対策会議1
もう寝ようかと思いながらテレビを見ていた萌は、携帯電話が鳴ったことに驚いた。
(……どうしてメールじゃないの?)
「萌、もう十一時を回ってるんだから、いい加減にしておきなさいよ」
「はいはい」
言いながら受話ボタンを押す。
「もしもし……」
「萌っ!」
切迫した高津の声に、少し眠かった萌の頭がはっきりとした。
「どうしたの? 何かあったの?」
「どうしていいかわからない。助けてくれ」
電話でもわかるほどの震える声に、萌の方が余程動揺する。
「お、落ち着いてよ、今、どこ?」
「俺の家を出て、ちょっと行ったとこ辺り」
母親の視線に声をひそめる。
「事情を説明してくれる?」
「会って話したい。今からそっちに行ってもいいか?」
瞬時悩んだが、萌は頷く。
「いいよ」
「じゃ、自転車で走る」
切れた電話をしばし眺め、萌は慌てて二階に上がる。
パジャマで高津に会うわけにはいかない。
とりあえず、無難なシャツと五分丈のジーンズに履き替えて下に降りると、物問いたげな母親と目があった。
「こんな時間に何で着替えてるの?」
「わかんないんだけど、圭ちゃんが今からここに来るって言うから」
「え?」
横にいた父親がちょっと嫌な顔をした。
「こんな時間に? 高津君は真面目な子だと思ってたのに」
そうして持っていた焼酎のコップをテーブルに置く。
「明日にしてもらいなさい。今からでも遅くないだろ、電話して」
しかし、母は微かに首をかしげて父親の方に軽く手を振った。
「萌、高津君のご用件は?」
「それがわからないの。もの凄く緊迫した感じはあったんだけど」
「用件も言わずに会いたいなんて、それも年頃の女の子の家に来るなんて、どういうしつけを受けて……」
また母が父に向かって手を振る。
「お母さんも一緒に外に出ていい?」
「うん。多分」
しかし、リソカリトの事かもしれないと思い直した萌は、慌てて言い添える。
「でも、圭ちゃんが言いにくそうだったら、少し席を外してもらっていい?」
「その場合は家に上がってもらいなさいよ」
「馬鹿なことを言うな。くせになるし、そもそもご近所に……」
「外で大声で話をされる方が、余程ご近所迷惑よ」
萌は慌てた。
「あ、あたしの部屋は駄目よ。パジャマが人の形に落ちてるから」
「萌の部屋には妙もいるんだから、通せるわけがないとしても……」
母は睨んだ。
「さっさと直しといで。ちゃんとするまで高津君が来ても外に出さないわよ」
あたふたと萌は再度部屋に上がってパジャマを畳み、布団の上に置く。
「もう、うるさいよ、お姉ちゃん」
既にベッドで寝ていた妙が怒ったような声を出した。
「私は明日早いんだから。寝過ごして遅刻したらお姉ちゃんのせいよ」
「ああ、ごめん、ごめん。すぐに下に降りるから」
と、妙は不思議そうな顔で萌を見た。
「……こんな時間に何で着替えてるの?」
発音も声のトーンも母親そっくりだ。
「まあ、色々あって。じゃ、お休み」
面倒なので、そのまま電気を消して部屋を出ると呼び鈴が鳴った。
(……早っ)
余程息せききって自転車を飛ばしてきたのだろう。
萌が階段を降りるより先に、母が玄関のドアを開けた。
「こんばんは、高津く……」
その言葉が途中で切れたことに驚いて萌が外に出ると、母と暁がうずくまった高津の側に屈んでいる。
「圭ちゃんっ!」
酷く顔色が悪い。
「あ、暁、これってどういう……」
「萌、話は後よ。とにかく、休ませてあげましょう」
「す、済みません、俺、大丈夫なんで……」
「とにかく中に」
母は気を半ば失ったような高津の肩に手を入れた。
「こんな、遅くに来て……ごめんなさい」
萌も反対側から彼を支える。
暁が門を閉め、そして、三人を追い越して玄関の戸を開けて待つ。
本当に力が入らないようで、体重が萌の身体にのしかかってきた。
「救急車、呼んだ方がいい?」
とりあえず玄関に座らせ、母が言うと高津が首を振った。
「本当に大丈夫です。ちょっと疲れてるだけなので。そ、それより……」
「駄目よ」
萌は首を振る。
「まずは圭ちゃんの身体が大事。もし、救急車が嫌なら、村山さんに連絡を取ってでも……」
暁が萌の腕を握った。
「ごめんなさい」
「え?」
暁を見ると、その目には大粒の涙が光っていた。
「僕のせいで、おじさんが」
どうしてか世界が揺れた。
それ以上、聞くのが怖くて萌は首を振り、そして高津を見つめる。
「圭ちゃん、歩ける?」
「ああ」
「とりあえず、中に入って。話はそれから」
高津もそう思っていたようで、素直に頷く。
母は何も言わずに彼らを応接室に通し、エアコンをつけるとドアを閉めて出て行った。




