24 近衛騎士団
豪快を絵に描いたような人。それが第一印象だった。
サラフィナの元へ訪れると、既にベルナルドとの面会をセッティングしてくれていた。あまりの迅速な対応に驚いたが、明日から遠征演習に発つ為今日しか予定が空いていない、とのことだった。
王族を守るはずの近衛騎士団が、国王の病が刻々と進行するこの時に遠出とは。演習なんていつでも出来るのに、私たちの到着に合わせたとしか思えない。誰の指示だか、そしてわざと首都から遠ざける為だということが容易に想像出来る。
ベルナルド将軍はピュオル公オリエルのご主人で、当然ながらクローバーの父上に当たる。元々は前近衛騎士団長―――ガルヴェインの父上の片腕で、知略よりも武力で勝負、野性的で剛毅な人だというので、否応なしに熊のような風貌を想像してしまった。
が、実際に城内に併設された軍の演習場に赴きベルナルドに会ってみると、予想の斜め上をいき彼はいわゆるダンディパパだった。
体格こそ熊の如く長身と隆々とした筋肉の持ち主だが、顔は野性的な美丈夫だ。不敵に笑う口元と鋭い眼光、斜に構えた雰囲気、これぞ肉食系男子の真骨頂。オリエルと12歳離れていると言っていたので、さすがに壮年の域だろうが、深い皺と見事な顎鬚から円熟しきった大人の魅力を醸し出していた。
「父上!」
演習場に父の姿を見つけたクローバーは、嬉しそうに駆け寄っていった。
「おお、愛しい我がクローバーよ!」
それまで周囲の部下に熱心に指導していたベルナルドだったが、駆け寄った息子を満面の笑みで出迎え、抱きかかえるなり軽々と肩に乗せた。
「しばらく見ないうちにすっかり大きくなっちまったなあ」
眩しい太陽のような笑みは父親の顔だ。いつもは勝気なクローバーも父に甘えるただの子供になっていた。ベルナルドは歩み寄る私たちを順に見回した。
「ガル、ようやく近衛騎士団に戻る気になったか?」
「まさか。大罪人が城下へ立ち入ることをお許しいただいただけでも過分なご配慮ですよ」
ガルヴェインと硬く握手を交わす。そこには悲壮感などなく、親しい間柄特有の軽口と打ち解けた空気があった。
「殿下、この頑固者をどうぞわが軍へお戻しいただくようご進言ください」
「ベルナルド、それより先にご挨拶する方がいらっしゃるのではないですか?」
サラフィナは頬を膨らせ咎めた。ベルナルドは肩のクローバーを下ろし、私に向かって畏まって一礼する。
「これは失礼仕った。お初にお目にかかる、黒の竜の従者殿。近衛騎士団長ベルナルドと申す」
「初めまして、マナミと申します」
この自己紹介も何度目になるだろうか。すっかり慣れてしまったフレーズと営業用の作り笑いを向ける。ベルナルドはふむ、とひとつ息を吐いた。
「殿下、恐れ入りますが、クローバーを部下たちに紹介してやってはいただけませんか?」
「……ええ、構いませんよ。行きましょう、クローバー」
それが人払いだということは子供2人は瞬時に悟ったようだ。不平不満もなく従い、演習場に散らばる騎士たちに駆け寄っていった。
2人を見送った後、ベルナルドはゆっくりとこちらへ向き直る。
「時に従者様、モノは相談でございますが、手前、畏まった態度というのは不慣れでございまして……」
突然眉を下げ申し訳なさそうに肩をすくめてきた。ぶっちゃけると『敬語が苦手』ということだろうか。
「お気になさらず。私も堅苦しいのは苦手なんです」
「おお、そうかい。話が分かるじゃねえか、嬢ちゃん」
変わり過ぎだろ! 変わるの早過ぎだろ!と盛大にツッコミを入れた。心の中で。隣のガルヴェインを盗み見ると、私と同じようにげんなりした顔をしていた。呆れた視線を向ける私たちを無視して、ベルナルドは平然と続ける。
