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夢の後に  作者: 中島 遼
44/61

接触5

「……さてと」

 細川が低い声で笑った時、

(……おじさんっ!)

 突然、頭に響いた声に村山はびくりとする。

(……暁)

 倒れている彼は気を失っている振りをしているだけのようだった。

 いや、今気がついたのか?

(今からそっちに走るから、びっくりしないで)

 心の声なのに震えているのが痛々しい。

(僕が守れば、おじさん、撃たれないと思う。しゃがんでくれたら頭に飛びつくよ)

 同時に細川がこちらに銃口を向けたまま、深崎よりも一歩前に出た。

「この間は、俺をよくもコケにしてくれたな」

 深崎が持つ懐中電灯がその頬を後ろから僅かに照らし、やせこけたその線を露わにした。

(こないだ、テレビでやってたんだ。だから成功するよ、絶対)

 暁は彼の好きなヒーローものの番組の名を呪文のように繰り返す。

(だから、早く!)

 いくつかの試算の後、確かにそれが一番助かる確率が高いと村山は判断した。

 まるで足に力が入らなくなったように、彼は地面に膝を落とす……

「あっ!」

 暁が突然、陸上選手がスタートするような感じで地面を蹴った。

「小僧っ!」

 深崎が慌てて捕まえようとしたが、その身体はするりとそれをかわし、村山の腕の中に収まる。

 がたがたと震える子供を抱きしめ、村山の心は怒りで一杯になった。

「暁、もう大丈夫だ。よく一人で我慢したな」

 ぺっと細川が地面に唾を吐く。

「何が大丈夫だって? 今すぐお前の頭を銃で吹っ飛ばしてやればそれで終わりなんだ。いい加減なことを言うと、小僧が気の毒だぜ」

 暁がびっくりしたように村山の頭を自分の身体で庇おうとしているのを見てか、細川は笑った。

「子供を盾にするとは、あんたも汚い野郎だな」

 村山は細川と自分の間に落ちている石を物色した。

 やや右手の前方に、手頃な大きさのものが二個並んでいる。

「格好いい先生も、結局は自分の身が可愛いか」

 村山は暁を抱いたまま立ち上がった。

「駄目だよ、おじさんっ! 頭を撃たれちゃう!」

「大丈夫。あの人達は俺を撃ったりしないから」

 細川と深崎が笑う。

「その根拠のない自信はどこから来るのかな」

 村山は細川達から視線を外し、やや向かって左側を向いた。

 右側は平坦で五メートル向こうは崖になっており、人が隠れる場所はない。

 岩の陰に隠れる狙撃手以外に、人がいるとすればそちら側だと思ったのだ。

「お前達に銃を貸した人たちの思惑というのもあるんじゃないかと思って」

 細川が警察に追われつつ銃器を借りられるとしたら、アンダーグラウンドに逃げ込んだとしか考えられない。

 そして、そのスポンサーは今回の件について、恐らく細川以外からも話を聞きたいと思っていることだろう。

 そうだとすれば、村山が殺されるのはいくつかの質問が終わってからのことになる。

「な、何だと……」

 細川が呟いたその時。

 そこに小さな隙を見つけた村山は、さっき見ていた石を続け様に二個蹴った。

「ぐわっ!」

 深崎と細川に当たった事を確認する前に、村山は小岩の陰に飛び込む。

 そして細川や、もう一人いるはずの銃を持った人間からは死角になるラインを取りながら真っ直ぐ走る。

「無駄だ、そっちは崖だぞっ!」

 元よりそんなことは承知の上だ。

 崖すれすれの道を迷わず走ると、後ろの男達は夜目が利かないのかスピードをかなり緩めた。

 これで大分余裕ができる。

 村山はポケットから携帯を取りだして囁く。

「圭介、聞こえるか?」

 少し進路を右に変えて、役行者の祠を盾にしながら切り立った崖と岩肌の間に走り込む。

 最初からの想定地に着いたのだ。

「ずっと、聴いていたよ、どうなってんのか全然わかんないけど」

 メールで状況を知らせた後、村山は高津に電話をかけて通話状態にしたままでいた。

 ただ、遠くから話す細川の声などは聞こえていない可能性が大だ。

「助けてくれ」

「ええっ?」

「このままでは暁と俺は岩岳で殺される、あの役行者の祠の裏にいて、今にも銃で撃たれそうになって……」

「手を出してっ!」

 言われるままに、暁を抱えていない右腕を伸ばすとそこに強い力を感じた。

「っ!」

 以前、彼の部屋に高津が突然やってきた時と同様に……

「村山さ……」

「しっ」

 彼は高津を掴んだまま、さらに真っ直ぐ進もうとしたが、岩肌と崖の間は約一メートル程度であり、右側の岩壁で手を擦りむいたので村山は高津の手を離す。

(この辺りでいいか)

 村山は立ち止まり、まだ状況を把握しきってなさそうな高津に暁を渡した。

「暁、しっかり圭介に掴まってろよ」

「あ、暁っ!」

「圭兄ちゃんっ」

 感動の再会をするには緊迫した状況だったので、村山は高津の肩を軽くつかむ。

「お前、今までどこにいた?」

「せ、瀬尾さんから連絡を受けて、暁の新しい家に向かう途中で……」

「誰かに見られなかったろうな?」

「それは大丈夫だと思う」

「ならいい、じゃあもう一つ聞くが、それまでは何をしてた?」

「え、一応受験勉強……」

「何だ、てっきりあのベッドでぐうすかと寝てるんだと思った」

 高津は焦ったように身じろぎをする。

「そんな話はいいから……」

「いや、そこが今回のキーポイントだ」

「え?」

「当ててやろう、お前の今日の布団カバーは青のペンギン柄だろ?」

「何でペンギン?」

「いや、そんな気がしたから。そうじゃないのか?」

「今日のは緑の縞々で……」

「そうか」

 言うや否や、村山は崖から高津を突き落とした。

「う、うわああっ!」

 それは声だったのか、暁の飛ばしたテレパシーだったのか。

 村山は耳を澄ます。

 このすぐ下に丈の高い広葉樹があったので、普通ならばバキバキという音が聞こえるはずだが何もない。

 じっとりとした汗をかきながら、村山は荒い息をついてその場にしゃがんだ。

(……おじさんっ!)

 暁の声が聞こえる。

 どこか戸惑ったような、そして怯えたような声に村山は微笑む。

(……良かった、無事で)

 高津の能力の性質からして、そのまま二人で転落することはないと知ってはいたが、それでも彼はほっとした。とりあえず携帯電話の通話記録を消し、それをポケットに入れる。

(何とかなった)

 村山が普段の彼を取り戻すと、途端に疲労が全身を包み……

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