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14 おかいもの


 夜までの自由時間、どうしようかと悩んでいたらノック音が響いた。今日の応接室は騒々しい限りだ。


 ノックの主は、不機嫌そうなクローバーとその従者だった。

「町を案内してやる。ありがたく思え」

 クローバー殿直々の申し出だし、断ると面倒くさそうだし、どうせやることもないので気晴らしに町に繰り出すことにした。とはいえ人混みに飛び込んでいくのだから、念のためフードをかぶり、黒髪は隠しておくことにした。

「そういえばちゃんとノックしたのね。偉い偉い」

 泣き腫らして目を赤くしていながらも、変わらず偉そうな態度のクローバーが可愛くて頭をぐりぐり撫でてやった。嫌がられるかと思ったら、妙にキラキラと目が輝いていた。

「と、当然だろ!」

 褒められたのが嬉しかったのか、頭を撫でられたのが嬉しかったのか、瞬時に懐かれてしまった。クローバーは私の手を引きながら意気揚々と先頭を行き、その後に保護者2名がのんびりと続いた。


 ピュオルの領都、ティル・アマネルは国内でも有数の商業都市らしい。今朝拝見したマルシェ通りは町の名物だし、多くの商人が行き交う為宿場や交通網が発達し、結果的に経済も潤っている。

「ですが、荷を狙い盗賊が出没することも多く、スリの被害も後を絶ちません。護衛に傭兵を雇う商人もおりますが、肝心の傭兵の素行が悪く、別の事件が起こることも領主様の頭を悩ませております」

 恐喝、暴行、無銭飲食など、問題は山積みだとジュスが丁寧に教えてくれた。貧しくても豊かでも、それぞれに良し悪しがあるのだ。

 そんな難しい話には興味がないようで、クローバーは私の手を引きつつ果物屋の女主人と陽気にお喋りなどしていた。

「あら、クローバーちゃん、綺麗な人連れてるわねえ」

 お世辞でも嬉しいものは嬉しい。女主人ににっこりと微笑み返した。

「だろ? おれのおんななんだぜ!」

「こら!」

 右手は繋がれたままなので、逆の手で軽く小突いてやった。誰だこの子にそんな言葉教えたのは。

「いっ……何すんだよ!」

「そういう台詞はもっと大人になって、好きな人ができたときに言ってあげなさい!」

「子供扱いすんなよ! おれだってもう大人なんだからな!」

「大人は自分が子供扱いされても怒りませんよ~」

 柔らかい頬をぷにぷにとつねりながらからかうと、果物屋の女主人は明るく破顔した。

「クローバーちゃんを手玉に取るなんて、アンタなかなかのモンだねえ。気に入ったよ、これ持っていきな!」

 店先に並べてある果物をいくつか適当に袋に詰め、強引に私に押し付けてきた。袋の中から新鮮で甘い香りが立ち昇ってくる。

「あ、ありがとうございます!」

 勢いに乗じて受け取ってしまったが、戴いてしまっても良いのだろうか。後ろのガルヴェインに視線で尋ねたが、優しく頷き返してくれた。許しも出たし、お言葉に甘えることにしよう。

「マナミ、次はあっち!」

 クローバーに手を引かれ、女主人への挨拶もそぞろになってしまった。ガルヴェインが呆れた様子で肩をすくめながら後を追い、ジュスが女主人へ丁重に頭を下げているのが見えた。

 ところで何の抵抗もなく呼び捨てにされてしまったが、不思議と嫌な気分はなかった。口調はぶっきらぼうだが人好きのする子で、「この子なら仕方ない」と思わせてしまう魅力があるのかもしれない。行く店店で『領主の嫡男』という肩書きを全く意識させず、親しげに挨拶を投げかけられるクローバーを見て、町全体で愛されているのだと理解できた。


