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夢の後に  作者: 中島 遼
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岩岳1

 高津が暁の誘拐の事実を知ったのは、胸騒ぎに夕食も喉を通らず、勉強も手につかずに机に向かって見るともなしに問題集をぱらぱらとめくっていた時だった。

 瀬尾からの連絡を受けてすぐ高津はタクシーを呼び、母には予備校にテキストを忘れたから取りに行くと嘘をついて外に出る。

 そして、彼宛に村山からメールが届いたのは、ようやく到着したタクシーが発車したのと同時だった。

 ……今、赤尾と一緒に深崎の車に乗っていて、暁を誘拐した奴とこれから岩岳で逢う。三分後に俺が電話をしたら、一言も話さずにじっと聴いていろ。そのうち助けを呼ぶから用意しておいてくれ。

「村山さん」

 一言呟き、高津は身震いをした。

 どうしてだか、酷い不安で胸が潰れそうになる。

 メールはまだ続く。

 ……もし、無事に暁を救出出来たとしても、明日の朝までは誰にも助け出したことは言わないように。無用な混乱を招くから。

(……どういうこと?)

 何も起こっていないのに、助け出した後の指示をされたって理解できない。

 それに、書かれている文面では、村山のことがまったく見えない。

 ざわめく心を落ち着かせようと努力をしていると、電話が鳴った。

(村山さんっ!)

 高津は慌てて電話を取る。

 しかし、カサカサ言うだけで何も聞こえない。

 と、

「降りろ」

 小さく声が聞こえた。

 そして再び衣擦れか何かの音。

(……聞こえない)

 タクシーのエンジン音がうるさくて、何もわからない。

「済みません」

 高津は慌ててタクシーを止めた。

「ここで降ります」

「え?」

 まだ、それほど走っていなかったが、その方がいいと高津にはどうしてかわかっていた。

 お金を払いタクシーを見送るや否や、彼は夜の県道から少し外れた道に入る。

 そうして田圃の横にあった用具入れの陰に座った。

「……ええっ」

 電話の向こうから聞こえた大声は赤尾か?

「な、何で……」

 高津は耳を澄ます。

「ま、待ってくれ、俺もか?」

 だが、赤尾の声しか聞こえない。

 村山の側にいるのか……

「お、俺は仲間だろ? 医者を連れてきたら命は助けると言ったろ?」

 途端、高津の心臓は凍り付いた。

(……な、なんだって?)

 それではなにか、村山は赤尾によって細川へ売られたのか?

 だが、高津の驚愕はそれでは終わらなかった。

 どこかで聞いたことのある破裂音。

 まるで車のパンクのような……

「ぎゃあああっ!」

「うわあっ!」

 今日、初めて聞こえた村山の声は悲鳴だった。

 思わず高津も声を上げそうになり、必死でこらえる。

 膝の下ががくがくする。

(どうしよう……)

 高津は恐怖で半泣きになった。だが、

「暁はどこだ」

 鋭い村山の声に、高津は目を見開く。

「暁っ!」

 遠く離れた場所で勝手に震えている高津とは対照的に、村山の声は冷静だった。

「貴様っ!」

 相手の声は聞こえない。だが、村山の声は高津に届く。そして、

(……あ)

 何か聞こえたような気がした。

 単語はわからないまでも、震える、しかし勇敢なその思惟。

(暁……)

 テレパシーで感じるその感情は高津の弱さに活を与えた。

(!)

 何かばたばたという音が携帯を通じて聞こえた。

 そして、細川らしい男の何かいう声も音として耳に届く。

「暁、もう大丈夫だ。よく一人で我慢したな」

 高津に聞かせようとしたのか、村山の声がはっきりと入ってきた。

 そしてまた低い男の声。

「駄目だよ、おじさんっ! 頭を撃たれちゃう!」

「大丈夫。あの人達は俺を撃ったりしないから」

 酷い不安に苛まれ、高津は歯がみした。

 村山の望みはわかっている。

 暁を救う時、加勢して欲しいと彼は思っているはずだ。

(……だったら俺は)

 高津はさらに道から見えにくい場所に進んだ。

 耳元で蚊の羽音がしたが、すぐに気にならなくなった。

(村山さん、いつでもいいから)

 早く呼んで欲しい。

 あの日と同じように切迫した気持になる。

 村山が手を出してくれさえすれば、そうしたら……

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