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19 再会


 翌日、こっそりとガルヴェインにシルダークの文字を教わっていたところに、侍女が来訪者を告げに来た。わざわざ私たちに知らせるということは私たちに関係する人というわけで、咄嗟に顔を見合わせ同時にまさか、と声を揃えた。


 その日、サラフィナ殿下はバシュフミナ公と護衛2名を連れピュオル領へ到着された。


 宰相敵対派の筆頭であるバシュフミナ公をも入城を許可したということは、名実ともに、ピュオル公がサラフィナ殿下を次期国王へ推薦している、と周囲に知らしめる日となったわけだ。

 そんな政治的な裏事情は知らず、私は久しぶりに会う見知った顔の懐かしさに目を潤ませていた。




 オリエルは謁見を早々に終わらせ、私たちのみで久闊を叙する場を設けてくれた。会議室のような部屋に数名が集まり、しばし情報交換と相成った。

 集められた者は6名。うち2人は初対面だった。

 ひとりはアークと同じ年頃かやや下くらいの男性で、『明るい好青年』が服を着て歩いている感じだ。私を見るなり、スゲエ!本物だ!と若者らしい反応を示してくれた。親しげな笑みと共にノルマンと名乗った。

 もうひとりは、ノルマンのその馴れ馴れしい態度に冷静かつ強烈なエルボーでツッコミを入れた怜悧な美女だ。年はノルマンより下だろうか。みずみずしく張りのある肌が心底羨ましい。彼女はユーニスといい、二人ともガルヴェインの部下の軍人で、サラフィナとアークの護衛のために同行したそうだ。


 「さて、色々忙しくなるな」

 一通り自己紹介が終わった後、アークが仕切りだした。彼の声を聞くのも、彼の名調子を聞くのも久しぶりで、不謹慎ながら胸が躍る気がする。

「オリエル様とも話し合ったが、陛下に拝謁を賜る際にはクローバー様とジュスも同行することになった」

「え、そうなの?」

「お前、襲われたんだろ?」

 アークがのほほんと発した台詞に、サラフィナは言葉を失い、ガルヴェインは眉をひそめ、私は顔をしかめた。さすがに簡単には忘れることは出来ず、耳の裏にまだ人の断末魔がこびりついている。

「お、お怪我はなかったのですか、マナミ様!?」

 蒼白になった顔を向けながら心配してくれるサラフィナに大丈夫、と強がって無理に微笑んでみせた。

「今回は金銭目的の賊だったから良かったものの、お前を黒の竜の従者と認識して襲ってくる者がいる可能性がある。護衛は多いに越したことはない」

「護衛って、俺たちだけじゃあ力不足ですか?」

 不満を隠そうともせず、ノルマンが割って出てきた。隣のユーニスが彼の足の甲を踏みつけたらしく、「いてっ」と悲鳴が上がったが引く気はないようだ。

「お前たちは殿下と俺を守ってもらうんだよ。言っておくが俺は荒事はまったく才能ないからな。死ぬ気で守れ」

「あの、えっと、お願いします」

 悪びれもなく反り返る領主様に、話題に上がって慌ててぺこりと頭を下げる殿下の態度の違いたるや。一瞬アークが殿下だったっけ?と思ってしまうほどだ。彼の10分の1ほどの尊大さがサラフィナに移ればちょうど良いのではないだろうか。

「相手も手段を選ばなくなるだろうから駒は必要なんだ」

 駒と来た。駒のひとりをちらりと見たが、先ほどから一言も発さず黙ってアークの言葉に耳を傾けている。お得意の不機嫌な様子はないが、逆に何を考えているのか読み取れずに怖い。

「しかしクローバー様もご同行されるとなれば、より危険なのではないでしょうか?」

 と、これはユーニス。落ち着いて深みのある声だ。軍人だからだろうか、ユーニスは明るい茶の髪を短く切り揃えていて、一見美男子と見えなくもない。私自身女子校育ちなので分かるが、この手の凛々しい女性は同性から人気がある。ひそかにファンクラブとかあるかもしれない。

「ジュスを連れて行くなら主も同行させないと却って怪しまれる。表向きはクローバー様は殿下の話し相手として同行し、ジュスは主の後を追う従者でなくてはならない」

 途端にサラフィナから抗議の声が上がる。

「わたし、あの子嫌いです。会うなりいきなり“マナミはおれの妻だからベタベタするなよ”なんて言ってきたんですよ! マナミ様、わたし、あんな失礼極まりない子なんて認めません!」

 もはやどこから突っ込んでいいのか分からない。アークの目が面白いからかい要素を見つけた、と笑っている。ノルマンなんぞ「いやー、さすがに犯罪でしょ」とぼやいてユーニスに殴られていた。

「……そんなつもりはないから大丈夫。サラフィナも無理に話さなくていいから」

「当たり前です! マナミ様はわたしがお守りしますからね!」

 何だろう、きちんと睡眠はとっているはずなのにどっと疲れた。


 陛下との謁見の日程は未定、長旅の疲れもあるということで、会議はひとまず終了となった。

 去り際、ガルヴェインに呼び止められた。退室の際にアークとガルヴェインが目を見合わせた気がしたが、何事もなく去って行った。

 ちょうど良かった。国王の情報を仕入れておきたかったのだ。名前さえ知らないし、何か聞かれてボロを出したくない。先にガルヴェインの用事を済ませ、後で聞こうと考えていた。

