111 再び青海溝(8)
僕らは「63番ルート」の最奥である設計室に集まっていた。
さすがに4パーティーもいると狭苦しいね。
その先にある、通路。全員が先ほど「女神ヴィリエの海底神殿」に続く扉を確認してきた。
僕が前に来たときには開いた扉。それは今、閉じられている。
だけども女神の声は健在で、やっぱり何人かが母親を思い出して泣いていた。
「それじゃあ、手順を確認するよ」
神妙な面持ちのみんなに、僕は言った。
「まずこちらに残るのは」
手を挙げたのはミートンパーティーだ。
そこに、ペパロニパーティーのローグであるホースが加わっている。
「じゃあ、扉を開くのはミートン、ピョンタ、ホースの3人でお願いします」
まず、ダイヤモンドグレード以外の認定証でも開けられるという前提だった。そうでなければそもそも中に入れない。
そして冒険者認定証を持っているメンバーも限られていた――ミートンやペパロニ、ソイのパーティーは、リーダー以外で認定証を持っているメンバーが少なかったんだ。
まあ、僕のパーティーだってタラクトさんたちはともかく、エリーゼもリンゴも持ってないんだけどね。
「扉を開いたあとは待機。再度閉じるようならまた開く。異変があれば誰かを中に送る。これでいいよね、ノロットさん」
「はい。ミートンさんたちにはつまらない思いをさせてしまいますが……」
「いやいや。いきなり神の試練に挑むほど愚かじゃないよ」
それは暗に、ペパロニやソイをバカにしているセリフではあるのだけど、ソイ本人もいまだに中にはいるべきか迷っているところがあるので皮肉にもならなかった。
「行きましょう、ノロットさん」
セルメンディーナが僕を急かす。それもそうだ。ここまでプライアパーティーの誰にも出会っていないんだ。いちばん確率が高そうな、「女神ヴィリエの海底神殿」内に早く行きたいんだろう。
「ご主人様。入ったところまでですからね。それ以上は行ってはいけませんからね」
「わ、わかってるよ……」
何度も釘を刺されているけどここでもまたリンゴに釘を刺された。
まったくもう。僕をなんだと思ってるんだろう。
「……遺跡バカ」
ぽつりとエリーゼが言った。え。僕の考えてること読んだの?
ともかく僕らは青い光をまとった「扉」の前にやってきた。
細い通路を、ずらりと並んで。
「ではやってみましょう」
ミートンたち3人が、冒険者認定証をかざす。
ルビー、ルビー、スティールグレードの3枚だ。
光とともに、かき消えるように扉がなくなる。「おお……」という声が漏れる。
よかった。
やっぱりダイヤモンドグレードでなくても開けることはできるんだ。
『“選ばれし3人”よ、さらなる挑戦を受け入れます』
あれ……女神の言葉ってこんな内容だったっけ? なんか違う気がする……違うとすると、なんだ。その都度言葉を発してる誰かがいるってこと?
まさかそれが――。
「先に行きます」
セルメンディーナが小走りに進む。
「あ、待ってください! 焦らないで――」
僕らも彼女の後を追った。
「気をつけて~」
ミートンたちを残して。
美しい神殿の前へと僕らはやってきた。急いだせいで、神の試練に挑むとかそういう緊張感もなにもなかった。……いや、挑まないよ? 挑まないけどね? 気分的にね?
ここは光が注いでいるにもかかわらず光源がわからないという不思議な場所だった。
ミイラとなっていた冒険者を発見した。確かにセルメンディーナが言ったとおり、古い装備品を身につけていた。
だけれどそれよりも重要な発見があった。
「ああぁぁぁ!! セルメンディーナ様にゃ!!」
プライアパーティーのニャアさんがいたのだ。
「あなた……よく無事で!」
セルメンディーナが駈け寄り、ニャアさんを抱きしめる。ふだんクールなセルメンディーナさんにそういう一面があったのかと僕も驚く。「苦しいにゃあ~」とニャアさんがうめいている。
「あれ……食料とかは大丈夫だったんですか?」
僕は思わず疑問を口にしていた。ニャアさんは、まあ疲れているようには見えたけど、極端に衰弱した様子もなかったからだ。
「ああ、それはですにゃ――」
「俺のものを分けてやった」
空間に切れ目がはいり、にゅうっと出てきたように見えた。
「ゲオルグさん!? 無事だったんですね!!」
ヒゲが濃くなっているけど、それ以外は変わらない。
「……ノロット、なぜお前がここにいる?『魔女の羅針盤』を持って魔女を追ったのではないのか」
「えーと、それには話すと長い事情が……って今はそれどころじゃないです。プライアさんや他のメンバーは?」
僕がたずねると、ゲオルグもニャアさんも明確な答えを持たなかった。
「……俺がどうしていたかを、話したほうがよさそうだな」
「お願いします」
「だがその前に――」
ゲオルグは小さくため息をついた。