 マルシェ通りの端に、今までの活気ある店舗とは一味違う落ち着いた佇まいの店があった。赤茶の煉瓦で造られた壁は年季の入ったものだが古臭くはなく、軒先に下げられた額縁のような木彫りの看板からも趣を感じさせる。店名と思しき文字が彫られていたが、当然私には解読不能だ。……字を教えてもらった方が良いかもしれない。

 正直なところ、クローバーが訪れるにはまだ早いのではないか、と思わせるしっとりとした雰囲気だが、当の少年は臆せず木の扉を開けた。

 どうやら装飾品を扱う店らしい。店内に色とりどりのアクセサリーが所狭しと並べられていた。決して派手ではなく、だが安っぽくもなく、控えめだが美しさも主張する丁寧な造形に一目で恋に落ちた。

「どれでも好きなのを買ってやる」

 クローバーは得意気に言ってきた。女性なら一度は言われたい夢の台詞だが、相手が年端もいかない子供だとどう対応すればいいのか。

「ありがとう、でもその気持ちだけで充分よ」

 私の遠慮を不満と取ったのだろう。クローバーはむっとして頬を膨らせた。

「どうせおれが子供だからいらないんだろ?」

 なるほど、いわゆる『いい恰好』をしたいお年頃なのだ。そういえば歳の離れた末っ子と言っていた。周囲から必要以上に大切に育てられてきたのだろう。自己顕示の強い物言いは、一人前と認められたい欲求から来るのかもしれない。

「違うよ、私、装飾品はあまりつけない主義なの。せっかくの素敵な品物なんだから、喜んでくれる人に買われていった方が品物も嬉しいと思うな」

 実はすぐにでも物色したい魅力的なデザインの数々だが、それは胸の奥に隠す。『品物』目線の意見は功を奏したらしく、やや不満そうにしながらもクローバーは渋々頷いた。

「代わりに、オリエル様への贈り物を一緒に選んでくれない?」

「……母上の?」

「そう。お世話になるんだからお礼くらいしなくちゃ。クローバーならお母様の好みも詳しいでしょう?」

 丁寧な作りなのでお値段が気になるが、いざとなったらアークに泣きつこう。ピュオル公のご機嫌取りの必要経費だ。大丈夫だと思う、たぶん。

 クローバーは二つ返事でアクセサリーを選び始めた。これは母上の嫌いな色だ、これはここのつくりが甘い、と生意気な口を叩きつつも真剣だ。頼りにされたのが嬉しかったらしい。店主はクローバーの暴言に慣れているのか、にこやかにさりげなく新作を勧めてきた。

 交渉に私は必要なさそうだったので、これ幸いと飾られたアクセサリーたちを眺めることにした。どれも素敵なデザインで心惹かれる。何か働き口を探して、いつか買いに来ようか。

「……あ」

 思わず声が漏れて慌ててクローバーの方を向いたが、こちらの存在を忘れているのか、店主の勧める新作とやらとにらめっこ中だ。彼には聞こえなかったらしいが、いつの間にやら壁際に立っていた騎士様には届いていた。無愛想にこちらを見つめ返してくる。本当にいつの間に店内にいたのだろうか。ということは先ほどの会話も聞いていただろう。急にお支払いが不安になり、そっと近寄った。

「あの、流れでオリエル様に贈り物をすることになってしまって……その……お金が……」

「知っている。気にしなくていい。アークに払わせる」

 あ、やっぱりアーク持ちなんだ。ごめん、と心の中で謝っておいて、声を上げてしまった原因に視線を戻した。

 ティアドロップ型にカッティングされた深い青の石を、蔦のようにシルバーが縁取るペンダントだ。名前に「海」が入っていることもあり、青が好きなのだ。空のような爽やかな水色ではなく、深さを湛えた濃い青が。石の色は完璧、繊細なシルバーの装飾も好ましい、まさにどストライクの逸品だった。値札の桁数を数える。5つだ。日本円で考えれば万……払えない額ではなさそうだが、こちらの相場が分からない。ガルヴェインに聞こうかと思ったが、それより先にクローバーが私を呼んだ。