「どうかした?」

 呼び止めたものの、明らかに言い淀んでいる風だった。口数は少ないが、きっぱりはっきり歯に衣着せずに物申してきたガルヴェインにしては珍しい。

「以前言っただろう、アークは肝心なことを隠す嫌いがある。私はあいつから以後の策を聞いていないし、あいつも言わない可能性がある」

「私に言わないのはともかく、ガルヴェインにも? 信じられません」

「もちろん通り一遍の説明はあるだろう。問題はその先だ」

 いよいよ宰相とご対面、というこの時に至って、アークはガルヴェインにすらその脳裏に巡らされている幾多の策を隠しているのでは、というのだ。

「でも、隠していたとして、何かメリットはあるんですか?」

 メリット、という単語が通じるか不安だったが、ガルヴェインからは特に質問もなく考え込んでいる。うまい具合に『翻訳』してくれているらしい。

「……私はあまり嘘が得意ではない」

 ええ分かります、とは口に出さなかったが、顔に書いてあったのかもしれない。ガルヴェインがムッとした。アンタが言ったんでしょうが!

「つまり、敵を騙すにはまず味方から?」

「そう考えるのが最も自然だろうな。私に策を喋り、私が隠せなければ元も子もない。悔しいがレギアスは恐ろしく頭が切れる。不自然な行動をすれば勘付かれるだろう」

 こうなると、件の次期国王争いなんて二人の策士の頭脳戦でしかない気がしてきた。なるほど、『駒』か。策士にかかれば、無双の騎士様も黒の竜の従者も、己の策を成功させるための駒に過ぎない、というわけだ。

 不快には感じない。アークの知恵を借りなければ事実何も出来ないし、彼を信じると決めたのは私自身なのだから。駒上等。いくらでも動いてやろう。

「君には今以上に辛い道になるかもしれないぞ?」

「覚悟の上ですって。今更後には引けないし、アークを信じて進むだけです」

 苦笑交じりに出来る限り明るく返事した。まさか死ねとは言われないだろうし、どうせ私が頼れる人は限られているのだから。にへらと頬を緩める私を、ガルヴェインは憂慮を込めて見つめ返してきた。

「ぜひそうしてほしい。君の身に何が起ころうと、レギアスが何を言ってこようと、必ずアークを信じ続けてほしい。私も命を賭して君を守る」

 ―――命がけで守ってもらっても、全然嬉しくないですよ。お互いが無事であってこそ、初めて笑い合えるのに―――

 喉の奥で渦巻いた言葉を発することは出来なかった。彼の目があまりにも真剣だったから。




 ライナルト・アデル・シルダーク。シルダーク王国第14代国王。

 彼自身は第12代国王の4男で、兄3人が国を支え、自分は辺境の領地でのんびり暮らすものだと信じて疑っていなかったらしい。ところが長兄と次兄は帝国との戦で若く皇太子の時期に斃れ、3男が第13代国王を継いだものの流行りの病で帰らぬ人となり、望まぬ形で王位に就いたのが25歳の時。当初の予定通り、片田舎の平穏な領地で最愛の妻とつつがなく暮らしていたら、突如王宮に呼び戻された。が、本来優秀な人なのだろう。以後35年、齢60になるまで大きな問題もなく安定して国を治めている。

 早逝した兄たちには子はなく、自身も子がなかったため側室を勧められたが頑なに断った。妻を一途に愛するが故だが、その際に家臣に放った「余が死んだら、民が望むものが王になればよかろう」との暴言が、現在の後継者争いを勃発させた起因となっている。

 つまり、何を以て「民が望む」とするか、で意見が割れているわけだ。

 徹底した貴族主義、手段を選ばない冷徹なやり口を差し引けば、確かに宰相レギアスは王に相応しい逸材らしい。

 しかしサラフィナは王の娘―――少なくとも王自身がそう断言しているので、周囲は事実と受け入れるしかない―――として、世襲を続けてきた王家の正統な後継者、というわけだ。


 人材か、血統か。

 王がサラフィナを娘として連れてきたその日から半年間、日がな一日論争が続けられているそうだ。アホらしい、と思ってしまうのは日本人だからか。




 さて、私は以上の情報を、どういうわけか子供2人にレクチャーされていた。

 あの真剣な空気を裂いて「王のことを教えてくれ」とは言えるわけがなく、聞く機会をうかがっていたまま数日が過ぎていた。アークたちがピュオルに到着して以来、アークは何やらオリエルと策を練り合っている。「信じてくれ」と言った割にガルヴェインは蚊帳の外なのが気に入らないのか、部下2人とほぼ闘技場にこもっている。

 というわけで手が空いていそうな人がサラフィナしないなかったので、サラフィナに父王のことを聞いていたら、どこから聞きつけたのか途中からクローバーも参加してきた。

 幼い講師陣は聡明で、説明は分かりやすく丁寧で、私は思いのほか大量の知識を得ることができた。


 国王の理解が深まったことで、何とかなりそうな気がしていた。そもそも王が後継者をきちんと指名しておけば、揉めることもないわけだ。私が、黒の竜の従者の影響力を利用してサラフィナを後継者にするよう説得できれば、この勝負は勝ったも同然、のはずだ。たぶん。


 私の浅はかな知恵ではその程度しか浮かばないな、と若干投げやりになっていたら、侍女が慌ただしく入室してきた。国王の使者が参った、と。


 ついにその日がやってきた。






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