「食料をくれ。この2日、ろくなものを食べていない……その亜人に食わせたせいでな」
意外とニャアさんは大食いのようだった。口笛を吹きながらそっぽを向いている。ごまかせてませんよ、ニャアさん。
干し肉と乾パンを口の中に突っ込みながらゲオルグは話をしてくれた。ちなみに、魔法で水を生み出すことはできたので、飲み水には困らなかったようだ。
まずニャアさんは、セルメンディーナと同じ形で神の試練の外へと転移したようだ。つまり謎の攻撃で身体を刻まれて、気がついたらここにいた、と。
「やっぱり転移魔法みたいですね。転移先がここ……ってことなのかな?」
「わからないにゃ。痛かったにゃ」
「ゲオルグさんも同じ感じですか」
「……俺は、プライアとは違う道だ。
もともと話し上手のほうではなかったけど、自分の失敗を語ることがイヤなのか、さらに重い口ぶりだった。
ゲオルグが言うには、プライアたちが「豊穣の女神に殉ずる」の扉に消えたのを見ていたらしい。そして迷った結果、「女神に覚悟を示す」の扉をゲオルグは選んだ。
「扉の向こうは、地獄だった」
「……地獄?」
白銀の鎧に身を包んだ騎士が、数百体という規模で襲いかかってきたらしい。雪豹の幻影を使っていてもこちらの位置を正確につかんでくる。
そして騎士たちのレイピアでゲオルグは串刺しになり、気がつけばここにいた。
淡々とした話し方と、内容のグロさで、僕はちょっと――いや結構引いていた。
「騎士の強さはどれくらいなんだ」
ペパロニがたずねる。そこが気になるんだ。強さとかそういうとこ。
「仕官すれば一国の近衛騎士になるくらいは余裕だろうな」
「は……?」
騎士の中でも近衛騎士は腕利きばかり集められる。もちろん貴族の子弟が縁故で放り込まれることもあるけど、ゲオルグがそんなことを言っていないのは明らかだ。
剣の達人たちばかり、数百体か……。
うん、無理。無理無理。
僕は早々にあきらめたけど、ペパロニなんかはゲオルグが自分の失敗を大げさに言っているだけではないかと疑ってる節があるな。
ゲオルグは再度チャレンジするか迷っていたらしい。何度かチャレンジして、あきらめた。
戻ろうにも扉は閉じているし、とりあえず待機することにしたようだ。
待機していれば、戻ってこないゲオルグを探すために捜索隊が組まれる可能性がある、と。
すると数日して、ニャアさんが転移されてきた。
話を聞くと、先にセルメンディーナが転移して、半狂乱になったプライアを落ち着かせ、それからセルメンディーナから無事だという報告があり、プライアは「転移魔法ですね」と仕掛けを看破した。
とはいえ回復が追いつくわけでもない。ニャアさんは脱落して転移したのだと。
ニャアさんとしてはここにセルメンディーナがいないことに驚いたらしい。
ふたりになったところで待つことしかできないので、ふたりだけで待機していたようだ。
ニャアさんとゲオルグがふたりきりで……1週間以上……他には誰の目もない……。
「……ノロット、なにを想像しているかは知らないが、限りある食料を食いつなぐので精一杯だった」
「いかがわしいこと考えるんじゃないにゃ」
「かっ、考えてませんよそんなこと! 失礼だなあ!」
ふー。怖い怖い。大人ってやだなあ。
「……あたし、ノロットとふたりっきりになったら……なにしちゃうかわかんないよ?」
エリーゼさん、耳元で囁かないでください。リンゴさんが隠し刃を隠そうともしていないじゃないですか。血を見るのは神の試練の中だけで十分です。
「じゃあ、ここにはもう他のメンバーはいないってことですかね……プライアさんたちはみんなバラバラのところに転送されたのか……?」
「そう言えばセルメンディーナ様はどうやって来たにゃ?」
ニャアさんに、セルメンディーナがこれまでのことを説明する。
「ふむ……」
考えるようにしてから、ゲオルグは言った。
「何人かは、わからないが……プライアはまだ試練の途中のはずだ」
「え!?」
「ひとつの試練……扉に入ると、その扉は輝きを失う。見ろ――」
ゲオルグが指差したのは、遠くにそびえる3つの扉だった。
あれが、「豊穣の女神に殉ずる」「女神の知識に挑む」「女神に覚悟を示す」という3つの扉なのだろう。
扉は金色の光沢を持っていたけれど、中央の扉だけは灰色っぽくなっていた。
「中央は『豊穣の女神に殉ずる』の扉だ。あそこにプライアたちが入ったあと、灰色に変わった」「……って、ことは、『女神に覚悟を示す』もゲオルグさんが入ったあとは灰色になったってことですか?」
「俺は見ていないが、おそらくは」
「でも今は金色に戻ってる……つまり、中には誰もいない、という意味……?」
そういうことか。
だから、まだ中央の扉にはプライアたちのパーティーが――何人いるかはわからないけど、残っている可能性が高い。