「嬢ちゃん、単刀直入に言うが、俺の腹の中はもう決まってるんだ、サラフィナの嬢ちゃんを守ってやろうってな」
「え」
あまりにあっさりと仲間宣言をしてくれたので拍子抜けした。思わずガルヴェインと顔を見合わせてしまう。
「妻が従うって言っているのにケチでもつけりゃあ機嫌を損ねるのは目に見えているからなあ、俺としてはそこは避けたいワケよ」
「……オリエル様と不仲になりたくないからサラフィナを推すんですか?」
「もちろんあの子の頑張りは認めてるぜ? 孤立した中で泣き言ひとつ言わずに、笑顔で前をちゃあんと向いていやがる。いい子だってことは分かってるさ」
遠く、騎士たちと何やら盛り上がっているサラフィナを優しく眺めやる。穏やかな父性を漂わせる表情に安心したのも束の間、急に険しい視線をこちらへ向けた。
「だがな、嬢ちゃん。それはあくまで俺だけの話だ。他の奴らまでが俺と同じようにサラフィナの嬢ちゃんに好意的とは限らねえぜ?」
「そ、それはもちろんそうでしょうけど……」
全員が同じ意見を持つわけはないことなど当然だろうが、それでは駄目だ、とベルナルドは切り捨てた。
「近衛騎士ってのはテメエの体張って王族を守るんだ。命令や仕事で嫌々従ってりゃあどこかに必ず隙が出る。そんな中途半端な心構えで守り切れると思うか?」
厳しい口調に思わずたじろいだのは、私だけではなかった。隣のガルヴェインも深刻な様子で俯いていた。
「俺が命じりゃ部下どもは建前はあの子に従うさ。だが、それこそあの青瓢箪宰相の思う壺じゃねえか? “一生懸命守ろうと戦いましたが、隙を付かれ殿下がお斃れに! おいたわしや!”……それで終了だ」
起こり得る未来が容易に脳裏に浮かんで身震いした。
近衛騎士団を味方に出来れば心強いかと思ったら逆だった。混乱に乗じてサラフィナを最も屠りやすいのは彼らだった。その上罪を襲ってきた方になすりつけられる。レギアスが好みそうな陰謀だ。
「いっそ近衛騎士団総替えしちまえば話も早いんだろうがなあ……変に身分の高い奴らが集まっていやがるからなかなか一筋縄でいかねえのよ。嬢ちゃん、プライドばかり高い若造を鍛え上げなくちゃならねえ俺の苦労、分かる?」
私が黙り込んでしまったせいか、妙に明るい声でベルナルドはおどけてみせた。先の言葉が本心なのか冗談なのか掴み兼ねるが、私を思いやる心遣いは嬉しい。正直オリエルの夫というには粗野な人かと思えたが、細やかな思慮に私の印象はガラリと変わった。
「というわけでな、近衛騎士を動かすのは後回しにした方がいいな。せめてサラフィナの嬢ちゃんが落ち着くまで……」
ベルナルドは急に口をつぐんだ。ガルヴェインも剣呑な雰囲気をまとう。見ると、先ほどまでサラフィナたちと談笑していたであろう騎士数名がこちらへ向かってきていた。その中に見覚えのある顔があった。昨日、ガルヴェインに暴言を吐き、私が殴りかかろうとした奴らだ。
「どうしたおめえら。もしかして俺の可愛い息子が悪さでもしでかしたか?」
場の雰囲気を和ませようとベルナルドは努めて明るく振る舞ったが、不穏な空気は一向に晴れない。それどころか一層強まった気がする。彼らの視線はひとつ、ガルヴェインに集中していた。
「天下の無双殿のお出ましの機に、是非とも稽古をつけていただきたく、こうして参上した次第でございます」
「おいおい、手合わせなら俺に頼むだろ、普通」
相変わらずベルナルドは親しげに軽口を叩いているが、騎士たちは取り合わなかった。「団長とはいつでも手合わせ出来るでしょう」と正論で返されてしまえば黙るしかない。
「私は構いませんよ、ベルナルド様」
ガルヴェインが答える。寄った眉根は不機嫌の表れだ。
「さすがは無双殿。ではどうでしょう、ご多忙の身上でしょうから、我ら全員と一度にお相手されては?」