「マナミ、これはどうだ?」

 後ろ髪をひかれながらも少年の元へ行く。仕方ない、落ち着いたら……いつかお金をきちんと稼げるようになったら買いに来よう。それまで売れないでいることを天に祈った。

 クローバーの選んだアクセサリーもまた見事な品だった。赤とピンクの小さな石を、ゴールドの唐草模様が巧みに包み込んでいるイヤリングだ。目の醒める強烈な赤と、慈しむ優しいピンクはオリエルの人柄をよく表していた。

「素敵ね」

「だろ? よし、これに決めた!」

 店主は満面の笑みで毎度ご贔屓に、と恭しく頭を下げた。包装している隙に値札を横目で確認する。……6桁だが、まあ、支払いはアークだし……私に無理難題を押し付けた腹いせだ。遠いバシュフミナに一応謝罪の念を送っておいた。

「マナミ、次はお菓子!」

「ち、ちょっと待って! 品物もらってないでしょ!」

 ご機嫌なクローバー少年は実に自然に私の手を再び取って引き出したが、品物どころか支払いも済ませていない。というかどうやって支払うんだ? 慌てていたらガルヴェインがさっと手を払った。

「私が済ませておくから先にジュスの元へ行っていろ」

「じゃあ、お願いします」

 お店を後にしてジュスはどこにいるのかと周囲を見渡したら、すぐ脇に立っていた。若い女性たちが遠巻きにジュスに熱い視線を送っていたのを見逃さない。穏やかで優しそうな青年だ。さぞ眼福だろう。

「ジュス、おれとマナミで母上への贈り物を選んだんだぜ!」

「左様でございますか。さぞお喜びになることでしょう。従者様、お気遣い痛み入ります」

「いいえ、お気に召されるとよろしいのですが」

 少し間を置いてガルヴェインが戻ってきた。若い女性の好奇の視線が騎士様に移る。続いて私に羨望と軽蔑を含む痛い視線が突き刺さる。イケメン二人と見た目は愛らしい少年に囲まれた変哲のない女だ。さぞ恨めしいことだろう。

「く、クローバー、次のお菓子屋さんに行こっか」

「うん!」

 いたたまれなくて足早にそこを立ち去った。




 日が傾きかけ城への帰路を辿る頃には、クローバーはジュスの背で眠りに落ちていた。はしゃぎ疲れたのだろう。無理もない。あの後、お菓子屋、本屋、仕立て屋と精力的に回った。どの店でもクローバーは親しげに歓迎され、私に何か奢ってやろうと躍起になっていた。あまり無碍にするのも失礼なので、最後の仕立て屋でハンカチを買ってもらった。値札も控えめな額だったので、これくらいならオリエルの迷惑にはならないだろうし、彼の矜持も保てただろう。

 「城下町はいかがでしたか?」

 ジュスが寝ているクローバーを考慮して声量を抑え目に話しかけてきた。

「今日一日とても楽しかったです。ご案内、ありがとうございます」

 お土産もいただいたし、活気ある町に包まれて笑顔が絶えなかった。気持ちの良い気分転換は久しぶりだった。ジュスは満足げに目を細めた。

「私の方こそお礼を申し上げます。クローバー様に物怖じせず接していただける方は稀有なのです。何卒、今後も変わらず主と接してください」

 町の人は皆垣根なく接しているように見えたが、やはり遠慮があるのだろうか。ジュスの言葉に、力強く頷いた。

「でも、そんなことおっしゃると、もっと遠慮なくからかっちゃいますよ?」

「……ご随意に」

 人形と思っていたその表情には、穏やかな笑みが浮かんでいた。





ご覧くださりありがとうございます。


若干番外編的な軽いノリのお話です。さらっとどうぞ。

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