接触7
「ぐえっ」
銃撃を警戒して、深崎の腕をつかんで彼を前に出す。
そしてその首を締め上げた。
「動くとこいつの命はないぞ? 俺はこれでも頸椎脱臼させるのは得意なんだ」
「そんな男なんて、いらないわよ」
深崎が驚愕したように村山の腕の中で身じろぎをする。
「お、お前、昨夜はあんなに……」
「いやね、恥ずかしいからこんなところで情事の話はしないでくれる? 興ざめよ」
自分への戦意は消えたと判断し、村山は深崎を近づいてきた大男の方に突き飛ばす。
そして、右前に向かって駆けた。
だが、かつて高津が隠れた大岩に到達した時、その陰から横幅の広い別の男が突然現れたため、彼は思わず立ち止まる。
「何っ!」
太い腕が彼の方に伸びてきたので、彼はそれを避けて相手の腹に左ストレートをたたき込んだ。
だが男には効かなかったのか、何事もなかったかのように村山を掴み、そして腕を後ろ手にねじ上げる。
「いっ!」
腕力に自信がないわけではなかったが、大人と子供くらいの開きがあってどうしようもない。
羽交い締めにされたまま、彼は引きずられるように先へと歩かされた。
それでも出来る限りの抵抗を試みると、男は後ろを振り返る。
「おい、こいつ、結構暴れるぞ? 予定時間通りにはいかないから殴っていいか?」
男の言葉は英語だった。
「駄目。貴方は力加減を知らないから」
すると、さっきの大男が彼らの側まで走ってきた。
「俺がお前を手伝う」
「深崎の始末とか私たちの足跡の始末とか、周辺のゴミ掃除とか、そっちも重要よ?」
英莉子も英語で言うと、彼は大袈裟なジェスチャーで肩をすくめる。
「今できる範囲のことは、全て済んでいるよ」
現在完了で答えた男は、村山の手足を手早くロープで縛った。
「さっさとここから脱出するためなの。ちょっと痛いけど辛抱してね」
そして有無を言わさず男の肩に担がれて、そのまま十分ほど歩いた場所に止まっていた別の車に放り込まれる。
どういう工夫がしてあるのか、ロープは縛られた部分を動かすと彼の肉に食い込んで痛い。
「荒っぽい方法をとって本当にごめんなさいね。落ち着くところに行ったら、すぐにほどいてあげるから」
十五分ほどして戻って来た男が運転席に座り、そして発進した車の中で助手席の女は本当に済まなさそうな声で村山に向かった。
「堅気のお医者さまなんかとは普通の状態じゃ、なかなかお近づきになるチャンスもないでしょ? だから何か貴方に喜んでもらえることがないかって、私たちなりに考えたのよ」
英莉子は男達にもわかるようにするためか、英語を使った。
「意味がわからない」
「細川の排除よ。貴方、始末したがってたでしょ?」
「何……だと?」
「電話でもそんなこと言ってたし、貴方の望みがそれならばおやすいご用だって思って」
身体を動かすと、激痛が走る。
「外道がっ!」
村山は怒りの余りに痛みも忘れて相手に襲いかかろうとしたが、隣にいた男に首根っこを掴まれて再びシートに押さえ込まれた。
「貴方宛のメールにもそう書いたでしょう? 私たちが貴方の希望を叶える代わりに、私たちも貴方の助けを借りたいの」
「お前からのメールなど最初の数通しか読んでいない」
「あら、おかしいわね。最初の頃ならともかく、この一ヶ月は貴方の友達のメアドを借りてまで貴方と会話をしようと頑張ったのに」
「……お前がなりすましたメールは全て直接ゴミ箱に行くように設定した。だから見てない」
「どうしてそんなことが可能なの?」
「死臭がするメールは捨てるようにパソコンに指示したから」
「ますますお近づきになりたくなったわ。……貴方だって本当はそう思ってるんじゃない? 無知蒙昧な輩の中ではなく、それなりの知性を持った人間と一緒にいたいって」
「俺を貴様らと一緒にするな、虫酸が走る」
「あらっ」
女は笑った。
「もう一緒みたいなものよ。早晩そうなることはわかってるし」
「勝手に言ってろ」
「私たちはある目的を達成するために努力してるんだけど、どうしても越えられないハードルがあるの。そこでどこかに逸材はいないかって探したのよ。そしたら貴方に出会った」
「事実関係を整理してやるが、俺とお前は初対面だ」
「もう長い付き合いだわ。ずっと側にいたんだから」
「……なに?」
英莉子はくすくすと笑った。
「私たちはネット通信にクイズを載せた。それが解けるだけの能力があるものを探すために」
村山はうつ伏せの身体を必死で動かして何とか仰向けに持ち込んだ。
窓からは風景は見えない。
しかし、南に向かってひたすら疾走する車の進路を彼は頭の中で想像した。
「クイズを解いた人間は、その答えがある種のアクセス方法を示していることを知り、それを試すだろうというのが私たちの考え。記憶にない?」
もちろんあった。彼はそれで訳がわからないまま電話会社の通信システムに潜り込んでしまったのだから。
「貴方を見つけたときには驚いたわ。クイズを解く早さも尋常ではなかったし、アクセスしてからの動きにも無駄は全くなかった」
彼女は夢を見るようにうっとりとした声を出した。
「しかも私たちすら気づかなかったOSの穴を瞬く間に見つけ、内部にどんどん侵入していくんだもの。鳥肌が立つほどの衝撃だったわ。……でも、何故か貴方は突然侵入をやめ、それ以来音沙汰がなかったのよね。普通なら、いろんな悪戯をしたり、少し賢い人間ならそれで儲けたりするのに」
英莉子は助手席からこちらを見つめた。
「私たちはその才能に驚いて色々調べたんだけど、あの時の貴方は跡をまったく濁さなくてそれが誰だかも全然解らなかった。だからもう一度アクセスしてくるのをじっと待ったの」
村山は唇を噛む。
細川の電話と彼の電話をクロスさせなければ、彼がこの女に見つかることは一生なかったということなのか。
「だけど残念ながら、その時貴方がやったことも、私たちがそれをネタに貴方を強請れるほどのことではなかった。しかも、私がメールを送ってしばらくしたら、電話会社のOSの穴も塞がっていた。あれは貴方が彼らに教えたんでしょう?」
何も言わずに黙っていると、また英莉子は笑った。
「正義感が強いのね。それだけじゃなく優しいし。看護師さんへの態度も夜の奥様とのピロートークも、本当に素敵よ、貴方」
ぎくりとして彼は英莉子を見る。
「ええ、知ってるわよ。貴方の日常全てを、ね。……腕がいいのに上司から策略的に干されてることも知ってる。そうそう、思えば貴方は小学校のときからずっといじめられっ子だったわよね」
村山は挑発に乗らないようにあえて自らを押し殺した。
「……破廉恥極まりないな」
「悪く思わないで。惚れた相手は完全に理解するのが私のやり方なの。でないと弱みも握れないしね」
村山は目を閉じる。
緊張を和らげ、内心の動揺を鎮めようと努力した。