「何しろ無双殿は先の帝国との戦に参加された身。さぞ乱戦もお得意と存じますが……?」
騎士たちはその身分にそぐわない下卑た笑みを浮かべている。言葉は敬語であっても、そこに敬意など微塵も感じられない。
現れた騎士は5人。いくら訓練といえど、5対1で戦いを挑むなんて、正気の沙汰とは思えない。
「お、大勢でひとりを相手にするなんて、それでも騎士ですか!?」
「これはこれは黒の竜の従者様、お言葉ではございますが、実戦では複数の敵を相手にすることも多々あるのですよ?」
昨日私が殴ろうとしていたその騎士がこれ見よがしに反論してきた。悔しいが言い返せずに詰まった私を庇うように、ガルヴェインが前に出た。
「ひとつ、条件をよろしいか?」
「おや、怖気づきましたか無双殿? まあ、無理もありませんか……」
騎士たちは揶揄を含めた品のない笑みを隠そうともしない。
「私が使う武器は刃のない槍にしていただいてもよろしいか?」
「……は?」
「明日より演習と聞き及んでおりますゆえ、偉大なる近衛騎士の御仁に傷でもつけてしまっては団長の面目を潰してしまいますから」
途端に気色ばむ騎士たちを尻目に、ガルヴェインは私に「行って参ります」と一礼して演習場の中央へ向かってしまった。ベルナルドは堪えきれないといった様子で大きく笑い出した。
ガルヴェインに渡されたのは練習用の木の槍だった。彼の言葉通り刃はない。柄の部分は申し訳程度に鉄の枠がはめ込まれているが、素人の私が見ても明らかに心もとない武器だ。
舐められた、と怒りを顕わにした騎士たちがガルヴェインを取り囲む。いつの間にか他の近衛騎士たちも興味深げに周囲から見守っていた。ギャラリーの中に、今にも倒れそうなほど蒼白になったサラフィナと血気盛んにガルヴェインを応援するクローバーの姿もある。
「まるで戦地に旅立つ旦那を見送る妻の顔だぜ、嬢ちゃん」
不意に冷やかされ、はっとしてベルナルドを見やる。彼は落ち着き払った様子で私の背を軽く叩いた。
「ま、ウチの馬鹿どもにはいい薬になるだろうよ」
ベルナルドの言葉を思い知ったのは、ギャラリーを含めその場にいた全員だった。
ガルヴェインを取り囲んでいた5人の騎士は、身構えたのち誰ひとり動けずにいた。ガルヴェインは慌てる様子もなく軽く槍を前に構えているだけだった。
しばしそのまま時が流れ、周囲の騎士から野次が飛ぶ。たまらず5人のうちのひとりが怒号と共に襲いかかったが、剣先を槍で払われ顎に石突を叩き込まれた。脳震盪でも起こしたのか、騎士は片膝をついて目元を抑え込んで動けなくなった。
それを皮切りに騎士たちが一斉に攻めかかるが、面白いほどに彼らの攻撃は当たらなかった。速くてよく見えなかったが、騎士の剣を払う、突く、身をよじってかわす、柄で受け跳ね返しつつお返しに鳩尾に一閃、背後からの攻撃が届く前に石突で騎士の手の甲へ一撃……と、踊っているかのように滑らかな動きで受けかわし、途切れることなく的確な部位への反撃が繰り返されていた。ものの3分もかからず、5人の騎士は皆立ち上がることが出来なくなっていた。
昨日彼を侮辱した問題の騎士は、今は私から近い位置で無残にも四つん這いで息を乱している。ガルヴェインは悠然と彼に近付き、手を差し出し身を起こしてやった。ガルヴェインの圧倒的な強さ、敵にまで見せる紳士的な振る舞いに周囲は盛大に沸いた。クローバーなど彼に駆け寄ってはしゃいでいる。
恐らくその声が聞こえたのは助け起こされた男と近くにいた私だけだと思う。極めて礼儀正しく敗者に手を貸したその時、無双殿はそっと囁いた。
相手を罵るときは、時と、場所と、“相手”を選べ、と忠告したはずだがな
―――と。
得意気に戻ってきた騎士様の、奥底に潜む獣の本能を垣間見た気がしてそっと震えた。




