラのこと。彼女たちの狙い。
話してみると、僕らの目的は一致してはいなかったものの、今となっては協力関係を築いたほうがいいだろうということになった。
「……やっぱりあれは、混沌の魔王だったということですか」
「ああ。『統一世界未来予知機構』本部が断定したよ。魔神ルシアの文献と同じだったとな」
そう、「統一世界未来予知機構」――これは、サラマド村出身のひとりであるルシアが死ぬ前に遺した文献「統一世界」と「未来予知の手引き」という2つをもとに設立された団体であるという。
目的は「混沌の魔王の復活予知」。
ルシアは、彼らの師匠である混沌の魔王がやがて復活すると考えた。そのために、混沌の魔王発生時の気運の流れや自然現象の変化を事細かに記録していた。その結果が文献だ。
「結局のところ……我々はなにもできなかったわけだ」
僕の正面のイスに座ったジストは疲れ切った様子でつぶやいた。
エリーゼがお茶をすすってからたずねる。
「アンタんとこ、混沌の魔王復活を阻止するために作られたんだっけ?」
「そうだ。いくら『軍』だと言われてもこの武力を放棄するわけにはいかなかった。混沌の魔王の実力は未知数だったしな」
「全然歯が立たなかったじゃない」
「……それを言うな」
エリーゼが手厳しい。
そこへリンゴが新しいお茶をいれて戻ってくる。
「なぜ混沌の魔王が復活したのかという直接の原因、また、モラ様が身体を奪われた理由についてはわかったのですか」
「わからん。しかし推測はできる。封じられし混沌の魔王は魔界にいた。この世界にいるには、人間や生物の身体が必要だ」
これはジストたちには言っていないけど、僕の推測ではアラゾアが——死の間際に混沌の魔王を呼び出したんじゃないかって思う。
時期的にもぴったりくるし。
だけど彼女の命の炎はモラが吹き消した。
中途半端に召喚された混沌の魔王は、アラゾアの死体に宿ったか、周囲の生き物に宿り、アラゾアの死体を喰った……。
「混沌の魔王はそのための依り代として強い魔力を持っている肉体を欲している。……モラ、だったか? 彼女の身体を選んだのだろう」
「モラの身体は取り戻せるのかな……」
僕の心配はそこだった。
すると、ジストが笑い出す。
「な、なにがおかしいんですか」
「いや……貴君の望みがあまりにも高いのでな。我々は混沌の魔王にまったく歯が立たなかった。そんなヤツを倒すのみならず、依り代としている身体まで無事に取り戻したいとは。大体、彼女の魂はすでにもうないかもしれんぞ」
「モラは無事ですよ」
「ほう、その自信はどこにある」
「700年も生きてますからね、モラは。これくらいで死ぬほどヤワじゃないです」
700年? とジストがきょとんとする。
モラはこれくらいじゃ死なない。絶対に死ぬわけはない。僕は信じてる。
「……まあ、それはともかく――いいのだな?『魔神ルシアの研究室』は死者も出る可能性がある神の試練だぞ」
覚悟を確認するように、たずねてくるジスト。
僕らは神の試練をすべて突破することに決めた。
混沌の魔王と対等に戦うにはそれしかなさそうだからだ。
すべてはモラを救うため――僕の頭の中じゃ金色のカエルを救うイメージになっちゃってるけど、モラは人間で、しかも女性なんだよなあ。なんだかモラがとらわれのお姫様みたいになってる。変なの。
そうそう、混沌の魔王が言っていた謎の「条件」とかそういうワードについては、ルシアの遺した文献に記述があるようなので調べてもらっている。まあ、神の試練の最奥でサラマド村の人たちに会えば直接聞けるような気もするけど。
「ジストさんは挑戦したんですか?」
「…………」
首を横に振った。
「この100年ほどは挑戦者がいない。ジェノヴァ大学も……いや、魔法都市サルメントリアも一枚岩ではないということだ」
ジストが言うには、この200年ほどはルシアの文献を軽んじる一派がサルメントリアの中枢を握っていたらしく、「統一世界未来予知機構」やルシア派の人たちは非主流派となっていたらしい。
そのため、神の試練への挑戦は禁じられ、長らく研究も途絶えていたのだとか。
今回の魔王復活で、サルメントリアの中枢は大騒ぎになっているらしい。
そんなところへ……僕らは行くんだよなあ。
「神の試練、ほんとうに開放してくれますかね?」
「おそらくは。貴君らが他の試練を突破しているという事実があれば通るだろう」
それほど微妙な存在である「魔神ルシアの研究室」を開放するとジストは請け合ったから、僕らは行動を共にすることにしたのだけどね。
ルシア派は魔王復活に備えて神の試練突破をしておいたほうがいいのでは、と考える人間も多いみたいだけど、「魔神ルシアの研究室」は封鎖され、他国では冒険者ギルドと折り合いがつかず、うまくいっていなかったみたいだ。
組織ってめんどくさいよね。
「すごいな……これ全部船ですか?」
サルメントリアは「魔法都市」として名高い。それは魔法の研究が進んでいることや、マジックアイテムの普及で町が便利になっていることからつけられた名前だ。
「そうだ。街中には道路よりも水路が多く、馬車よりも船が多い動力の半分はマジックアイテムだ」
心なしか誇らしげにジストが言う。
サルメントリアは一方で、「水の都市」という側面もある。
僕らが船を通じてやってきた大河はサルメントリアを東西に割って都市の中央を走ってもいるのだ。石が積まれて水路は護岸されていて、その上には灰色の壁、オレンジ色の屋根が並んでいる。
屋根の色がオレンジは民家、黄色は商店、青は公共施設……といった感じで分かれているらしい。
その中でも巨大建築物。
大河の中州に建った3本の巨塔。周囲を囲うように林立する建物群は、屋根の色がすべて黒。
ジェノヴァ大学だ。
「開門かいも~~ん。大学船一隻~~~~通ぉりぃます~~~~~」
奇妙な節をつけて船員が叫ぶと、水門が開いていく。
門というか、柵というか。
船で大学敷地内へと入っていくと、そこはすぐに波止場となっていた。
大学と外との行き来はすべて船なので、定期便が1日に何本も出ている。定期便を待つ学生――デザインは同じだが様々な色のローブを羽織った人々が波止場にいる。
ジストが船を下りると彼らの視線が一斉にこちらを向いた。「おお」とか「ジスト様だ」とかそんな声が聞こえる。
「ひょっとしてジストさんって有名人なんですか?」
「そんなわけはなかろう。昼から法撃特科戦隊が行動しているのが珍しいんだろう」
と言いながら恥ずかしそうな顔をしている。
騒いでいるのが特に女性なのが気になるところだけど、まあいいや。
僕はすぐにも神の試練に挑戦するつもりだったし、ジストもそのつもりだった。
「魔神ルシアの研究室」はジェノヴァ大学の地下にある――としか聞いていない。正確な場所はジストに任せるしかなかった。今さら騙されるもなにもないだろうから、信じてついていく。どうやら巨塔のひとつの地下にあるらしい。
すると、騒がしいのに気がついた。
僕らが向かっていたのは北端だ。3本の巨塔のうち、いちばん古そうなヤツ。
その周囲に――大勢の人間がいたのだ。
「これはどういうことだ!! サルメントリア領主の許可はここに出ているぞ!!」
「ジェノヴァ大学は高度な自治を認められている! そのような無体な要求を受け入れられるものか!」
「なにが無体か! 魔神ルシアを貶めて地位を高めていたお前たちのほうがよほど無体である!」
「こちらには法撃特科戦隊が5チームいるのにデカイ口を叩くものだ!」
「くっ……この大学で武力に訴えるとは!」
「ほざけ、力を持つ者が知識を手に入れるは世の常よ!」
僕がジストに聞く。
「あれはなんですか?」
「神の試練を封鎖していた主流派の理事長と、我々の擁護者である教授だよ……この期に及んで抵抗しているようだな。領主様は魔神ルシアの教えに従うと明言したと聞いていたのだが……」
やれやれ、と小さく息を吐いたジストが、
「理事長が言うことにも一理ある」
割って入っていった。
「ジスト様!!」
「ジスト様が来た!」
「これで勝てるぞ!」
なんだか周りの熱狂がすごい。
「くっ……ジスト=メーア、法撃特科戦隊の紫の閃光か」
理事長、と言われていた男性がなんだか恥ずかしい感じの名前でジストを呼ぶ。
僕らに見られているからなのか、ジストの耳が赤い。
「い、いい加減に不毛な争いを止めよ。力を持つ者が知識を得るというのなら、この中で誰がいちばん力を持っているのか、今すぐ証明してもいいのだぞ」
ぎろっ、とジストがにらむと、理事長が怯え、後ろからガタイのいい3人が出てくる」
「ジストよ、いかにお前が強くとも我ら3人にはかなうまい」
「一対一で勝てないと思ったら数で戦うというのか」
「卑怯とでもなんとでも呼べ。我らは――」
やりとりを聞いていると、
「ねえ、ノロット。これ最後まで見てなきゃダメなの?」
「そうです、ご主人様。彼らの争いなどどうでもいいでしょう。先を急ぎませんか」
確かに。
「じゃ、行こうか」
群衆の目がジストたちに集まっている間に、僕らは大回りして先へと進んだ。
大通りを通らなければ巨塔に接近する道はいくつかあるようだったし、そこは誰も監視していなかった。ザルだなあ……。
「こちらには神の試練をすでに突破した者がいるのだぞ」
「なにっ! ここに連れてきているというのか」
「ああ。その実力は高く――」
なんだか僕らの話がされているような気がするけど、無視だ、無視。
僕らは巨塔の前にやってきた。
扉は開かれていた。
中には、誰もいなかった。みんな見物に出ているらしい。
「お邪魔します」
一応言うだけ言ってみた。言ってみただけとも言うけど。
地下への階段はすぐに見つかり、その先の扉は厳重に封印されていたけど、リンゴが思いっきり蹴っ飛ばしたら扉は砕け散った。
こうして僕らは神の試練「魔神ルシアの研究室」へと挑んだのだ。




